ライフ

松本清張は歴史家だった 作品を通し時代の闇に光を当てる論考

松本清張作品を読み解く本を上梓した原武史さん(撮影/浅野剛)

【著者に訊け】原武史さん/『「松本清張」で読む昭和史』/NHK出版新書/800円

【本の内容】
 今年生誕110周年、社会派推理小説というジャンルを確立した巨匠・松本清張。今も度々ドラマになるなど人気作家だが、原さんは〈小説家にとどまらない、ひとりの歴史家ないし思想家として読みなおされる存在なのではないか〉と綴る。41歳で作家デビューし82歳で亡くなるまでにおよそ1000篇の作品を残した清張。その代表作を読み解き、昭和時代と、令和の今にも連なる権力構造や時代の闇に光を当てる。

 松本清張は、歴史の奥に隠れた「見えないもの」を書こうとした作家だと原さんは言う。『点と線』『砂の器』『日本の黒い霧』『昭和史発掘』『神々の乱心』という、小説と近代史を題材にしたノンフィクション5作を取り上げ、国民作家が追い続けた日本の闇を、「鉄道」と「天皇」という専門テーマから読み解く。

「清張が作家になったのは昭和25年、41歳の時です。学歴もなく、長い下積みの期間を送ったわけですが、その下積みの長さが後の旺盛な作家活動の母体となっています。だからこそ社会派推理小説というジャンルを確立できたし、オリジナリティーのある独自の視点も得られた。天皇制を論じるにも近代史と古代史、両方からアプローチしていますが、これは、学者にはできない方法です」

 原さん自身、新聞記者をへて研究者になり、記者経験を通して天皇制という研究テーマを見つけた。だが、アカデミズムの世界では、そうした寄り道を一段下に見る風潮があるそうだ。この狭い感覚にはずっとなじめず、だからこそ、清張の独自性を先入観なく受け止めることもできたのだろう。

「清張は小説にノンフィクションの要素を取り入れています。『点と線』のトリックも、当時の時刻表を当たって、ダイアグラムの中に誰も気づかなかった『空白』を見つけた。『砂の器』に出てくる方言も、研究書に基づいています。

 徹底的に自分で調べて、だからこそ時間がたっても古びず、そこに描かれる人々の暮らしぶりなどには資料的な価値もあると思います」

 同時代の司馬遼太郎と比べても、「女性読者が多い」というのも面白い指摘だ。

「司馬遼太郎に限らず、女性が出てきても、添え物というか、男性を陰で支える存在として書くことが多いですけど、清張の小説では、表では男が力を持っているようで、実は本当に力があって鍵を握るのは女性だったりします。『点と線』から最後の『神々の乱心』まで一貫していて、そういうことも女性読者をひきつけるひとつの理由なのかな」

 平成4年に亡くなった清張が、もしいまも生きて『平成史発掘』を書くなら何をテーマに選んだか、という推理も興味深い。

※女性セブン2019年11月21日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

騒動から2ヶ月が経ったが…(時事通信フォト)
《正直、ショックだよ》国分太一のコンプラ違反でTOKIO解散に長瀬智也が漏らしていたリアルな“本音”
NEWSポストセブン
谷本容疑者(35)の地元を取材すると、ある暗い過去があることがわかった(共同通信)
「小学生時代は不登校気味」「1人でエアガンをバンバン撃っていた」“異常な思考”はいつ芽生えたのか…谷本将志容疑者の少年時代とは【神戸市・24歳女性刺殺】
NEWSポストセブン
ロシアで勾留中に死亡したウクライナ人フリージャーナリスト、ビクトリア・ロシチナさん(Facebook /時事通信フォト)
脳、眼球、咽頭が摘出、体重は20キロ台…“激しい拷問”受けたウクライナ人女性記者の葬儀を覆った“深い悲しみと怒り”「大行列ができ軍人が『ビクトリアに栄光あれ!』と…」
NEWSポストセブン
大谷の「二刀流登板日」に私服で観戦した真美子さん(共同通信)
「私服姿の真美子さんが駆けつけて…」大谷翔平が妻を招いた「二刀流登板日」、インタビューに「今がキャリアの頂上」と語った“覚悟と焦燥”
NEWSポストセブン
V-22オスプレイ
《戦後80年・自衛隊の現在地をフォトレポート》中国軍の脅威に対抗する「南西シフト」の最新装備 機動的な装輪車、射程が伸びた長距離ミサイル
週刊ポスト
女優の趣里とBE:FIRSTのメンバーRYOKIが結婚を発表した(左・Instagramより)
《お腹にそっと手を当てて》ひとり娘の趣里は区役所を訪れ…背中を押す水谷豊・伊藤蘭、育んできた3人家族の「絆」
NEWSポストセブン
過去にも”ストーカー殺人未遂”で逮捕されていた谷本将志容疑者(35)。判決文にはその衝撃の犯行内容が記されていた(共同通信)
《前科は懲役2年6か月執行猶予5年》「ストーカーだけでなく盗撮も…」「5回オートロックすり抜け」公判でも“相当悪質”と指摘された谷本将志容疑者の“首締め告白事件”の内幕
NEWSポストセブン
硬式野球部監督の退任が発表された広陵高校・中井哲之氏
【広陵野球部・暴力問題で被害者父が告白】中井監督の退任後も「学校から連絡なし」…ほとぼり冷めたら復帰する可能性も 学校側は「警察の捜査に誠実に対応中」と回答
NEWSポストセブン
〈# まったく甘味のない10年〉〈# 送迎BBA〉加藤ローサの“ワンオペ育児”中もアップされ続けた元夫・松井大輔の“イケイケインスタ”
〈# まったく甘味のない10年〉〈# 送迎BBA〉加藤ローサの“ワンオペ育児”中もアップされ続けた元夫・松井大輔の“イケイケインスタ”
NEWSポストセブン
Benjamin パクチー(Xより)
「鎌倉でぷりぷりたんす」観光名所で胸部を露出するアイドルのSNSが物議…運営は「ファッションの認識」と説明、鎌倉市は「周囲へのご配慮をお願いいたします」
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサーであるボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
“タダで行為できます”の海外インフルエンサー女性(26)が男性と「複数で絡み合って」…テレビ番組で過激シーン放送で物議《英・公共放送が制作》
NEWSポストセブン
野生のヒグマの恐怖を対峙したハンターが語った(左の写真はサンプルです)
「奴らは6発撃っても死なない」「猟犬もビクビクと震え上がった」クレームを入れる人が知らない“北海道のヒグマの恐ろしさ”《対峙したハンターが語る熊恐怖体験》
NEWSポストセブン