私が持っていくとしたら、中国の古典『菜根譚(さいこんたん)』です。書いた人は洪自誠(こうじせい)という元官僚ですが、仏教と儒教と道教のエッセンスをバランスよく盛り込み、君子(人格者)としての心の在り方、身の処し方を説く処世訓です。まさに何度も何度も読み返す価値がある。
新元号「令和」の出典元ということで、書店で今、『万葉集』が大変売れているそうです。もちろん今の売れ方は一種のブームであるだけかもしれませんが、入り口がそうであっても、買った人はぜひちゃんと最後まで読み通してもらいたい。そこから昔の日本人が何を考えていたのか、歴史の流れとは何なのかといったことを読み取ってほしいのです。それが古典に親しむということで、そういう読書が人間の心を鍛えるのです。
人間にとって、歴史の流れを感じることはとても重要です。私は興福寺の貫首ですが、現在たまたまその立場にいるというだけのこと。先代の貫首がいて、またその先代がいて、そういうリレーのなかで興福寺の1300年の歴史は築かれてきました。そして私もまたいつか、後進にそのバトンを渡していかなければなりません。興福寺に限らずどこのお寺であっても、仏教とはそうして受け継がれてきたものなのです。
●たがわ・しゅんえい/1947年奈良県生まれ。立命館大学卒業。法相宗の僧侶で、大本山興福寺貫首・法相宗管長・帝塚山大学特別客員教授。著書に『貞慶「愚迷発心集」を読む』『観音経のこころ』(春秋社)、『旅の途中』(日本経済新聞社)、『阿修羅を究める』(共著、小学館刊)など。
◆取材・文/小川寛大(『宗教問題』編集長)
※週刊ポスト2019年5月17・24日号