寅さんは本当はモテるんです。でも、生活が不安定なロックンローラーだから、相手を幸せにしてあげられない。だから、いい関係になりそうになると、自分から身を引く。この作品でも、千代が「寅ちゃんとなら一緒に暮らしてもいいって、今、ふっとそう思ったんだけど」と告白すると、途端に動揺してしまう。でも、千代は優しいですよね。そんな寅さんを見て、「嘘よ、やっぱり冗談よ」と自分の気持ちをしまい込み、寅さんを楽にしてあげるわけですから。切ないシーンですけれどね。
寅さんて、金銭欲も出世欲もなく、恋心はあっても性欲はないように思います。それは御前様がこの世に遣わした天使だからでしょう。マドンナの多くはそのピュアなところを見抜くんですが、八千草さんの千代はその典型だと思いますね。
●みうら・じゅん/イラストレーター。1958年生まれ。寅さんの「ロックンローラー説」「素人童貞説」を唱える。
※週刊ポスト2020年1月3・10日号