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2019.05.15 16:00  週刊ポスト

興福寺貫首が無人島へ持って行く一冊は中国古典『菜根譚』


興福寺の貫首・多川俊映師

 今年創建1300年を迎える興福寺は、五重塔や阿修羅像など、数多くの国宝を擁することでも知られる。その貫首(最高位の僧)・多川俊映師(72)は重要文化財の修復や中金堂の再建などに力を尽くし、「奈良に天平をよみがえらせた高僧」とも呼ばれる。モノや時間にとらわれすぎで、即物的になりすぎている世の中だが、多川師は心を鍛えるために「古典を読む」ことを提案する。

 * * *
 私は僧侶として、数多くの人々から人生の悩み相談などを受けてきました。そのなかで感じたことがあります。

 重病を患っている人は、意外にも冷静に自分の生を見つめ直して、落ち着いた人生を送っている人が少なくないのです。

 9年前に亡くなられた、東京大学名誉教授で免疫学者の多田富雄先生がそうでした。

 晩年、脳梗塞の後遺症で右半身不随となり、食パン1枚食べるにも1時間かかるような生活を送っておられた。しかし、死がすぐそばにあるような毎日の生活のなかに、焦りや戸惑いのようなものはありませんでした。

「今は死を思わない生が横行している」とおっしゃり、「静かな諦めもひとつの選択」「延命技術が人間を幸福にするのか」と話されていた。極めて落ち着いた精神状態でご自身の生と死に向き合っておられました。

 私は多田先生と交流させていただくなかで、「死を忘れた生は傲慢だ」と感じたのです。

「いつ死ぬか分からない」と思いながら暮らしている人の10年と、「自分は元気で、死ぬなんてあり得ない」と思っている人の10年では、命と向き合う時間の重みが違ってくるわけです。

 結果として、心の鍛え方の度合いも変わってくる。

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