今や違法な薬物売買はネットを使って簡単にできる、というのは事実なようだが……。とはいえ、W氏が主張するように、営業しなくても向こうから買いに来る、というのが薬物購入者の常であるならば、こっそりネット掲示板に書き込めばよいのではないか。ツイッターのような誰からも見える、目立つところで“宣伝”をする必要性はあるのか? こうした疑問について、現役時代から薬物取引を“シノギ(仕事)”にすることを嫌っていたという元暴力団幹部は、そこに“理由”があるのだと説明する。
「本職の売人がネットで薬物を売買するなんてことはほぼ無いでしょう。どんなにやっても足がつく可能性がある以上、身内や信頼できる人づてにしか売りません。儲けを目的にするのであれば、信頼できる連中で組織を作って、大量に売りさばくしかない。それでもネットで不特定多数に売ろうとするのは、そもそもマトモなクスリを売ろうという気がないからです」(元暴力団幹部)
彼らが違法薬物について「マトモ」というのは、覚せい剤であれば純度の高い粗悪品でないもの、大麻であれば陶酔成分の強いもののことだ。自分が販売したものが「マトモ」なものかどうかで、リピーター客がつくかどうかが決まる。これは売人にとって重要なポイントであり、違法な世界ではあるが、その中で互いに信頼関係を構築するには欠かせない。良好な信頼関係を築ければ当局にバレにくくなり、万一バレたとしても絶対に相手を売ることがなくなる。ネットで不特定多数に販売しようという連中には、こうした「売人の掟」が全くないのだという。
「ネットでクスリを売買しようなんて、売る方も買う方も恐ろしくバカ。売る方は金だけ取って粗悪品渡せばいい、買う方も売った人間に義理なんかありませんから、パクられたらすぐに吐く(自供する)。そもそもネットでもいいからクスリが買いたいと追い込まれている中毒者であり、危機管理能力がゼロ」(元暴力団幹部)
前出のW氏は、本職筋から「バカ」と言われている事実について知っているとした上で、あくまでも割り切った「商売」だと開き直る。
「SNSで薬物を売るといっても、匿名化できるソフトを使って販売するわけだから、こちらは特定されないし、捕まるのは運び屋だけ。運び屋もSNSで裏バイトとして募ればいくらでもなり手がいる。例えば、運び屋に質の悪いクスリを持たせて買う奴と揉めても、俺らは関知しないですよ。運び屋を狙うのは警察だけじゃない。客と待ち合わせしている運び屋を狙って襲うやつがいて、クスリや売上金を盗って、山とかに捨てるんです。事情が事情だから、運び屋も警察にはタレこめない。俺らには何の危険もない。言っておきますが、若い暴力団員のシノギにもなっています。僕らのことをバカにするのはいいですけどね、ヤクザだって、子の手を汚して食べてるわけですからね。知らんぷりしてるだけでしょう」(W氏)
W氏は商売だと主張するが、本当にツイッターを介して薬物売買が成立しているのかは確かめようがない。ツイッターで今もなくならないチケット転売詐欺のように、ネットでしか連絡がとれないことを利用して、お金を振り込ませているだけかもしれない。お金を振り込んでも何も手に入れられなかったとしても、その被害者が警察に訴えることはまずないだろうから、犯罪が露見する可能性もないだろう。
筆者の取材で得た情報を総合し考えてみれば、SNSなどを通じて行われる薬物売買のほとんどは、実態のない架空取引だろうと思われる。違法行為に手を染めようとする者同士で、互いの寝首を掻いてやろうという連中ばかりが跋扈している状況といえよう。
そして抽象的な文言、薬物そのものや吸引道具の写真だけでは、確実に使用した証拠、所持した証拠とは言いづらく、当局がいちいち捜査しない、という現実もある。仮に放置してトラブルになったとしても、薬物中毒者と売人のような、反社会的勢力、自ら違法行為に手を染めようとする人々の中で完結する話であり、善良な一般人が巻き込まれる可能性は少ない。
とはいえ、あまりにカジュアルな薬物売買の場所が存在しているのも事実だ。背景には、犯罪のサイバー化や暴力団の締め付けなどといった事情もあるだろう。しかし、それよりも目につくのは、堕落しきったモラルがそこにあるという現実、事実上の“野放し状態”である。一見、市民には関係がないことかもしれないが、こうした連中が我々のすぐそばで生活しているという事実からも目をそらしてはならない。