国内

難病の51才日本人女性が安楽死を選択するまで、彼女の言葉

昨年9月、宮下氏は小島さんを取材

 2018年11月28日、朝10時過ぎ。ベッドの小島ミナさんの腕につながれた点滴の袋の中に、薬が流し込まれた。女性医師が語りかける。

「ミーナ、死にたいのであれば、それを開けてください」
「いいんですか」
「ええ、どうぞ」
「では開けます。ありがとうね、いろいろ」

 点滴の入った致死薬のストッパーを一瞬の迷いもなく小島さんは開けた。

「う、うぅ。本当に。ありがとう。こんな、私の世話をしてくれて本当にありがとう」

 小島さんの姉が語りかける。

「ミナちゃん、ミナちゃん!ごめんね、ミナちゃん! あなたのことは誇りに思うから。これからもずっと、ね…」

 小島さんが答える。

「本当に最高の別れをつくってくれてありがとう。心から感謝している。幸せにしてくれてありがとう」

 小島さんは幾度も「ありがとう」を繰り返した。

「そんな~に、つ~ら~くなかった~よ。病院にもみ~んな~来てく~れた~か~ら。す~ご~く、しあ~わせ~だった…」

 家族を見つめていた目は徐々に閉ざされ、頭を支える筋力がふっと抜ける。致死薬が体にまわって、わずか60秒。彼女は苦しみ続けた年月から解放され、51才の生涯に幕を閉じた。

 *
 小島さんに多系統萎縮症(たけいとういしゅくしょう)という神経の難病が発覚したのは3年前のことだった。独身で子供もいない彼女は、韓国語の翻訳や通訳業の拠点だった東京を離れようと考え、新潟の長姉宅に身を寄せた。

 当初は毎朝、愛犬とともに周辺を散歩した。病の進行とともに体の自由を失い、外出は困難になった。2階にある12畳ほどの部屋。ここが彼女の世界になった。部屋には公園に面した窓があった。春になると、小島さんはそこから見える桜を楽しみにしていたという。

 今年4月、桜が咲き始めた頃。本誌記者は部屋を訪ねた。書棚を見た。生や死をテーマにした本が多かった。彼女はもう部屋にはいない。

 かわりに仏壇にはスイスから送られてきたごく僅かな遺灰が安置されていた。線香をあげさせてもらうと、長姉・恵子さんがポツリと言った。

「こないだ仏壇の前のろうそくの火が風もないのに、フッと揺らいだことがあったんです。ミナちゃんが家にいるような気がして…」

 昨年11月、小島さんは安楽死を遂げた。正確には「自殺ほう助」と呼ぶ。劇薬の入った点滴のストッパーを、医師や家族に見守られながら自ら開く。すると間もなく息絶える。もちろん日本では許された行為ではない。だから彼女は海を渡った。日本人としては初めて公になる安楽死事案である。

 ジャーナリストの宮下洋一氏はこのたび、その過程を記録したノンフィクション『安楽死を遂げた日本人』(小学館)を上梓した。同氏が取材に協力した『NHKスペシャル』(6月2日放送)も大きな反響を呼んだ。

 とりわけ家族に囲まれながら、小島さんが息を引き取るシーンが放映されたことは衝撃をもって受け止められた。穏やかな表情だった。最期に限らず、安楽死の日程が決まってからの彼女は、日増しに明るくなっていったという。次姉の貞子さんは話す。

関連記事

トピックス

寄り添って歩く小室さん夫妻(2025年5月)
《ベビー服は男の子のものでは?》眞子さん、夫・小室圭さんと貫く“極秘育児”  母・佳代さんの「ラブコール」も届かず…帰国が実現しない可能性も
NEWSポストセブン
選手着用のレオタードやジャージから「スポンサーロゴ」が…(協会のSNSより)
新体操日本代表・フェアリージャパン「パワハラ問題」でレオタードから消えた「スポンサーロゴ」 スポーツ庁が求めた第三者調査を“秘密裏に実施”との関係者証言も
週刊ポスト
イギリス出身のインフルエンサーであるボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
“半日で1000人以上と関係を持った”美女インフルエンサー(26)がイギリスの公共放送で番組出演「口をすぼめて、吸う」過激ビジュアル
NEWSポストセブン
本格的に中国進出をめざすならば…(時事通信フォト)
《年内結婚報道》橋本環奈と中川大志の「結婚生活」に立ちはだかる“1万kmの距離” 2人の異なる“海外進出の希望先”
週刊ポスト
麻田雅文氏(左)と小泉悠氏
《『日ソ戦争』麻田雅文氏×小泉悠氏対談》ソ連の講和仲介に期待した日本人の「アメリカよりロシアのほうが話せる」という感覚
週刊ポスト
「池田温泉旅館 たち川」の部屋風呂に「温泉偽装疑惑」。左はHPより(現在は削除済み)、右は従業員提供
「水道水にカップ5杯の重曹を入れてグルグル…」岐阜県・池田温泉「高級旅館」の部屋風呂に“温泉偽装”疑惑 ヌルヌルと評判のお湯の真実は…“夜逃げ”オーナーは直撃に「誰からのリークなの? それ」
NEWSポストセブン
これまでジャズ歌手などとしても活動してきた参政党・さや氏(写真/共同通信社)
参政党・さや氏、歌手時代のトラブル証言 ジャズバーのママが「カチンときて縁を切っちゃいました」、さや氏は「そうした事実はない」…真っ向食い違う言い分
週刊ポスト
もうすぐ双子のママになる。Numero.jpより。
Photos:Mika Ninagawa
中川翔子3年にわたる不妊治療と2度の流産を経験 。 双子の男の子のママになる妊婦姿を披露して話題に
NEWSポストセブン
趣里と父親である水谷豊
《女優・趣里の現在》パートナー・三山凌輝のトラブルで「活動セーブ」も…突破口となる“初の父娘共演”映画は来年公開へ
NEWSポストセブン
岐阜の「池田温泉旅館 たち川」が突然の閉鎖、事業者が夜逃げした(左は旅館のInstagramより)
【スクープ】岐阜県の名所・池田温泉の人気旅館が突然の閉鎖 町が運営委託した事業者が“夜逃げ”していた! 町長からは228万円の督促状、従業員が告発する「オーナーの計画」 給料も未払いに
NEWSポストセブン
中村七之助の熱愛が発覚
《元人気芸妓とゴールイン》中村七之助、“結婚しない”宣言のルーツに「ケンカで肋骨にヒビ」「1日に何度もキス」全力で愛し合う両親の姿
NEWSポストセブン
大谷が購入したハワイの別荘の広告が消えた(共同通信)
【スクープ】大谷翔平「25億円ハワイ別荘」HPから本人が消えた! 今年夏完成予定の工期は大幅な遅れ…今年1月には「真美子さん写真流出騒動」も
NEWSポストセブン