「人類史上未曾有のきらびやかな繁栄の陰で、高度化する知識社会に適応できないひとたちが、雇用促進センターや生涯教育(リカレント)システム、あるいは精神疾患のケア施設などで『リサイクル』されています。こうして『再生』されたひとはもういちど労働市場に戻されるのですが、そうできない場合は『ポイ捨て』されてしまいます。

 バウマンは、こうした状況をたんに批判・告発しているわけではありません。人間が大量廃棄されるのは、自由でゆたかな社会の代償だからです。人間の『ポイ捨て』など許されないとするならば、私たちはいま享受しているゆたかさや自由をあきらめなくてはなりません。これが、バウマンの主張のもっともおそろしい部分です」(橘氏)

 リサイクルできないひとたちは、まるでゴミのように「最終処分場」に送られるのだろうか。

「人間はゴミではありませんから、『最終処分』はできません。それぞれの社会で、『再生不能』の烙印を捺されたひとの行く末は異なっていますが、アルコール、ドラッグ、自殺で白人が『絶望死』しているアメリカのラストベルト(錆びついた地帯)や、仕事のない移民二世、三世が吹きだまるフランスの公営住宅などはその典型でしょう。そこでも生きていけなくなればホームレスになるしかありませんが、日本をはじめアジア圏では働けない家族を家に抱え込むので、社会に適応できない子どもは『ひきこもり』になり、80代の親が50代の子どもの世話をする『8050問題』が深刻化しています。いずれも社会から排除(ポイ捨て)されたひとたちであり、『ゆたかで平和で快適な社会』の犠牲者なのです」(橘氏)

 世界の知識社会化が進むことに伴って、新たな「下級国民」が次々と生み出されるという“残酷な現実”がそこにあるのだ。

◆橘玲(たちばな・あきら):1959年生まれ。作家。国際金融小説『マネーロンダリング』『タックスヘイヴン』などのほか、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『幸福の「資本」論』など金融・人生設計に関する著作も多数。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。近著に『上級国民/下級国民』(小学館新書)、『事実vs本能 目を背けたいファクトにも理由がある』(集英社)など。

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