紗月ちゃんは10月下旬、4度目の入院へ
「白血病です」
担当医から告げられた瞬間、後頭部をガツンと殴られたような衝撃を覚えクラクラした。
「口の奥が乾き、病状を説明する医師の言葉が理解できませんでした。隣に嫁がいたので取り乱さないよう心がけても『白血病ってダメなやつじゃん、死んじゃう病気じゃん』と考えてしまう。同時に、『3才の子が、骨の中が痛いなんて自分で説明できるはずがないのに、どうして気づいてあげられなかったんだろう、さっちゃん、ごめん』という思いもこみあげてきて、涙が止まらなかった」
紗月ちゃんは即日入院となり、一家の生活は一変した。渡部も妻も毎日付き添うが、夜9時には病室から出なければならない規則で、一緒に寝ることはできない。朝起きると「ママーッ!」と泣き叫び、日中は「帰りたい、帰りたい」と訴える。
「一時帰宅すると、病院に戻るのを嫌がる。車から降りようとしないさっちゃんを、無理矢理抱きかかえて病室に連れ込まなければならないこともありました」
抗がん剤の注射と薬も、紗月ちゃんを苦しめた。3才の女の子のつらい入院生活を前に、家族は無力感に打ちひしがれたという。
「薬をのむのを嫌がり、泣きわめいては薬を投げる。注射にも号泣する。だけど『やめよう』と言ってあげることはできない。辛抱強く、何度も『初めからやり直そう』と薬をのませ続けました」
抗がん剤には副作用もある。
「3才の女の子の伸びた髪の毛がごっそり抜けてしまった。さっちゃんが自分で頭を触って抜けた髪を振り落とし、コロコロで掃除している姿を見たときは、胸が締めつけられ、どうしようもなかった」
◆パパ、恐竜になってくるんだね
病気発覚が試合直後ということもあり、渡部はしばらくの間、娘に付き添い、向き合う日々を送った。
「医師や看護師さんを見ていて『この人たちはすげえ』と純粋に思いました。新しい治療法や新薬を開発して、人を救える。だけど、じゃあ、おれの仕事って何なんだろう、と考えさせられた。強さを追求してきたから腕っ節に自信があっても、病気の前では無力。プロボクサーは命の危険もあるうえ、明日のこともわからない。ずっと家族と過ごせるようなまっとうな仕事をした方が、娘だって嬉しいんじゃないかって…」
闘病生活を送る娘を見守る日々は1か月近く続いた。
「日を追うごとに娘がたくましくなっていくのがわかりました。最初はのむのを嫌がり、まき散らしていた薬を、震えながらもがまんしてのむ。注射も泣くのをぐっとこらえる。ママがいなくてもひとりで朝ご飯を食べられるようになっていた」
娘だけではない。病院には同じような子供たちがたくさんいた。小さな体で薬や注射の痛みに耐え、励まし合って、治療を続けていた。