まず幸子一家の心中前夜を描く序章からして切ない。〈宇宙人顔〉の借金取りに追われ、年中お金のことで揉めていた両親が、なぜかその日は遊園地に行こうと言い出し、好物のソフトクリームもエビフライも好きなだけ食べていいと言う。それまで両親の笑顔見たさに何でも我慢し、いい子でいた幸子はかえって不安になり、その晩、母がくれた薬を一人だけ飲まなかった。そして家中が炎に包まれる中、誰をも助けられないまま生き残ってしまうのだ。
それから十数年。成人し、町工場で働き始めた幸子は、高校時代の友人に誘われた婚活パーティで、ある男性と出会う。外見も物腰も爽やかな〈桐生隆哉〉である。幸子の控えめさがかえって新鮮で癒されるという彼に、彼女は内心で〈心中の生き残りだとしても癒されますか〉と言いたくなりつつも惹かれるが、ある時、彼の部屋で手料理をふるまおうとして思わず固まってしまうのだ。〈キッチンはガスコンロだった〉。児童養護施設を出て以来、IHのマンションを選ぶなど、火は意識的に避けていたのだ。
幼い頃の火事をいまだ引きずっていることを自覚した彼女は、このままではいけないと、長年遠ざけてきた家族の墓を訪れた矢先、雪絵と遭遇するのである。
◆心の問題は二元論では解決できない
心中とはいえ、我が子を死に追いやった罪に問われ、5年の刑期を終えた雪絵に、幸子は支援者を騙って次第に接近。一方であの宇宙人顔の男〈郷田〉が今では貸金業界の寵児となっていることを報道で知る。それは自罰感情に囚われ、幸せになることを諦めかけていた彼女が、具体的な敵への復讐に目覚めた瞬間でもあった。