漬けものと酒はバッチリ合うが体に悪く、甘い栗きんとんなどは酒の毒を消す(たぶん迷信)といったことから、一時期、生真面目な父が疎ましくて離婚の危機にあったという驚きの秘話まで、母はてらいもなくよくしゃべった。私もいつになく気持ちよく酔い、まるで女学生同士のように話し込んだり笑い転げたりした。思えば母は今の私くらいの年齢。お互いに若かったのだ。
気づくと空が白み始めていたが、いそいそ食卓を片づける母の姿に「本物の酒豪だ」と恐れ入ったのだった。
◆いろいろな顔が現れる母の“いい酒”
母と大酒を飲んだのは、後にも先にもあの時だけだったが、父が亡くなり、サ高住(サービス付き高齢者向け住宅)での新生活になってからは、私の家族と母とで、よく居酒屋などで酒を酌み交わすようになった。
私も酒のある食卓が好きなのだ。ただの野菜炒めも冷たいビールがあればごちそう! お手軽で最高の贅沢だ。
母もきっと同じ喜びを知っているはず。あの徹夜飲み以来、そう確信しているので、高齢や認知症の不安を押して家族の酒宴に誘うのだ。
母が頼むのはいつも燗酒。食事をしながらチビチビ飲む。最近は認知症が進行して話す内容や語彙もグッと減ったが、みんなで酒席を囲めば不思議と言葉や思い出がよみがえる。
「パパはいい夫だったわ。真面目で働き者で…」。毎晩ふたりで晩酌していたというから、心地よい酔いが父を思い出させるのだろう。そして、「あんなに早く死んじゃって」と、普段は決して見せない感情的な表情にもなる。
「でもパパ、たぶん今日も来てるわね、ここに」と突然霊感が降臨するのも毎度のこと。
「こういう店が好きで“ワシも行くワシも行く”っていう人だったから(笑い)。きっと来てるわ」と、最後は笑う。
少し前までは2合くらい平気だったが、最近は限界を感じるのか1合を飲み終わると静かにお茶をすする。
衰えても酒豪の風格を感じさせるいい飲みっぷりだ。
※女性セブン2020年1月1日号