「本人でないとわからない苦しみがある。私は当然のことをしているのに、ミナちゃんからありがとう、ごめんね、と言われると逆に悲しい。でもそれすらも伝えられない日が来ることを妹は恐れていた…」(恵子さん)
昨年9月の取材時点では、スイスの安楽死団体にメールを出したが、返事がこないことを小島さんは嘆いていた。
「私にはもう時間がない」
◆日本人会員は2019年には17人に
オランダやベルギー、アメリカ・オーストラリアの一部の州など安楽死を容認する国や地域は複数ある。だが、外国人を受け入れる団体が存在するのは、スイスだけだ。小島さんが申請したのは、スイス・バーゼルに本部を置く「ライフサークル」という団体だった。
同団体の代表を務めるのは、医師のエリカ・プライシックさん(62才)。彼女をこの3年間、何度も取材してきた宮下氏は、こう言う。
「プライシック医師は、死に方を自ら決めることは、人が生まれ持つ権利のひとつであると考えています。どう死ぬかを考えることは、どう生きるかを考えることでもあるというのが彼女の信念です」
インターネット上での手続きと約5000円の入会金を振り込めば、誰でも同団体の会員になれる。だが、実際に自殺ほう助の対象者として認められるためには、次の4条件が問われるという。
・耐え難い苦痛がある。
・回復の見込みがない。
・代替治療がない。
・本人の明確な意思がある。
書類審査の上、プライシック医師ともう1人の医師による面接を経て、彼女の病状と意思が確認されれば、ようやく同団体で死を遂げることができる。
2018年時点の会員は1379人。そのうち同年に安楽死を遂げたのは80人ほど。ちなみに日本人会員は、2018年に11人。2019年(4月時点)には17人になった。ただし小島さんが現れるまで、日本人が同団体で安楽死した例は、過去に一度もなかった。
小島さんは女性セブンの取材時に、団体からの返事がないことに焦燥感を募らせていた。だが、取材の2日後の昨年9月末に同団体から返信がきたという。
その後、数週間にわたる小島さんと団体側のやりとりを経て、11月上旬に実施候補日が団体から提案され、数週間後の11月28日に決まった。
恵子さんはあまりに事が早く進むことに対して戸惑いがあった。だが、小島さんに迷いはなかった。恵子さんに向かって、はっきりとこう言った。
「だって、それを過ぎたら私の体が動かなくなっているかもしれないでしょう。断ったらいつになるかわからない」
同団体の手続きに必要な費用は、約100万円超。営利目的ではないため内訳の大半は施設や火葬の手配などの諸経費だ。一概にはいえないが日本からの渡航費や滞在費などを考えると、200万円程度はかかると宮下氏は言う。
その費用をどう見るか。宮下氏の取材に、小島さんはこんな思いを口にしている。
「50年生きてきて一生懸命働き、その貯金を全部この死ぬための旅費に使っているかと思うと、ちょっと情けないですね」