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1970年代以前に「職人」が積極的によい言葉ではなかった理由

評論家の呉智英氏

 卒業や進学、就職などで新生活が始まる春。今年も多くの新社会人が誕生する。評論家の呉智英氏が、職業に就くということ、「職人」という言葉の意味と受け止め方の時代による変化について考察する。

 * * *
 新型コロナウイルス感染症の拡がりで卒業式の縮小や延期が相次いでいる。卒業生には残念なことだがやむをえないだろう。

 さて、ここで卒業して職業に就くことについて考えてみたい。

 三十年ほど前、ある老学究と話す機会があった。老学究が自分は子供の頃から学問で身を立てたいと思っていたと語るのを聞き、この古風な言葉がかえって新鮮に響いた。かつて卒業式の時に歌われた『仰げば尊し』の中に「身を立て名をあげ、やよはげめよ」の一節があった。しかし、これが“封建的な”立身出世主義だとして忌避され、歌われなくなっていた。久しぶりにこの言葉を聞いたのだ。

 だが、教育社会学者竹内洋『立身出世主義』によれば、身分制の強固な江戸時代に立身出世は推奨されず、求められたのは身分相応であった。近代社会だからこそ立身出世が叫ばれたのである。

 しかも、『仰げば尊し』が抹殺された頃から「BIG」になるだの「成り上がり」だの「セレブ」に憧れるだの、立身出世主義が軽佻浮薄な劣化版として再登場している。何のための抹殺だったのだろう。健全な立身出世主義の方がよかったのだ。

 職業観の変化については、誤解が多い。「職人」も例外ではない。

 この言葉は、現在プラスイメージでしばしば目にする。料理店の紹介記事で、工芸品店の看板で、工務店のキャッチフレーズで。しかし、こんな風潮は一九七〇年代からである。私の記憶では、現代的な職業として学生などが憧れたデザイナーやイラストレーターが「職人」を使い始めた。さして深い意味があったとも思えず、「芸術」という言葉が陳腐化したからだろう。彼らはたいてい「芸術大学」出身者だったからである。

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