2014年の選挙公示日、地元の支援者たちで広い会場は埋め尽くされた
傍からは「軽やかな単独行」に見えるかもしれない。しかし、実際の未踏峰は驚くほど険しい。そもそも常井は大新聞の記者でも地元紙の番記者でもないため、原稿を書かなければ一銭にもならない。誰かが取材経費を補填したり、労働時間をひねり出してくれるわけでもない。すべてを自己責任で行ななければならない在野のノンフィクションライターだ。
それなのに、常井はいとも簡単に偉業を成し遂げたように見せている。まるで幸運が降って湧いたかのように書いている。
しかし、そんなことはありえない。中村が積み重ねた25年には及ばなくとも、優れた書き手である常井の時間と労力は決して軽くない。私は常井が自らの苦労を表に出すタイプではないことを知っている。しかし、常井の苦闘が隠されていることで、この偉業が過小評価されることを大いに危惧している。
今、中村喜四郎は野党共闘のキーマンとして注目されている。最近では新聞各紙のインタビューも受けるようになってきた。しかし、私たちがそうした動きを目にすることができるのは、中村が表舞台に出る決断をしたからだ。やはり、中村を最初に日の当たる場所に連れ出した常井の功績は大きい。
私の耳には、今も中村の言葉が耳に残っている。
2014年総選挙の開票日、私は支持者とのバンザイを終えた中村を呼び止め、「あなたにとって選挙とはなんですか」と問いかけた。中村が私の声に応じて足を止めたのは、2005年に取材を開始してから初めてのことだった。
1対1。立ち止まって振り返り、私に正対した中村は力強く言った。
「選挙も、政治も、人生のすべてです。すべてですよ。もうすべて。すべてが生きがいですよ。とくに困難になれば困難になるほど」
中村はこれ以降、時には私の質問に応じるようになった。しかし、応じないことがほとんどだった。私が手にしたパズルのピースは、何年もかけて集めた小さなものだけだ。
一方、今回常井が世に問うた本書は「中村家三代絵巻」とも言える大きな絵だ。誰よりも早く未踏峰の頂きに立った常井に、心からの称賛と謝辞を送りたい。
●はたけやま みちよし/フリーランスライター。1973年生まれ。早稲田大学在学中から取材、執筆を始める。泡沫候補と呼ばれる立候補者たちを追った『黙殺 報じられない”無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)で第15回開高健ノンフィクション賞受賞。他の著書に『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』(集英社)など。2020年2月11日(火祝)13時~、新宿ネイキッドロフトでのトークイベント「中村喜四郎を語り尽くす」にゲストとして登壇予定。