「農家の高齢化で担い手がいなくなり、2005年頃からこの地区でも耕作放棄地が出るようになったのです。そうした土地の有効活用を図ろうと始めたのが、牛の放牧でした」
2009年に試験的に牛を放牧してみたところ、地元での反響は大きく、翌2010年、放牧の取り組みに参加する農家が集まって秋穂放牧利用組合が創設された。以来、10年にわたって続いている。
最初の年は1.9ヘクタールの土地で始まったこの地区の放牧は、今年は5.7ヘクタールまで拡大した。
まずは、耕作放棄地の伸び放題の雑草を、母牛が旺盛な食欲で食んでいく。1~2年で雑草がきれいになくなったら、次はイタリアングラスやミレットなどの牧草を育てて食べさせる。育てるといっても、春先にトラクターで土を起こして、牧草の種を手でまくだけだ。トラクターはどの農地所有者の家にもあるため、それを有効活用している。
作業は共同で行い、専用の機材を購入するなどの経費はほぼかからない。電気柵を設置して、牛の飲み水を確保し、真夏の暑さ対策として日陰になるような施設を設置すれば、あとは牛を迎えるばかりだ。放牧された牛は柵内を自由に移動して牧草を食むので、手間はかからない。
秋穂放牧利用組合では、毎年、同じ繁殖農家から牛を借りており、1頭につき1万円のレンタル料を支払っているという。それでも、耕作放棄地対策の補助金を受け取ることで、牧草の種子代や作業賃まで賄うことができるという。組合が2018年度に受け取った交付金は369万円。牛の放牧が地域に雇用や所得を生んでいる形である。
「高齢化した地域ですから、作業に大きな労力がかからないようにしています。固定した有刺鉄線ではなく、取り外し可能な電気柵に、電気代のかからないソーラーパネルという手軽な設備でできる上に、放牧ですから牛の世話に手間がかかることもない。『いつでも、どこでも、誰にでも、簡単に、安くできる』のが特徴です」(宗綱さん)
組合に参加する原田孝二さんは、放牧にはこんな思わぬ効果もあると話す。
「牛は人によく懐いてかわいく、“癒やし効果”も大きいんです。近所の子供たちが喜んで牛について回ったり、通りかかった人が写真を撮っていくこともあります。牛のいる風景は、地域に温かみをもたらしてくれます」
◆ブルドーザーのように雑草を食べ尽くす
そのように繁殖農家から母牛をレンタルして耕作放棄地で放牧するシステムは、「山口型放牧」と呼ばれ、山口県ではすでに18年前から取り組まれてきた。県の公社「畜産振興協会」では、放牧を希望する地域や住民らとのマッチングのため、牛の貸し出しを行う繁殖農家のデータを「放牧牛バンク」としてホームページに掲載している。JA山口県では、一部の地域において、手軽に始められるよう、電気柵などの必要な道具を貸し出すサービスまで行っている。
さらに万が一、牛に事故があっても保険が効き、放牧する牛が対人・対物の事故を起こしても補償する保険がある。