ビジネス

専用切符で乗る行商列車 京成電鉄で生き残った理由

京成成田駅に掲示されていた行商専用車をアナウンスする看板

京成成田駅に掲示されていた行商専用車をアナウンスする看板

 行商列車を運行していたのは、京成だけではない。現在はJR東日本が所管する常磐線や我孫子支線・総武本線・成田線・房総線(現・内房線および外房線)でも行商列車が運行されていた。

 しかし、民間事業者の京成と、官でもある鉄道省(現・JR東日本)とでは行商人への対応の差は歴然としていた。昭和恐慌によって行商人が増えすぎたため、鉄道省は対策として1935年に行商人が乗車できる列車を指定。乗換駅も上野駅だけに限定した。また、上野駅から都心部へと向かう乗り換え時間も指定し、行商人たちは上野駅で約2時間の待機を強制される。

 行商人に対する規制は、時間だけではなかった。ほかにも「(持ち込む)容器は竹籠とすること」「(一人あたりの)荷物は60キログラム以内とすること」「行商人組合を組織すること」などの項目が設けられていた。

 戦後も、こうした規制は暗黙のルールとして存続した。そのため、常磐線をはじめとするJR各線では、昭和50年代から行商人が減少し始めた。現在でも常磐線や我孫子支線で行商人は残っているが、行商列車は早い段階で姿を消した。

 一方、京成は持ち込める荷物に制限はなかった。そうした理由もあり、京成沿線において行商人の減少は緩やかだった。京成で行商専用車が長らく生き残った理由は、こうした点も大きい。

 電車に乗って都心へと野菜を売り歩く行商人たちは、高齢化や農家の減少といった要因から時代とともに減少している。それでも一般乗客に混じって電車に乗り、時に見知らぬ乗客に手助けしてもらいながら、昔から付き合いのある個人宅や飲食店などのお得意先を目指す行商人たちはいる。

 京成が2013年に行商専用車を廃止した後も、列車に乗って東京で野菜を売り歩く行商は、細々と続けられていた。行商専用車がなくなって久しい今、行商人たちの扱いはどうなっているのだろうか?

「規定を超える荷物を車内に持ち込む場合、京成では手回り品切符を購入していただく必要があります。行商専用車廃止後も、行商組合員限定で定期手回り品切符を販売しております。もちろん、通常の乗車券も必要になります」(同)

 鉄道会社によって、行商人への扱いは異なる。そして、行商人のスタイルも地域や組合で大きく違っている。そうした違いは、これまでに明らかにされていなかった。行商や行商列車が歴史から消えようとしている中、その多くは謎に包まれたままだった。

 それでも、千葉県立中央博物館研究員の小林裕美さん、旅の文化研究所研究員の山本志乃さんをはじめとする郷土史家や民俗学者たちの手によって調査が進められ、その一端がようやく見えようとしている。

 京成の行商専用車がまだ現役で走っていた約15年前、私は京成沿線の組合に「行商列車を取材させてほしい」と繰り返し打診をした。京成沿線の行商人組合からは、「そっとしておいてほしい」との理由から、取材を拒否された。そして、今でも組合は取材NGを貫いている。

 現役の行商人も、過去に行商をしていた経験者も少なくなりつつある。行商を記録に残す、残された時間はわずかしかない。

 大正から昭和、そして平成まで、人の暮らしに欠かせない食糧供給を陰で支えた行商人と行商列車。その歴史は、ひっそりと消えようとしている。

関連記事

トピックス

真美子さんが“奥様会”の写真に登場するたびに話題に(Instagram /時事通信フォト)
《ピチピチTシャツをデニムジャケットで覆って》大谷翔平の妻・真美子さん「奥様会」での活動を支える“元モデル先輩ママ” 横並びで笑顔を見せて
NEWSポストセブン
「全国障害者スポーツ大会」を観戦された秋篠宮家・次女の佳子さま(2025年10月26日、撮影/JMPA)
《注文が殺到》佳子さま、賛否を呼んだ“クッキリドレス”に合わせたイヤリングに…鮮やかな5万5000円ワンピで魅せたスタイリッシュなコーデ
NEWSポストセブン
クマによる被害が相次いでいる(左・イメージマート)
《男女4人死傷の“秋田殺人グマ”》被害者には「顔に大きく爪で抉られた痕跡」、「クラクションを鳴らしたら軽トラに突進」目撃者男性を襲った恐怖の一幕
NEWSポストセブン
遠藤
人気力士・遠藤の引退で「北陣」を襲名していた元・天鎧鵬が退職 認められないはずの年寄名跡“借株”が残存し、大物引退のたびに玉突きで名跡がコロコロ変わる珍現象が多発
NEWSポストセブン
本拠地で大活躍を見せた大谷翔平と、妻の真美子さん
《スイートルームを指差して…》大谷翔平がホームラン後に見せた“真美子さんポーズ”「妻が見に来てるんだ」周囲に明かす“等身大でいられる関係”
NEWSポストセブン
相撲協会と白鵬氏の緊張関係は新たなステージに突入
「伝統を前面に打ち出す相撲協会」と「ガチンコ競技化の白鵬」大相撲ロンドン公演で浮き彫りになった両者の隔たり “格闘技”なのか“儀式”なのか…問われる相撲のあり方
週刊ポスト
部下と“ラブホ密会”が報じられた前橋市の小川晶市長(左・時事通信フォト)
《「策士」との評価も》“ラブホ通いすぎ”小川晶・前橋市長がXのコメント欄を開放 続投するプラス材料に?本当の狙いとは
NEWSポストセブン
女性初の首相として新任会見に臨んだ高市氏(2025年10月写真撮影:小川裕夫)
《維新の消滅確率は90%?》高市早苗内閣発足、保守の受け皿として支持集めた政党は生き残れるのか? 存在意義が問われる維新の会や参政党
NEWSポストセブン
滋賀県を訪問された秋篠宮家の次女・佳子さま(2025年10月25日、撮影/JMPA)
《すぐに売り切れ》佳子さま、6万9300円のミントグリーンのワンピースに信楽焼イヤリングを合わせてさわやかなコーデ スカーフを背中で結ばれ、ガーリーに
NEWSポストセブン
送検のため奈良西署を出る山上徹也容疑者(写真/時事通信フォト)
《安倍晋三元首相銃撃事件・初公判》「犯人の知的レベルの高さ」を鈴木エイト氏が証言、ポイントは「親族への尋問」…山上徹也被告の弁護側は「統一教会のせいで一家崩壊」主張の見通し
NEWSポストセブン
女優・八千草薫さんの自宅が取り壊されていることがわかった
《女優・八千草薫の取り壊された3億円豪邸の今》「亡き夫との庭を遺してほしい」医者から余命宣告に死の直前まで奔走した土地の現状
NEWSポストセブン
左から六代目山口組・司忍組長、六代目山口組・高山清司相談役/時事通信フォト、共同通信社)
「六代目山口組で敵う人はいない」司忍組長以上とも言われる高山清司相談役の“権力” 私生活は「100坪豪邸で動画配信サービス視聴」も
NEWSポストセブン