「そうなの? わかった」とひと言だけ返し、私はテレビに向かった。母も黙った。内心、泣きそうだった。

 でもここは温泉だ。そう思い直し、少し時間をおいて、「温泉行こうよ! 今度はゆっくり入ろう」と誘った。

 大きな湯船に浸るともう母の表情は緩んでいた。私も日頃の疲れや五十肩の痛みが癒され、難しい思案も飛んだ。

「娘さんとお孫さんといらしたの? いいわね~」と、老婦人が母に話しかけてきた。

 聞けば、子供の受験に追われている娘さんに厄介をかけまいと、老夫婦ふたりだけで来たという。少し心細げだ。

「高齢者も自立しなきゃね」と母が元気づけるように返すので、老婦人も思わず笑った。

 実は、母は最近入浴を忘れることが多くなり、週1回の入浴援助を頼むようになった。ヘルパーさんの前で裸になるのを嫌がるかと心配したが、機嫌よく応じているらしい。これも立派な“自立”だ。

 ゆっくり湯に浸って、いつもの前向きな母に戻った。やはり温泉の力はすごい!

 旅の最終日、サ高住(サービス付き高齢者向け住宅)まで送って行くと、なじみのヘルパーさんに「おかえりなさい」と迎えられ、うれしそうな母。

「楽しかったね、また行こうね」と、ご機嫌な笑顔で手を振り、私たちを見送った。

※女性セブン2020年2月13日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

大谷翔平と妻の真美子さん(時事通信フォト、ドジャースのインスタグラムより)
《真美子さんの献身》大谷翔平が進めていた「水原離れ」 描いていた“新生活”と変化したファッションセンス
NEWSポストセブン
羽生結弦の元妻・末延麻裕子がテレビ出演
《離婚後初めて》羽生結弦の元妻・末延麻裕子さんがTV生出演 饒舌なトークを披露も唯一口を閉ざした話題
女性セブン
古手川祐子
《独占》事実上の“引退状態”にある古手川祐子、娘が語る“意外な今”「気力も体力も衰えてしまったみたいで…」
女性セブン
「What's up? Coachella!」約7分間、圧巻のパフォーマンスで観客を魅了(写真/GettyImages)
Number_iが世界最大級の野外フェス「コーチェラ」で海外初公演を実現 約7分間、圧巻のパフォーマンスで観客を魅了
女性セブン
《家族と歩んだ優しき元横綱》曙太郎さん、人生最大の転機は格闘家転身ではなく、結婚だった 今際の言葉は妻への「アイラブユー」
《家族と歩んだ優しき元横綱》曙太郎さん、人生最大の転機は格闘家転身ではなく、結婚だった 今際の言葉は妻への「アイラブユー」
女性セブン
天皇皇后両陛下、震災後2度目の石川県ご訪問 被災者に寄り添う温かいまなざしに涙を浮かべる住民も
天皇皇后両陛下、震災後2度目の石川県ご訪問 被災者に寄り添う温かいまなざしに涙を浮かべる住民も
女性セブン
今年の1月に50歳を迎えた高橋由美子
《高橋由美子が“抱えられて大泥酔”した歌舞伎町の夜》元正統派アイドルがしなだれ「はしご酒場放浪11時間」介抱する男
NEWSポストセブン
ドジャース・大谷翔平選手、元通訳の水原一平容疑者
《真美子さんを守る》水原一平氏の“最後の悪あがき”を拒否した大谷翔平 直前に見せていた「ホテルでの覚悟溢れる行動」
NEWSポストセブン
STAP細胞騒動から10年
【全文公開】STAP細胞騒動の小保方晴子さん、昨年ひそかに結婚していた お相手は同い年の「最大の理解者」
女性セブン
年商25億円の宮崎麗果さん。1台のパソコンからスタート。  きっかけはシングルマザーになって「この子達を食べさせなくちゃ」
年商25億円の宮崎麗果さん。1台のパソコンからスタート。 きっかけはシングルマザーになって「この子達を食べさせなくちゃ」
NEWSポストセブン
大谷翔平を待ち受ける試練(Getty Images)
【全文公開】大谷翔平、ハワイで計画する25億円リゾート別荘は“規格外” 不動産売買を目的とした会社「デコピン社」の役員欄には真美子さんの名前なし
女性セブン
逮捕された十枝内容疑者
《青森県七戸町で死体遺棄》愛車は「赤いチェイサー」逮捕の運送会社代表、親戚で愛人関係にある女性らと元従業員を……近隣住民が感じた「殺意」
NEWSポストセブン