国内

農地を甦らせた レンタカーならぬ「レンタカウ」の奇跡

山口市秋穂地区の耕作放棄地で悠々と草を食む放牧牛

 お腹を大きくした黒毛和牛の母牛が、ゆっくりと移動しながら草を食む。だが、ここはもともと放牧場ではなく、田んぼや畑があった場所だ。じつは、この食欲旺盛な放牧牛こそが、日本の農地減少を食い止める“救世主”になるかもしれない──。

 高齢化や過疎化による労働力不足などによって、かつては田んぼや畑だった土地が放棄されて荒れ放題になる「耕作放棄地」の存在が全国で深刻な問題となっている。

 農水省の統計(2015年)によると、その広さは全国で42万3000ヘクタールに及ぶ。じつに富山県の面積とほぼ同じ広さである。この25年で倍増し、今後も増加に歯止めがかからないことが懸念される。

 農地はいったん荒れてしまうと、再び耕作可能な状態に戻すのは容易ではない。日本の「食料自給率」の向上が叫ばれるなかで、農地の減少を放置するわけにはいかない。

 さらにいえば、山間地域では、人々が暮らす集落と、イノシシやサルなどの野生動物のすむ森との“緩衝帯”の役割を、田んぼや畑が果たしてきた。耕作放棄地の拡大によって動物がヒトの住む里に頻繁に下りてくるようになり、それに伴い、耕作を行っている畑で農作物が食い荒らされるなどの被害も増えている。

 どうやって耕作放棄地の拡大を食い止めるのか。各地域が頭を悩ますなかで、山口県で行われている取り組みが注目されている。

 山口県の中央部、山口市の秋穂地区は、江戸時代に始まった瀬戸内海の干拓で開かれた水田が広がる。10月下旬に訪ねると、かつて水田だった耕作放棄地で10頭の黒毛和牛が放牧されていた。

 敷地の周囲は、ソーラーパネルを利用して蓄電した電気が流れる柵が張り巡らされており、牛が柵から外に出ることはない。その日は時折、激しく雨が降るあいにくの天気だったが、牛たちは悠然と草を食んでいた。

「先日の大型台風の時も、24時間ずっと放牧したままでした。牛は身を寄せ合って密集することで、風や寒さをしのいでいましたよ」

 牛の放牧を行うため、農業をしていた地元住民らでつくる「秋穂放牧利用組合」事務局長の宗綱良治さんはそう話す。

◆「レンタカウ」が雇用や所得を生み出す

 放牧中の牛は、隣の美祢市の肉用牛の繁殖農家から借りてきたものだ。繁殖農家とは、母牛を飼育して子牛を産ませ、その子牛を生後8~9か月まで育てて市場に出荷する農家をいう。

 秋穂地区では、妊娠した母牛を5月頃に繁殖農家から借りて、10月いっぱいまで放牧して農家のもとに返している。母牛は繁殖農家のもとに戻って2か月ほどで出産の時期を迎える。この母牛を借りることを、レンタカーならぬ「レンタカウ」と呼ぶのだそうだ。

 繁殖農家にとって母牛をレンタルに出すメリットは大きい。放牧してもらっている間は、エサとなる飼料代を抑えることができる上に、牛舎で飼育する場合は、毎日の糞の処理に追われるが、その手間もかからない。さらに、放牧で歩き回ることにより母牛の足腰もしっかりして健康になり、出産がスムーズになる、妊娠のサイクルも短くなるという利点まであるという。

 では、牛を借りる側のメリットは何か。秋穂地区の事情を宗綱さんが振り返る。

関連キーワード

関連記事

トピックス

高市早苗首相(時事通信フォト)
《日中外交で露呈》安倍元首相にあって高市首相になかったもの…親中派不在で盛り上がる自民党内「支持率はもっと上がる」
NEWSポストセブン
阿部なつき(C)Go Nagai/Dynamic Planning‐DMM
“令和の峰不二子”こと9頭身グラドル・阿部なつき「リアル・キューティーハニー」に挑戦の心境語る 「明るくて素直でポジティブなところと、お尻が小さめなところが似てるかも」
週刊ポスト
高市早苗首相の「台湾有事」発言以降、日中関係の悪化が止まらない(時事通信フォト)
「現地の中国人たちは冷めて見ている人がほとんど」日中関係に緊張高まるも…日本人駐在員が明かしたリアルな反応
NEWSポストセブン
大谷翔平が次のWBC出場へ 真美子さんの帰国は実現するのか(左・時事通信フォト)
《大谷翔平選手交えたLINEグループでやりとりも》真美子さん、産後対面できていないラガーマン兄は九州に…日本帰国のタイミングは
NEWSポストセブン
11月24日0時半ごろ、東京都足立区梅島の国道でひき逃げ事故が発生した(現場写真/読者提供)
【“分厚い黒ジャケット男” の映像入手】「AED持ってきて!」2人死亡・足立暴走男が犯行直前に見せた“奇妙な”行動
NEWSポストセブン
10月22日、殺人未遂の疑いで東京都練馬区の国家公務員・大津陽一郎容疑者(43)が逮捕された(時事通信フォト/共同通信)
《赤坂ライブハウス刺傷》「2~3日帰らないときもあったみたいだけど…」家族思いの妻子もち自衛官がなぜ”待ち伏せ犯行”…、親族が語る容疑者の人物像とは
NEWSポストセブン
ミセス・若井(左、Xより)との“通い愛”を報じられたNiziUのNINA(右、Instagramより)
《ミセス若井と“通い愛”》「嫌なことや、聞きたくないことも入ってきた」NiziU・NINAが涙ながらに吐露した“苦悩”、前向きに披露した「きっかけになったギター演奏」
NEWSポストセブン
「ラオ・シルク・レジデンス」を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月21日、撮影/横田紋子)
「華やかさと品の良さが絶妙」愛子さま、淡いラベンダーのワンピにピンクのボレロでフェミニンなコーデ
NEWSポストセブン
クマ被害で亡くなった笹崎勝巳さん(左・撮影/山口比佐夫、右・AFP=時事)
《笹崎勝巳レフェリー追悼》プロレス仲間たちと家族で送った葬儀「奥さんやお子さんも気丈に対応されていました」、クマ襲撃の現場となった温泉施設は営業再開
NEWSポストセブン
役者でタレントの山口良一さん
《笑福亭笑瓶さんらいなくなりリポーターが2人に激減》30年以上続く長寿番組『噂の!東京マガジン』存続危機を乗り越えた“楽屋会議”「全員でBSに行きましょう」
NEWSポストセブン
11月16日にチャリティーイベントを開催した前田健太投手(Instagramより)
《いろんな裏切りもありました…》前田健太投手の妻・早穂夫人が明かした「交渉に同席」、氷室京介、B’z松本孝弘の妻との華麗なる交友関係
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサー、ボニー・ブルー(Instagramより)
《1日で1000人以上と関係を持った》金髪美女インフルエンサーが予告した過激ファンサービス… “唾液の入った大量の小瓶”を配るプランも【オーストラリアで抗議活動】
NEWSポストセブン