──クランクインの初めから、主演俳優と意思疎通ができない事態。先が思いやられたのではないですか。
きうち:撮影に入る前に遠藤さんと食事をしたり、飲む席を持てたらよかったのでしょうが、遠藤さんだけでなく、キャストの皆さんには忙しいスケジュールを縫って出演していただいているので、衣装合わせで初めてお会いするような感じでした。
結局、ルックスに関してはこちらの主張通りで進むのですが、芝居についても遠藤さんはいろんな不満があったようです。まぁ、何から何までぶつかって、現場は常にバチバチでしたよ(苦笑)。
例えば、セリフも抑揚をつけないで、なるべく感情を表に出さないのがこちらの希望する矢能像だったのですが、そんな調子のまま、探偵事務所の中でただ座って電話をかけるシーンを演じてもつまらないと。遠藤さんにしたら、何もしちゃダメと言われて不安だし、最終的には退屈な映画になるんじゃないかという心配があったようです。
──主役もそれでは引き立たないと思ったのかもしれませんね。
きうち:撮影中は役者さんは自分の出ているシーンしか見ていないし、その裏で重要人物がクルマにひかれるストーリーを撮影している──なんてことも知らない。こちらとしては全体のバランスを見ながら、もちろん主人公がいちばんカッコ良くなるように考えているのですが、ご本人としたら不安で仕方なかったのでしょう。
結局、撮影は終始、遠藤さんの「これで大丈夫か? 大丈夫か?」という不安に対し、私が「任しとけ!」と答え続ける感じでした。だって、そう言う以外にないじゃないですか。