「私は作品の平成っぽさを評価していただくことはあっても、時代性を特に意識したことはないんです。ただ、平成の事件で秋葉原殺傷事件や『黒子のバスケ』脅迫事件は印象的で、あの犯人が自分でも全然おかしくなかったと思うんです。自分の社会的価値を求める気持ちが彼らの場合は犯罪に繋がり、私の場合は世間でたまたま良き物とされている小説に向かった。
私の世代は競争から遠ざけられて育った実感があります。相対評価ではなく絶対評価の世界の中では、自分の価値を自分で把握しなければならない。その試みって、自己否定や自滅への道筋でもあると思うんです。
私自身、戦い方を外から示される受験や就活は特に苦じゃなかった。宿題も自由研究が一番困るように、ただ生きるのって一番難しい気がする。でもこれは文学でこれまで散々書かれてきたことで、私も大好きな中島敦の『山月記』を平成のツールを使って書き直している感覚がありました」
1章は病院の担当看護師〈白井友里子〉、2章は小学校時代の転校生〈前田一洋〉など、複数の視点から順次語られてゆく智也と雄介は、〈なんでこの二人が仲良いんだろ〉と周囲が思うほどタイプが違った。実は本作では競作上の共通モチーフ〈海族と山族〉の対立や、かつて彼らもハマった少年漫画〈『帝国のルール』〉の謎が縦糸を成し、語り手も含めた各登場人物のドラマを絡めつつ、物語は進む。
「平成を舞台に対立を描くといっても、最初はその対立がわからなかった。でも『対立を奪われたのが平成らしさ』と発想を逆転したことで話が動き始めました。共通モチーフである海族山族は、読者が身近な対立構造に翻訳して読めるよう意識しました。そこにない対立を創り出して勝手に漲る感覚って、多少なりとも身に覚えがありませんか」