「コロナ騒動が一段落したらまたバイトしますよ。大金稼ごうと思わなければ中高年でもバイトはありますし」
確かにそうだ。家庭を持って一家を支える立場になければ、正社員でなくても自分一人が食っていけるくらいには豊かな日本だ。大望もないのなら、非正規を使いたい側にしてみれば安く働いてくれてウェルカムだ。
「ま、生まれが左右するんですよ。世の中って。金持ちに生まれたほうが絶対いいし、就職氷河期だってそうでしょう。俺たち兄弟はずっとこのままでしょうね。それでいいっスよ」
彼らの生き方は高等遊民の特権ではある。とはいえ、本当に不安はないのだろうか。両親の介護は金で解決できるだの、親の家を売った金で余生を送るだの、見通しが甘すぎる。この世に変わらないものはない。どんな大金持ちでも凋落しない保証はない、と思うのは僻みだろうか。それに兄弟どちらかが恋愛し、結婚すると望む生活の姿も変わるだろう。妻は他人だ。他人がこの家庭に入った時、その目論見は大きく違ってくるだろう。兄弟の仲もそうだ。年月を経てお互いの事情で変わってしまうかもしれない。
高度成長とバブルによって、我々の親世代は成功した者が多い。そしてその資産の恩恵にあずかった子供たちも多いだろう。それ自体まったく悪いことではないが、その心地よさに溺れたあげく、取り返しのつかないことになっている家庭もある。生活のインフラすべてが親がかり、実家の仕事を継いだとか介護などの事情があるならともかく、無職となった現在、人ごととはいえ兄者弟者のお気楽生活に理解を示す者は少ないだろう。なぜならそのツケは間違いなく社会保障に跳ね返ってくるからだ。
お金持ちとはいっても、大富豪の子でもないこの兄弟がこれから老いてゆく中、現状を維持していくのは不可能だろう。ましてやコロナで世界が、これからの時代がどうなるかわからない趨勢にあって、社会も両親のようにこの兄弟を甘やかすはずもない。はっきり言うと、40歳過ぎた独身無職の子供部屋おじさんに優しい社会など存在しない。これは現実だ。だからこそ、大多数のおじさんは社会の厳しさと理不尽とに耐え、みな奮闘しているのだ。
厳しいことを書いてしまったが、それでも、願わくは兄弟の結束はこのままであって欲しいと思う。なんだかんだで最終的に頼りになるのは肉親だ。それに兄弟とも、幸い仕事そのものを嫌うタイプではない。現状維持が出来れば御の字だろうが、それはそれでいいと思う。兄者弟者もそれでいいと言うのだから。これはこれで望ましい、他社とマウント的に比べることのない「絶対的幸福」であり、これからの我々に必要な価値観だ。そして何より避けなければならないのは孤独になることだ。孤独の時限爆弾は金持ちだろうと貧乏だろうと、平等に仕組まれている。
●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ正会員。ゲーム誌やアニメ誌のライター、編集人を経てフリーランス。2018年9月、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。2019年7月『ドキュメント しくじり世代』(第三書館)でノンフィクション作家としてデビュー。12月『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)を上梓。