「あえて波風立てることも」と語る西郷校長(撮影/浅野剛)
「物心ついた頃からネット環境があった10代の若者たちは、ツイッターをはじめとしたSNSで複数のアカウントを持つことが当たり前になっている。例えば、同じ学校のクラスメートとつながるため本名で登録した“本アカ”や悪口や愚痴など、正面切って発言すると角が立つことをつぶやく“裏アカ”などを使い分け、その場に応じて “相手が心地よく感じる自分”をうまく演じているのです」
教室内だけではなく、ネット上でも「空気を読む」ことが重視されるゆえに相手を不快にさせないよう気を使い、その結果、けんかも起こりづらくなるというのだ。
「一方で、SNSの機能である連絡先を消してしまう『友達削除』や相手からの連絡を遮断する『ブロック』により簡単に人間関係が解消できたり、逆に相手から拒まれたりすることも体感している。“人間関係はすぐに壊れるもの”という意識も強いのです。争うことを避けるあまり、本音を言って受け入れてもらえた経験も少ない世代だということもできる」(高橋さん)
加えて、「けんかや衝突はよくない」という世の風潮も、以前に増して高まっている。インターネットに投稿された《アンパンマンがバイキンマンを拳でやっつけるのは暴力ではないか》というコメントに端を発した「アンパンチ論争」もこの風潮と無関係ではないだろう。しかし、作者のやなせたかしさんは生前、こんなふうに反論していた。
《けんかもせず、摩擦をおそれ、何もしないで成長する子供はいますか? 自分が子供のころは、よくチャンバラごっこをやったけど、だからって私は殺人はしませんよ。大人になっていく過程で、いろいろ思い通りにいかないこともあります。子供たちにはアンパンマンのように強く、優しく育ってほしいと願っています》
確かに、人間同士の摩擦や衝突に慣れていなければ、社会に出てから上司や部下と考えが対立した時、近所のママ友と意見が合わなかった時、初めて壁にぶつかることになる。
だからこそ、衝突が起きても近くにいる先生が修復の手伝いをしてくれる学校で、それを乗り越え、関係を修復する方法を学んでほしい──西郷さんはそんな思いから、あえて「対立」が生まれるように仕向けることもある。
「衝突したことがない子供が社会に出て人間関係で壁にぶつかると、自分では修復できずそのまま挫折してしまうか、暴走するかどちらかになってしまう可能性が高い。特に、放っておいたらけんかを経験しないようなおとなしい生徒同士の関係であれば、あえてこちらが波風を立ててみるようなこともあります」(西郷さん・以下同)
つまり、あまりにも平穏すぎる学校生活を送る子供たちの間に一石を投じて波紋を広げるというのだ。