近年は、ストーカー被害を明かす声優も増えてきた(イメージ)
「声優って仕事はある一定のランク以上になった場合、個人でどうにかなる仕事じゃないんです。みなさんおっしゃいますが、ひたすら仕事を待つこと、が仕事です。私は仕事がないことに疲れちゃったんですね」
昔、ある企画で往年の大スターとお話させていただく機会があり、その時に昔の映画の話になった。彼曰く「姫女優は姫しかできないと消えるんだ。姫は毎年いくらでも若くてかわいい子が入ってくるから。だから仕事がなくなるとだいたい悪女を演じて脱皮しようとする。演技が伴わなければ脱いで大人の女優になろうとする。どっちにしろ、姫は“脱ぐ”運命(さだめ)。ただし吉永小百合は別、あそこまで突き抜けたら姫のまま生きていける」といつもの調子で解説された。例えはともかく年齢を重ねるとてっぺんクラスの姫でない限り、赤ちゃんからおばあちゃん、動物や妖怪、モンスターなどの人でないキャラクターまでなんでもこなせる声優でないと演じる仕事を続けるのは難しいのだろう。
「ある程度の年齢、ランクになったら指名が来ないと厳しいです。オーディションも限られてきます。アニメはとくにそうです。事務所からも扱いが難しい立場になります。そうなったら大半は事務所を移りますが、そのまま廃業する声優もいます。私は廃業を選びました」
私は声優版「紀元2000年のカタストロフ」と勝手に呼んでいるのだが、1995年からの5年間にブレイクした女性声優、とくにゲームをメインの仕事にしていた女性声優の多くが、2000年を過ぎたあたりからフェードアウトしていくという大変動を間近に見た。その中で誰ひとり、実力不足の声優はいない。では売れ続ける人とそうでない人の違いを問われると、私もわからなくなる。紙一重としか言いようがないが、花子さんもこれまでの仕事が示すように実力もその魅力も確かなものだ。それでも仕事である限り出演の声がかからなければ行き詰まる。本当に「芸」とは残酷な世界だ。花子さんもその一人だった。
「あと、ストーカーにも悩まされました。これも辛かった。私のころは有名声優だろうが人気声優だろうが基本的には一人で現場に行きます。電車に揺られて、スタジオ入って、家に帰るも全部一人。だから熱烈なファンの方にしてみたら、つきまとうどころか誘って来たり、好き勝手できる時代だったんです。一般のファンの方だけでなく、申し訳ない話ですが、ゲーム会社の人や出版社の人でも執拗につきまとう人はいました。私のどこがいいのやら…」
いまなら大変な話だが、20年以上前は世の中全体が、ストーカーという犯罪に対する認識が薄かった。1999年に桶川ストーカー殺人事件が起きて、2000年にストーカー規制法が成立。しかし法律は現実への対応になかなか追いつかず、その後も複数の悲惨な事件が起きた。とくに、芸能の仕事をしていると警察に相談してもなかなか真面目に取り合ってもらえない状態が長く続いた。2016年に芸能活動をする女子大学生が被害に遭った小金井ストーカー殺人未遂事件が起きてようやく、芸能の仕事をする人たちのストーカー被害の深刻さに世の中が目を向けるようになった。
声優にもストーカー被害の事例は多い。実際、私はストーカーの恐怖から休業した人気声優を知っているし、10年前には実際に被害を訴えて刑事での取り締まりを求めた声優もいる。後者は2010年前後だったため、法律の整備もすすみ社会の理解が及び始めた時代だから可能だったのであって、20年以上前の声優業界はどんな対策をすればよいのかの知識もなく、ストーカーの恐怖が過ぎ去るのをじっと待つだけだった。
また、ストーカー被害の深刻さは、当事者以外にはなかなか広まらなかった。そのため、被害者の話を聞いても何が深刻な被害なのか警察も世間も、被害者を支える周囲の人たちもよく理解できない状態が長く続いた。規制法成立以前では、なおさらである。そんな1990年代のカオスに、花子さんも巻き込まれた。仕事が減ったこと以上に、ストーカー行為が花子さんを蝕んだ。