オタクとは、気が小さいもの。とくに自分たちのように鍛えた体の男に対しては、萎縮しがちと思っていたのに、正反対だ。男性客らは予想外の強気な態度をとるだけでなく、金田さんらスタッフの業務を、束になって妨害してきた。それはまるで、巣への侵入者を無数の小さな蜂たちが取り囲み、蜂の熱気で蒸し殺してしまうようなやり方だったという。
「殴られることはありませんが、ハードな“おしくらまんじゅう”というか、圧迫されて息が出来ないようになるんです。ヤバイと思って人波をなんとかかき分けて避難しました。凄まじい熱気なんですよ、死人が出そうなくらいの…」
金田さんたちは、ネット上で言われる“イキリオタク”の真の姿を目の当たりにしたのだ。
イキリオタクとは、虚勢を張り調子にのっている様子をさす「粋がる」という動詞を縮めた「イキる」と「オタク」を組み合わせたネットスラングで、揶揄の意味を込めて使われることが多い。普段は寡黙で大人しいのに、得意分野の話題になると人の意見を聞かずに高圧的に自説を話し続け、自分のテリトリーだと分かると一転して強気な態度に豹変する人たちだ。
「個々で見ると弱々しいのですが、束になると無敵です。そこがアイドルのライブや、同人漫画のイベントだったり、自分たちの世界であればあるほど、彼らは強くなる傾向にあると思います。とあるカードゲームの大会でセキュリティをやった時、客は小中学生ばかりだったのですが、気の弱そうな中年客を少年たちが取り囲んでカードを脅し取ろうとしていた現場に遭遇したこともありました」
これが、いかにもカツアゲしそうな少年たちなら金田さんも驚かなかったかもしれない。だが、もし街角であの少年たちが中年男性に出会ったとしても、おそらく目も合わせずに通り過ぎるだろうなという印象の子どもたちだったのだ。
金田さんの仲間のスタッフも、クラブイベントや格闘技イベントの警備より、こうした「オタク系イベント」の方が警備はやりにくく、そして恐ろしいと口を揃えるのだとか。それというのも、彼らには暴力や威嚇、迷惑行為の前兆が見えづらいからだ。
「そういうイベントの警備で、客に安全ピンで刺されたり、写真や動画にとられてSNSにアップされたという後輩もいます。調子に乗ってるとか、酒に酔っているとかではないから余計に恐ろしい」
人を安全ピンで刺すなどという行為は明らかに犯罪だが、それよりも、明確に人間に傷をつけることへ抵抗があって、普通の精神状態だったらやらないことだ。オタクという限定的な世界で生きているときは、周りが見えなくなり“イキがって”暴力的な言動を起こしてしまう、ということなのだろうか。
“オタク”という生き方は、従来ほど悪いイメージで語られなくなった印象もあるし、最近ではみずから「オタクです」と名乗ることへの抵抗も薄いし、周囲から非難されることもほとんどないように思う。ところが、こうした一部の平常心で暴走する“オタク”たちのせいで、その印象が再び毀損されているような気がしないでもない。