子供部屋おじさん一覧

【子供部屋おじさん】に関するニュースを集めたページです。

「こどおじ」なら外出制限も平気(写真はイメージ)
40代無職の子供部屋おじさん兄弟「俺たちはずっとこのまま」
 大人になっても休日を一緒に過ごし、何気ない日常をともに過ごす姉妹の話はよく聞くが、兄弟となると珍しい。仕事や人生がいまひとつうまくいかないと鬱屈する団塊ジュニアやポスト団塊ジュニアを「しくじり世代」と名付けた『ルポ 京アニを燃やした男』著者の日野百草氏。ドラマ『コタキ兄弟と四苦八苦』(テレビ東京系)での一路と二路の中年兄弟は、親が残した実家で暮らしながら無職ではなくなったものの、これまでとそれほど変わらない生活を送りそうな様子で最終回を迎えた。コタキ兄弟のように実家で暮らす40代無職の兄と弟が描く将来について、日野氏がレポートする。 * * *「いつまでも働かない兄弟がいてね、親も困ってる」 旧知の老人からそう聞かされ、紹介してくれるというのでその兄弟に会ってみた。3月上旬、場所は神奈川県の三浦半島にある高級住宅地だ。その老人もお金持ちで御殿のような屋敷に住んでいる。兄弟とは駅前のカフェチェーンで待ち合わせをした。兄(45歳)の方は流行りのフレームのメガネをかけ、服もこざっぱりしている。弟(41歳)も髪はボサボサだが、どこにでもいる雰囲気だ。兄弟ともに40過ぎには見えない。中年男性にこういう言い方は失礼かもしれないが、二人とも細身で丸顔の幼い顔立ちで、個人的に嫌悪感を抱くような印象はまったくないが、その正体は兄弟揃って世間で敬遠されがちな無職中年男性だ。「俺たちオタクじゃないんで、そこだけは勘違いしないでくださいね。呼び名は兄者(あにじゃ)と弟者(おとじゃ)で」 そんな名前の人気YouTuberがいるが、そのことを尋ねると「なんですかそれ」と返されてしまった。とくに関係はないようで、兄弟ともにネットはするし匿名掲示板で一通りの罵詈雑言は書くが、ネット配信とかそういった方向には興味がないらしい。それにしても兄者と弟者というこの呼称、ルポに似つかわしくないが従うほかない。「コロナ対策に文句言う奴ってムカつきません? 安倍首相はよくやってますよ」 兄者のほうがいきなり切り出してきた。政治話が好きらしく、普通の日本人として当然だという。私は俗に言うネトウヨとかそういったレッテル話になるのが嫌なので、弟者のほうに新型コロナウィルスの影響で街も人が少ないといった世間話を振ってみる。「外へ出なきゃいいだけじゃん。家でゲームやってればいい」 そう弟者がつぶやいた。終始、スマホとにらめっこ。話せば軍艦を女の子に見立てたAというゲームを遊んでいる。私もAは好きだ。先にそのジャンルを開拓したKよりも後発のA派なのでしばらくその話で盛り上がりホッとした。弟者はゲームの話には饒舌だ。それでもオタクというわけではなく、あくまで暇つぶし程度だと言う。「コロナとか俺たちみたいなこどおじは最強ですよね。外出る必要ないし」 兄弟ともにこどおじ=子供部屋おじさんという言葉は知っていて、二人共に自認している。兄者も弟者もこの取材時点では無職だが、先の老人の話とは少し違い、去年までは市内でアルバイトをしていたそうだ。老人はフリーターを無職としてしまう人が多いからか彼らは働かないなどと私に言っていたが、実際は去年の年末まで仕事に就いていた。「俺は清掃の仕事してたんだけど、パートのおばちゃんたちは嫌な人ばっかだし社員はウザい。年下で何もわかってないくせに。だから年末で辞めたんだ。弟も介護の仕事をしてたけど同時に辞めた」 兄者の言葉に弟者がにやりつぶやく。「介護なんて、あんなの仕事じゃない。うんこ取り」 兄弟ともに裕福な家の子、不便な立地だがこの辺りは高級住宅地だ。「しばらく休んでから職探そうと思ってたのにコロナでしょ? ついてない。まあ、別にすぐ働かなくても困らないし、コロナってるといろいろ職場もめんどくさいからちょうどよかったけど。そう考えるしか無いね」◆「まともな大学を卒業しても、見合った就職先がなかった」 兄者はトークも軽快でよくしゃべる。老人から聞かされたイメージとは真逆の陽キャ、社交的な人だ。世間話にもきっちり対応できる。聞けば兄者も弟者も神奈川県内の有名私立大学を卒業している。どちらも新卒で就職せずにフリーターとなったそうだが、なるほど、会話の語彙が偏らずしっかりしているはずだ。なぜ就職しなかったのか?「就職氷河期って全然仕事がなかったわけじゃないんですよね。俺みたいにまともな大学出てれば新卒枠はありました。でもそれに見合った就職先かっていうと話が違ってくる」 就職先はあったが、どれも小売、外食、サラ金、よくて自動車のディーラーが関の山だったと言う。確かに兄者のころはまだしも、弟者の時代は氷河期真っ只中。有名私立大学とはいってもスポーツで知られるマンモス私大で高偏差値というわけではない。苦戦は必至だったろう。実際、兄者は最初から新卒での就職を放棄、弟者は受けた企業をことごとく落ちたため、バイト先だったうどんチェーンで卒業後も働いたという。 その後いろいろなバイトを経て介護の仕事についた。特別養護老人ホームの夜勤をしていたとのことで、スマホとにらめっこの見かけによらず仕事は出来るのだろうし、真面目なのだろう。兄者も「こいつが仲良くするかは人による」と言っていた。私も打ち解けたのは先のゲーム話からで、そっちの話しかしてくれない。自分自身のことは頑なに明かさず、代わりにほとんど兄者がインタビューに対応してくれた。「地元がいいんだよね、知らないとこはいろいろ面倒だし」 面倒くさがりだと自称する兄者、とにかく苦労はしたくないと言う。だから地元に住み続けるし実家にも居続けるというのだが、交通が不便なことと高齢化の加速で限界集落状態の地域も多いため仕事が少なく、県内でもせめて横浜まで出ないとまともな仕事は見つからない。通勤そのものは大学にも通っていたくらいなので隣市くらいなら苦ではないそうだ。また、これまでバイト先で社員に誘われることもあったが、「外食や小売はバイトのほうが楽だしフルで入れば金は変わらなかった」そうだ。確かに若いうちならそうだろう。実家住まいなら福利厚生の良し悪しも、それほど考える必要はなかったかもしれない。それでも不思議なのは、プライドもあるのになぜ望んで非正規なのか。「ただ自分の楽な方向で生きてきただけなんですよ。地元でバイトして、いつのまにかずっと食って来れた。だから変える気もないし、変える必要もなかった。人間らしく生きたいんです。責任ないとこで適当に生きていたい。まあ、放蕩息子でしょうね」 もちろん甘えている自覚はあるようだ。金持ちだから働かなくてもいいだろうが、もう40歳を過ぎたおじさんである。◆親子だって合う、合わないはあると思う「父親とは何度も喧嘩しましたよ。いまは諦めているのかなにも言いません」 父親は東北から出て、一代で豪邸を建てた苦労人だそうだ。いまはリタイアして悠々自適の毎日、家にずっといるのでウザいという。「前は日本中あちこち旅行や釣りに行ってたけど、コロナのせいで家にいるんです。だからスロ(パチスロ)やネカフェに行くしかない」 とにかく父親が嫌いだという。もう45歳にもなれば父親もなにもないのではと言うと、「歳は関係ないでしょ」と言われてしまったが、40歳も過ぎたらそんなわだかまりは無くしてよいのでは。「ずっと気に入らないんですよね、親子だって生まれてから知り合うわけで、合う合わないはあると思うんですよ。親子だからなんて信じられませんね」 父親の話になると語気が強くなる。弟者のほうはあいかわらずスマホのゲームとにらめっこだ。「煙草いいですか?」と兄者に聞かれたのでどうぞと促す。「母親は優しいですよ。うるさいことも言いません。仲はいいです」 一転して母親の話になると優しい顔に戻る。そんな話の間も弟者はひたすらゲーム。だが、ふてくされるわけでもなくインタビューの場所にはいてくれるわけで、兄者と一緒にいるのが好きなのだろう。人見知りするタイプだと言うのに、良い子だ。40歳過ぎのおじさんをつかまえて良い子もないものだが、これが中高年の態度ではないことも事実だ。「メシはそれぞれ外食とか、コンビニとか。母親がラップして作り置きしてくれてますが、あんまり食べないですね」 40歳も過ぎた息子二人の食事を作る母親、もう60代後半だが、息子とはいくつになってもかわいいものなのか、父親の事なかれと母親の溺愛こそが彼らの気楽な人生を支えている。何と兄者は車も買ってもらっている。「国産の中古ですけど、今日もそれで来ました。弟者は免許持ってるけど運転しないんで、もっぱら運転手は俺です。ガソリンは自腹ですよ。税金とか保険は親が払ってるけど」 車だけでなく年金も親がずっと払っているという。以前は父親がうるさいので月に3万円ほど家に入れていたが、最近はうやむやになったそうだ。バイト代は全部小遣いで、そんな家庭でのらりくらりと今に至る。「役には立ってますよ。限定のマスクとかトイレットペーパーとか、朝一で買い占める係は俺たちですもん」 昨今のコロナ騒動の買い出しも親の代わりに兄弟で行くこともあるという。無職の強みというべきか。それにしても、男の兄弟なら反発したりライバル心を燃やしたりもありそうなものだが、兄者弟者は本当に仲良しだ。「そう、仲はいいですね。一緒にスロ行ったり、家でゲームやったり」◆わかっちゃいるんです。俺たちいい年して無職でヤバい 弟者が嬉しそうに兄のほうをチラ見する。ファミコンがスロットに変わっただけ、幼少期から変わらず兄弟で遊ぶというのはなんだか羨ましい。しかし、二人が中高年実家暮らし無職の独身おじさん兄弟であることを改めて考えると、素直にうらやんでもいられないのではないかと思えてくる。「いや、わかっちゃいるんです。俺たちいい年して無職ってヤバいこと。はぐれ悪魔超人コンビって感じですね」 兄者の自嘲ぎみのフレーズに弟者が反応して笑った。漫画『キン肉マン』の悪役タッグのコンビ名だ。そういえばアシュラマンとサンシャインも無職か。いや悪魔だからしょうがないんじゃね?などと私と兄者はしばらくキン肉マンの話に逸れた。団塊ジュニアのコモンセンスは常にジャンプ、ファミコン、ガンダムだ。正直、私もこんな意味のない話は大好物だが、若いころと違いどことなく不安になってくるのは老いのせいか。「将来のことですか? 考えてはいますよ。父親が死んだら俺と弟で家を売って、その金と遺産でぼちぼち生きて行こうと思いますよ」 なるほど、父親が死んだら屋敷は手放すという。大きな家だけに維持費は大変そうだ。まして固定資産税はシャレにならない額だろう。だが横浜や川崎の都市部ならともかく、三浦の辺りの人気は高級住宅地でも凋落ぎみだ。そう簡単に売れるだろうか。「やっぱそう思います? それが心配で」 それに売る売らない以前に、両親ともに元気なままポックリ死んでくれたらという前提の話であり、長く介護が必要になる事態にならないとも限らない。「その時は施設送りですね。それくらいの金は家にありますから。むしろ家を明け渡していま入って欲しいですよ」 しれっと言うが、子供二人育ててここまで言われるご両親もかわいそうだ。正社員になれだの真面目に生きろだの、確かにウザいかもしれないが団塊世代の価値観、まして実の父親なら仕方のない小言だろう。母親は優しいとのことだが、いつまでも手がかかる息子のままでいて欲しいのかもしれない。しかし、幼少期の関係性を大人になっても引きずり続けるあり方は、団塊世代と団塊ジュニアという組み合わせの親子には案外多い。「なにかやりたいとかないんですよ。とにかくラクに、楽しく生きたい。個人の自由ですし、それが許されてる環境なのはよかったと思います」 団塊ジュニアの取材に限らず色々な人間と出会い、話をして思うのだが、世の中なにになりたいとか、どうしたいとか、目標や夢を持つ人というのは意外と少ないものだ。あっても本当に些細なことで、それはそれでまったく個人の自由だが、夢や目標に猪突猛進、あるいは疲弊している人からしたら信じられない話だろう。こういう人は少なからず一定数存在するし、それは非難されることではない。それはわかる。「夢とかとくに無いですね。日々楽しければいいですよ」◆俺たち兄弟はずっとこのままでしょうね 夢を持て、目標を持てなど余計なお世話だろうし、むしろこういう人たちからしたらウザい存在だ。ましてや家を出て独立や自活をと言われても、他人様に迷惑をかけていなければ「家庭の問題」だ。ただしそんな人でも共通するのは恋愛の問題、結婚する気はないのか。「彼女はいましたよ、バイトとかでも知り合いますし、20代、30代でも付き合った子はいます。でも進展はしなかったですね。遊び友達でおしまい。俺もそっから先はめんどくさいし、どうしていいかわかんないんですよ」 兄者は女性と深い関係を持った経験がないという。とてもそうは見えないが、本人が言うならそうなのだろう。少し意外だ。もしかしたら他に理由があるのかもしれないが。「ま、こいつは女がいたこと自体、見たこと無いんスけどね」 意地悪な放言に弟者がスマホを見ながら兄者の肩を小突く。ということは兄弟揃って童貞ということか。「こいつの好み、オタクみたいなんですよ。Re:ゼロのレム(※ライトノベル『Re:ゼロから始める異世界生活』のヒロインの一人)だよな?」 図星だったのか今度は反応しない弟者、スマホに集中したまま顔をこわばらせている。照れているようだ。それにしても兄者と弟者は突っつき合ったりして、男同士の兄弟なのにカプ味(恋人のような雰囲気のこと)がある。私は微笑ましく思うが、40歳過ぎた童貞子供部屋おじさん兄弟では、そのかわいらしさは広く理解されないかもしれない。外国だとこういう兄弟はよくいるのだが、残念ながらここは日本だ。「コロナ騒動が一段落したらまたバイトしますよ。大金稼ごうと思わなければ中高年でもバイトはありますし」 確かにそうだ。家庭を持って一家を支える立場になければ、正社員でなくても自分一人が食っていけるくらいには豊かな日本だ。大望もないのなら、非正規を使いたい側にしてみれば安く働いてくれてウェルカムだ。「ま、生まれが左右するんですよ。世の中って。金持ちに生まれたほうが絶対いいし、就職氷河期だってそうでしょう。俺たち兄弟はずっとこのままでしょうね。それでいいっスよ」 彼らの生き方は高等遊民の特権ではある。とはいえ、本当に不安はないのだろうか。両親の介護は金で解決できるだの、親の家を売った金で余生を送るだの、見通しが甘すぎる。この世に変わらないものはない。どんな大金持ちでも凋落しない保証はない、と思うのは僻みだろうか。それに兄弟どちらかが恋愛し、結婚すると望む生活の姿も変わるだろう。妻は他人だ。他人がこの家庭に入った時、その目論見は大きく違ってくるだろう。兄弟の仲もそうだ。年月を経てお互いの事情で変わってしまうかもしれない。 高度成長とバブルによって、我々の親世代は成功した者が多い。そしてその資産の恩恵にあずかった子供たちも多いだろう。それ自体まったく悪いことではないが、その心地よさに溺れたあげく、取り返しのつかないことになっている家庭もある。生活のインフラすべてが親がかり、実家の仕事を継いだとか介護などの事情があるならともかく、無職となった現在、人ごととはいえ兄者弟者のお気楽生活に理解を示す者は少ないだろう。なぜならそのツケは間違いなく社会保障に跳ね返ってくるからだ。 お金持ちとはいっても、大富豪の子でもないこの兄弟がこれから老いてゆく中、現状を維持していくのは不可能だろう。ましてやコロナで世界が、これからの時代がどうなるかわからない趨勢にあって、社会も両親のようにこの兄弟を甘やかすはずもない。はっきり言うと、40歳過ぎた独身無職の子供部屋おじさんに優しい社会など存在しない。これは現実だ。だからこそ、大多数のおじさんは社会の厳しさと理不尽とに耐え、みな奮闘しているのだ。 厳しいことを書いてしまったが、それでも、願わくは兄弟の結束はこのままであって欲しいと思う。なんだかんだで最終的に頼りになるのは肉親だ。それに兄弟とも、幸い仕事そのものを嫌うタイプではない。現状維持が出来れば御の字だろうが、それはそれでいいと思う。兄者弟者もそれでいいと言うのだから。これはこれで望ましい、他社とマウント的に比べることのない「絶対的幸福」であり、これからの我々に必要な価値観だ。そして何より避けなければならないのは孤独になることだ。孤独の時限爆弾は金持ちだろうと貧乏だろうと、平等に仕組まれている。●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ正会員。ゲーム誌やアニメ誌のライター、編集人を経てフリーランス。2018年9月、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。2019年7月『ドキュメント しくじり世代』(第三書館)でノンフィクション作家としてデビュー。12月『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)を上梓。
2020.03.29 16:00
NEWSポストセブン
「子供部屋おばさん」ですねと自嘲しているが……
42歳の元コンパニオンがコロナ騒動の末に結婚を決意するまで
 好きなアイドルなど有名人が出演したテレビ番組や雑誌などを片端からチェックするだけでなく、コンサートツアーに何度も足を運び、イベントもこまめに通うようなファンの行動を「追っかけ」という。仕事や人生がいまひとつうまくいかないと鬱屈する団塊ジュニアやポスト団塊ジュニアを「しくじり世代」と名付けたのは、『ルポ 京アニを燃やした男』著者の日野百草氏。アイドルの「追っかけ」に全力で取り組むため結婚しないと宣言していた42歳女性が結婚すると決意したのはなぜかについて、日野氏がレポートする。 * * *「結婚しないとか子どもいらないとか、撤回します」 舌っ足らずな口調ではにかみながらコーヒーカップのふちをなぞる後藤裕子さん(42歳・独身)。「しくじり世代」のその先として、子どものいない団塊ジュニアの取材で知り合った彼女だが、新型コロナウイルス騒動のさなか、相談に乗って欲しいと連絡があり、彼女の住む中目黒で落ち合った。駅前の再開発地区にあるゲートタウンは土曜日の日中だというのに閑散としている。みなマスク姿。ゲートタウン内のカフェも私たち以外お客はまばらで、店員も暇そうだ。「だから、前に言ったことと違っちゃって、ごめんなさい」 以前、後藤さんは好きなアイドルグループの追っかけがやめられないので結婚する気もないし、子どもを作る気もないと言っていた。ファン歴20年の筋金入りだ。その時は「生涯独身」と言っていたが、どうしたことか。「私、仕事がなくなっちゃっうかもなんです。さすがに今回のコロナはつらいです」 後藤さんは非正規のアルバイトで生活している。仕事内容はコールセンターのテレフォンアポインター。以前は官公庁や大手商社の事務をやっていたこともあるし、若いころはイベントコンパニオンもやっていた。「コンパニオンと言っても私チビなんで、モーターショウとか華やかなキャンギャルじゃなくて、街でタバコを配ったり勧めたり、家電量販店で携帯電話のキャンペーンしたりとか」 昔はタバコ会社のデザインをあしらった制服のコンパニオンがタバコを配ったりしていた。またスマホでなく携帯電話というのも時代だ。後藤さんも団塊ジュニアの女性として、1990年代のバブル崩壊とまだまだ社会が女性に理解のない時代を生き抜いてきたサバイバーのひとりだ。「化粧品の美容部員もしました。ガールズバーのアルバイトもしたことがあります。ぜんぜん“ガール”じゃなかったけど(笑)」 そう言って笑う後藤さんだが40代になった今も若々しい見た目のままだ。ナチュラル系ブランドの服にショートボブ、小柄で目が大きく、これまでもいまもモテるだろう。「つきあった男性は10人超えます。チャラ男のだめんずから堅実な人まで、あまりいい思い出はないですね」 モテる女性ならではの悩みか。しかし、そんな後藤さんの前に1999年、日本のエンタメ業界に衝撃をもたらしたスーパーアイドルグループ、ジャニーズの「嵐」があらわれる。「もう一発でハマりました。いつも嵐のことばっかり考えるようになっちゃって、それからずっと嵐ひと筋です」 嵐の話題となると止まらない後藤さんだが、その辺は割愛させてもらう。独特の専門用語や仕様もあるらしく、オタクである私でもジャンルが違いすぎてわからない。また後藤さんいわく、私がそれらを書くことは時に危険な行為になるという。活動休止の話にふれようとしたら、「日野さん、マジ刺されますよ」とかわいい笑顔で警告された。なのでここは素直に従い、嵐をファンとしてどれだけ推しているかについてだけ触れる。 グループアイドルにはメンバーカラーと呼ばれるものがある。オタクである私にもわかる言い方だと、特撮ドラマの戦隊シリーズではキャラクターごとに赤、青、黄、緑、黒、ピンクなどに色分けする風習があるが、それと似たようなものらしい。後藤さんの嵐での推しは「青」だそうだ。確かに後藤さんの服も見事に青系。「だから土日祝に休める仕事にしました。コンパニオンや美容部員は土日祝休めませんから」 後藤さんは事務職のアルバイトに転職した。仕事のできる後藤さん、アルバイト先でも契約社員の誘いや派遣会社の正社員の話もあったが、すべて断ってきたという。「すべて嵐のためです。私は嵐が本当に好きです。仕事はそのための糧でしかありません」 じつは後藤さん、優秀なことで知られる某有名女子大学を卒業した才女でもある。「勉強ばっかりの女の子でした。アイドルも人並みには興味がありましたけど、大人になってまさか人生が変わるとは思ってもみませんでした」 しかしバブル崩壊後は新卒、とくに女子の四大卒の就職率は下がり、後藤さんのような名門女子大卒でも苦戦したという。「なんとか中堅アパレルに入りましたけど、そこは入社数年で倒産しました。せっかく入ったのに」 せっかく就職が決まってもバブル崩壊で会社が倒産、やむにやまれず失業した若者が多かったのも団塊ジュニアの特徴である。若くしていきなりの失業。その後のITバブルと米国住宅バブルの余波に救われた者もいたが、関係ないまま低空飛行するうちに40代を迎えた団塊ジュニアも多い。だが後藤さんは少し違う。「私には嵐がありますから。嵐に支えられてきましたから」 そう、後藤さんは1999年に嵐と出会って、ずっと嵐に支えられてきた。嵐のために選んだ非正規の仕事。「両親もうるさくありませんでした。実家は都心ですから出る必要はないし、家にお金を入れろとかもありません。私は一人娘。好きにさせてもらって、とくに尊敬する父親には感謝してもしてきれません」 後藤さんの父親は人文社会系の著名人、聡明な母親と両親そろって女性の生き方に対してリベラルな姿勢なので、心の平穏を優先して非正規で働いていることなども理解してくれているそうだ。なので後藤さんは心おきなく嵐のファンとして全力で応援してきた。両親が納得しているなら後藤さんの稼いだお金の使いみちも自由だろう。地方出身のために都心で生きているだけでお金が掛かる人頭税のような生活を送る人たちにとって、ある種の「人生のインフラ」がまるっと揃っている、後藤さんのように都心の裕福な家の生まれは羨ましい限りだろう。「私も子供部屋おばさんですね」と後藤さんは自嘲していたが、都心の一軒家ならさすがに家を出ることもないだろう。まして一人娘。それに社会通念上、女性の場合は許される。子供部屋おじさん呼ばわりされている男性諸君は理不尽だとお怒りになるかもしれないが、子供部屋おばさんは許されるどころか後藤さんのような境遇なら「お嬢さん」なのが現実だ。田舎を18歳で出て風呂なしのボロアパート暮らしに始まり、賃貸を転々としたあげく一戸建てのローンに苦しむ私にとっても本当にこういう人は羨ましい限りだ。「本当に好きなんです。嵐は私の一部なんです。わかってもらえなくても構わない。嵐が好きな私が私なんです」 ここまで言い切ってもらうと清々しい。絶対的幸福をつかむのは女性のほうが得意なのだろうか。幼い頃から競争と男根主義、立身出世のマッチョイズムを強要されてきた男性、とくに団塊ジュニアの男性はどうしても相対的な幸福に固執するあまり、しくじる傾向にある。出版社で売上げ競争とセクショナリズムに明け暮れた30代当時の私もそうだった。 このように後藤さんは、嵐があればいい、ずっとそれで構わないと言っていた。ここまでが以前の取材で、結婚はもちろん子どもなんか考えられないし今さら……という話だったが、今日は違った。違うからこうして、あらためての話となった。「コールセンターを運営してる会社が受託してるクライアント企業の生産が、コロナの影響でストップして、規模を縮小することになったんです。本当に急な話で、それも1社だけじゃなく何社も契約見直しや保留になって、うちのコルセン事業そのものがそのうち無くなるかもしれません。私も自宅待機になりましたが、もちろん1円も入りません」 後藤さんも新型コロナウイルスによる一連の騒動の被害者となってしまった。罹患はしていないが、コロナによる事業縮小の余波は非正規である後藤さんをモロに直撃した。正社員なら当面の給料は出るが、非正規で仕事がないとなると無収入になってしまう。嵐の追っかけも厳しくなる。「幸い、私は実家ですから生活に困ることはありませんが、この先どうなるかわからないじゃないですか。一人暮らしの人も実家に帰るって言ってます。で……私、結婚することにしました」 いきなりそう切り出されてびっくりした。確かに以前の取材で付き合っている男性がいることは話していたがタイプじゃないと言っていた。父親の紹介で知り合った、都内で教員をしている30代の男性で、後藤さんにぞっこんだという。後藤さんは自分で「不思議ちゃん」かもと言っていたが、そういう女性は案外モテる。「子どものことも考えるとラストチャンスですもんね、いい機会だと思います。両親も喜んでくれてます」 私はおめでとうございます!と言った。高齢出産になるが今どきなら珍しくもない。私の妹も40代で出産している。その子もいまでは保育園に通う、プリキュア好きの元気な女の子だ。それにしても女性とはなんと強い生き物か。生存本能というか、こうして人類は女性の柔軟な発想と選択とで種を維持して来たのだろう。「でも嵐ファンはやめませんよ。嵐は私の人生ですから」 なるほど、結婚して思う存分、嵐を追っかけるのもありだろう。婚約者は婿入りしていわゆるマスオさんになる予定、優しく後藤さんに惚れ込んでいるというから、彼女の希望を最優先してくれそうだ。娘が生まれたら母子で応援するのも楽しいだろう。そんなジャニーズファンは珍しくもないし、親子どころか三世代でファンだったりもする。もはや日本文化のひとつだ。「でもしばらくは妊活です。それは両親も彼も望んでますから。40歳を過ぎて妊活するのが大変なことは自覚してます。初産ですし」 医学上、35歳以上の初産は高齢出産と定義されている。35歳からは年々、妊娠が難しくなり、出産時のリスクも高くなるので時間との闘いでもある。妊活は女性の身体への負担が大きく、その厳しさについてもたびたび聞いているので、できるなら仕事をせずに専念できるほうがいいだろう。「しばらくは夫のお給料で専業主婦ですね。いずれは働きたいと思いますが、どっちにしろこんな状態で考えられません」 生き方が大きく変わるときなのだから、無理に考える必要はないだろう。まず結婚だ。そして妊活。それだけでも大変な人生の選択である。もちろんリスクも大きい。しかし喜びも大きいだろう。「コロナでしばらくイベントやコンサートもないでしょうし、お家で嵐を応援です。二次創作でもしようかな」 商業作品を元に漫画や小説を描く二次創作はアニメやゲームばかりでなくアイドルはもちろんお笑い芸人や政治家にまで存在する。誰と誰が仲良しだとか、関係性の微笑ましさなどを描いたり書いたりする。基本的には他愛もないファンのお遊びだが本人たちは真剣、実際にプロの漫画家や小説家も参戦していることも多い。コミケはもちろん各同人誌即売会にはちゃんとアイドルそれぞれのジャンルでブースがある。 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、大規模なイベントを政府が自粛要請している状況が続いている。しばらく即売会へ参加するのは難しいだろうが、いまはネットでいくらでも発表できるし、仲間とつながることができる。もちろん後藤さんもすでにTwitterに本垢(個人のプライベートなアカウント)以外の「嵐専」(嵐の話題だけ)のアカウントを持っていて日本中のファンとつながっている。妊活と仕事、しかも求職との両立は難しいだろうし、ましてやコロナ騒動真っ最中、家族の理解があるなら、しばらくは家で専業主婦として結婚生活と嵐を満喫しながら暮らすのもいいだろう。妊活は女性への負担が大きいので思いつめてしまうこともあるだろうが、その時は大丈夫、後藤さんには嵐がついている。 後藤さんから呼び出され、何を言われるのだろうと内心ヒヤヒヤだったが良い報告でホッとした。とはいえ、コロナ騒動による倒産や事業縮小、休止による失業や雇い止め、自宅待機はこれからも続くだろう。私たち団塊ジュニアはまた苦難を強いられることになるのは間違いなさそうだ。とくに非正規は覚悟しなければいけないかもしれない。 まるで一生インパール作戦を強いられているような団塊ジュニアには、そのしんどさから経済的ダメージだけでなく、精神的にも追い込まれる人が少なくない。金銭的に厳しくなれば色々なことに影響が及ぶものではあるが、仕事にこだわり続けた結果、心のバランスも危うくしたという人が多いのではないか。後藤さんは新卒で入った会社が倒産してしまったが、そこで仕事だけにこだわるのではなく、アイドルのファン活動をするという生きる喜びと出会えた。それ以降、非正規で仕事をすることとアイドルの追っかけを両立させることが、彼女の生活バランスを整えていたのだと思う。そして今、その片方が奪われかけ、生きるうえでの新しい平衡を求めて結婚へと踏み出した。 どんなときも求めるべきは絶対的な幸福だ。それは家庭であり、友であり、妻や恋人といった心を通わせる近しい人々との営みであり、自分の絶対的価値観による趣味や学びである。前時代的な感覚で他者と比べたり、相対的なマウンティングや成功主義に固執すると必ずしくじる。私たちはもう中高年だ。さらに厳しくなるであろう非常事態のこの国で、取り返しのつかないしくじりだけは避けなければならないし、それは十分可能である。●日野百草/ひの・ひゃくそう。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ正会員。ゲーム誌やアニメ誌のライター、編集人を経てフリーランス。2018年9月、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。2019年7月『ドキュメント しくじり世代』(第三書館)でノンフィクション作家としてデビュー。12月『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)を上梓。
2020.03.22 16:00
NEWSポストセブン
専門学校へ行ってもほとんどの人は声優になれない
声優目指す39歳の専門学校生「お母さんも応援してくれる」
 今や人気職業のひとつといえる声優だが、年間志望者3万人に対し、実際にプロになれるのは200~300人と言われている。一方で、声優になりたい人たちのための専門学校や養成所などの養成ビジネスは堅調で、その伸長に最初に貢献したのはアニメやゲームの仕事に憧れた人が少なくない団塊ジュニアやポスト団塊ジュニア世代だった。彼らのなかには、中年になっても夢の途中でもやもやし続ける人も多い。鬱屈した彼らを含めて「しくじり世代」と名付けたのは、『ルポ 京アニを燃やした男』著者の日野百草氏。今回は、かつて取材で出会った専門学校の声優コース在籍のアラフォー男性についてレポートする。 * * *「日野さん、彼も声優志望なんですよ」 一瞬、少し含みのある笑みを漏らした声優コースの女性担当者が紹介してくれたのが石井久夫さん(当時39歳・仮名)だった。私は彼の年齢を聞いて驚いたが、女性担当者によるとこの専門学校は受講に年齢制限を設けておらず、アラフォーは珍しくない、ミドルやシニアを対象にしたコースもあるという。養成所の多くは年齢制限があることを考えると門戸が広い。ちなみに石井さんは明らかに彼女より年上だ。 これは数年前、とあるタイアップ企画で取材した某専門学校、声優コースで出会ったアラフォー声優志望の話である。なぜ今さら古い話を、と思われるかもしれないが、先日、私が何度か取材させていただいたことのある、アニメ『鉄腕アトム』のお茶の水博士で知られ、厳しい後進指導でも知られた伝説の勝田声優学院学長、声優の勝田久先生の訃報に接し、厳しい現実を入門者にも示してくれる貴重な先達がいなくなり始めていることに気づいた。石井さんと話したのは少し前のことだが、声優になりたい人をターゲットにしたビジネスは現在も続いているし、団塊ジュニアでいまから声優になりたい、という、その歳で正気かという夢見人がいるという恐ろしい現実もある。あらためて彼の話を届けよう。 石井さんは当時39歳だと言っていた。聞けば昔から声優にあこがれていたという。私はてっきり劇団員やエキストラを経ての遅い転身かと思ったが、これまで演技は未経験、学校演劇すらノータッチだったという。アラフォーは珍しくないと言われても私の業界感覚では理解し難い上に演技未経験。「声優界のスーザン・ボイルですね」と、50歳近くになってから素人オーディション番組出演をきっかけに世界的な歌手となった女性の名前を思わず口に出してしまったが、石井さんはきょとんとした様子で「誰?」だったので助かった。「声優は歳とっても出来るし、男の声優は女と違って長く出来るでしょ。アニメをずっと観て来たから声優も好きだし詳しいよ」 この通り、初対面の席なのに終始タメ口なのは仕事なので我慢したが、どこかで聞きかじったのであろう言葉を並び立てる訳知り顔には違和感を覚えた。「ここは通信もあってあまり通わなくていいし、自分のやりたいジャンルに集中できるから決めたんだ」 パンフレットでも驚いたのだが、ここは通信教育で声優を養成するコースもある。もちろん一定期間通うスクーリングの制度はあるようだが、仮にも演技の学校である。独学で調べたりレポートを出すような通信制大学や資格の試験対策のための通信制予備校とはわけが違うように思うが、別にこのスクールに限らず声優の通信教育というのは存在する。取っ掛かりとしてはありかもしれない。 当然、10代20代の受講生が中心の取材となったが、学校側は遅くても声優になるチャンスはあるという話に持っていきたいらしく、石井さんも連れてきたというわけだ。「やっぱ好きなことで生きないと。俺は子どものころからアニメが大好きだし、今も超オタク。あとお母さんも応援してくれるし」 同じ働くならば、好きなことを仕事にしようという風潮が強くなったのはいつからか。確かに、嫌でたまらない仕事を続けてストレス過多になるよりは、少しでも好きなことに近いほうが働きやすいかもしれないが、それも程度の問題だろう。とはいえ、どこまで好きを仕事にするため無理をするかは人それぞれの話になるのでいいかと話を切り上げようとしたが、最後の「お母さん」という言葉に彼の年齢を重ねてしまい、思わず「お母さん応援してるんですか!?」と聞き返してしまった。「応援してくれてるよ。学費も出してくれたし、だから絶対声優にならなきゃ」 学費も!?と聞き返しかけたがそれはやめた。かなりの高額なので驚くしかないが、横の女性担当者の笑みが怖い。他にも石井さんくらいの年齢の学生がいると聞いたが、男性だけでなく女性もいると聞いてこれも愕然とした。女性に年齢は失礼だが、現実問題として新人女性声優でアラフォーデビューは聞いたことがない。劇団やアイドルを経てならともかく、アラフォーの女性が一から声優を目指すとなるとスーザン・ボイルどころではない。ましてや、新人女性声優は男性声優以上に「若さゆえの容姿」を求められるのが業界の現実だ。◆母はダブルワークで、オーディションのために自分は派遣 誰にでもチャンスはあるし、夢や目標を持つのは自由だ。とはいえ石井さんは39歳、普通を強いるつもりはないが、多くの人は仕事に家庭にと懸命な歳であることは確かだ。会社なら役職についているかもしれないし、マイホームで子どもと遊んでいるかもしれない、少なくとも私の幼少期の39歳男性といえばまさしく“おじさん”然としていた。 だが、そこにいるのは色白でぷくぷくと太った39歳の頭髪さみしい男の子、子供おじさんだった。言い過ぎと怒られるかもしれないが、それ以外の表現手段が私には見つからない。見た目はそれなりに年齢を重ねているのだが、話すと世間知らずな幼さを残しているのが伝わり、ちぐはぐなのだ。もし実家で子供の頃から同じ部屋に住み続けているなら立派な子供部屋おじさんだが、たぶんそうだろう。それでも桁違いの金持ちならまた、個々の家庭の事情でしかない。が、「裕福な家なんですね」と聞くと、そうではないという。「お母さんは清掃と介護の仕事ですげー元気。お母さんはおしゃべりで面白いからどこでも人気者なんだ」 これを聞いて心で泣いた。私は彼にインタビューするという仕事がつらくなったが、女性担当者は石井さんの保護者の話に「お母さんパワフルだもんねー」とフランクな合いの手を入れていた。プロだ。 断片的に彼が話す情報によれば、清掃は病院の清掃で、介護は訪問介護のようだった。母親のダブルワークで生活には困ってないようだが裕福には程遠い。それにしても母が働いたお金で学校、しかもアラフォーおじさんの学費。息子がかわいいならそれも親の自由だが。「俺もバイトはしてるよ。あちこちのイベント会場作ったり整理したり」 高校を出てアニメ専門学校のノベルコースなるものに通ったそうだが中退、しばらく仕事をせず家にいたが両親の離婚をきっかけにアルバイトを転々とし、いまは派遣だそうだ。「派遣の理由? オーディションもあるから自由な仕事にしてる」 オーディションとは一般公募のことを言っているのだろう。学生の身である彼に事務所の所属声優や製作会社、音響制作会社と旧知の声優を対象としたプロ前提のオーディションの声などかかるはずがない。 女性担当者が話に割って入った。「(学校が)アニメに協力してますから、スクールの優秀な生徒には現場に行けたりもするんです。役がつく場合もあります」 パンフレットには某深夜アニメのキャラクターが並び、スクールの名前とおそらくスクール生であろう子たちの顔が囲みで紹介されていた。正直言って、今から思えば人気になることもなく静かに放送が終わったアニメだった。よくある話で珍しくもないが、作品と声優専門学校がタイアップをしているため在校生が出演しているのだ。パンフレットの写真には学生として作品に参加した新人志望者たちの顔が並んでいたが、そこに石井さんのようなおじさんは見当たらない。個人的には演技未経験のミドルやシニアの声優志望がいたっていいと思うが、有望な若手が大量に供給され、ふるい落とされる鬼倍率の声優業界、まともな事務所がそんな人を受け入れるかといえば「NO」だろう。声優は若くして目指すものという暗黙の了解は存在する。その辺は役者や芸人、歌手より門戸が狭いかもしれない。◆「声優になれなかったら、学校のせいでしょ」 私はあらためて石井さんに問いかける。「石井さん、どんな声優になりたいですか?」 石井さんは身振り手振りで有名声優の名前を列挙した。現実の声優の仕事はボイスオーバーやナレーションなど多岐にわたるので、そういった方面の話も振ってみたが、アニメの登場人物、いわゆるアニメキャラと人気声優の話ばかりだった。「アイツはだめだね、あとアイツも下手、あのキャラはね──」 有名声優、人気声優でも石井さんの気に入らない声優はとことんこき下ろされた。正直うんざりだが、中年とはいえまだ初学の石井さんなら先走りも仕方ないと思い、私は適当なところで話を切り上げ、本題を投げた。「声優になれなかったらどうしますか?」 石井さんは露骨に不機嫌な顔をして答えた。「そりゃ学校のせいでしょ。その時は怒りますよ。高いお金払ってるんだし」 女性担当者をチラ見すると笑みを浮かべたまま、それはそれで怖い。私は続けた。「そういうことじゃなくて、もしもの将来の話です。ずっと派遣も嫌でしょう」 癖なのか、口元を指で弾いてしばし考え込む石井さん。私が「そんな重く考えなくていいですよ」と促すと、石井さんは小声で語りだした。「実は小説家でもあるんだ。ラノベはずっと書いてるしネットで発表したりしてる。そっちもやって、どっちかで売れればと思ってる」 こういう人は仕事柄知っているので驚かない。それは小説家じゃない、という当たり前の指摘も野暮だし無駄だ。石井さんに限らず、小説家、とくにライトノベル作家だと自称する人は多い。彼らのほとんどは職業として小説を書いているとはいいがたく、作家になりたい(want to be、ワナビ)人たちだ。趣味ならご自由にだが、名乗るのはどうか。石井さんはワナビ、声優でもワナビだから2つのジャンルのダブルワナビ、おまけにアラフォーだ。「あと、声優の彼女とか欲しいな」 石井さんはぽつりと言って恥ずかしそうにうつむいた。見た目はベテランなのに無邪気な発言を繰り返す石井さん、仕方ないので話を合わせると、今度は人気アイドル声優の名前を機関銃のようにまくしたてた。それに逐一うなずきながら微笑みをたたえる女性担当者、その後、「うまくまとめてください~」と物腰柔らかく満面の笑顔、まさにプロだ。 私のこの体験は数年前の話である。だから当時聞けなかった彼の人となりの一部には憶測も含まれてしまっているだろうが、自分の好きなことにこだわりが強すぎるあまり、実家の経済力に頼る中高年とは何人も出会ってきたし、取材もしてきた。彼らの様子は極めて類型的なので、石井さんについてもそれほど外れてはいないだろう。 団塊ジュニア、ポスト団塊ジュニアは、仕事や働くということに対して、単に給料を得るということ以上の夢を抱く最初の世代だったかもしれない。好景気ですんなり就職したら、それは子供時代の淡い憧れだったと思い出に変換できたかもしれない。しかし、社会に出るときに就職氷河期が重なり、仕事に就くチャンスを逃し続けた結果、どうせ働くなら好きを仕事にというこだわりだけを残したまま中年になってしまった人が少なからずいる。石井さんは、そんな夢からさめないまま中年になった一人なのだろう。◆夢見ることを野放しにされ、夢を強要されていた 石井さんがいま、どうしているか知るよしもないが、ちゃんと定職についていなくとも、地に足のついた生活をしているのだろうかと思いをめぐらせることがある。そして、清掃と介護のダブルワークをして、明るくてどこでも人気者なのだというもう還暦も過ぎただろう彼のお母さんは、今も元気なのだろうかと気がかりになる。あのとき取材した声優コースを抱える学校はカリキュラムこそ変わったが現在も存在する。そしてこの学校に限らずいまも、声優になるための専門学校は雨後の筍のように乱立し続けている。そんな声優になりたい人々が、どれだけの厳しい現実を直視しているのだろうかと心配になる。 冒頭で触れた勝田先生は入学希望者に「声優なんかなるな」と言った。私がお話をうかがったときも「声優になるなんてみんなどうかしてるよ」と言いのける人だった。それでも見どころのある人材には全力で取り組み、選ばれし者として業界に送り出した。本来、芸とはそういうものだ。芸は理不尽で残酷で、人間を不幸にするものだ。それでもかまわない「どうかしてる」人だけが挑むのだ。結果はもちろん完全な自己責任、優勝劣敗だ。 いまさら石井さんの通っていた学校を批判するわけではない。営利目的なら仕方のない話だし、少ないながらもプロは育っている。それでも、石井さんのような、夢ばかり語るような未経験のアラフォーが名実ともにプロになれた、という話は聞かないが──。 いまだから言うわけではないが、はっきり言って石井さんが声優になれるわけがないし、ラノベ作家もまあ、無理だろうと取材時から思っていた。「もしかしたら」と可能性もなきにしもあらずだが、スーザン・ボイルは発見されるのが遅かった天才の奇跡の話だ。リアルは残酷だ。そんなところに気づかせることなく商売するのもプロだ。憧れや夢をビジネスに変えるプロ集団にかかれば、子供おじさんなどひとたまりもない。商売としてはありだろうが、社会はこのような夢の搾取によっても蝕まれている。 思えば団塊ジュニアは夢見ることを野放しにされていた部分もあるし、夢を強要されていた部分もある。時代といえばそれまでだが、1980年代の日本における夢とはキラキラしたものだった。それがバブルによる装飾だったのか、キラキラしているように見せかけているだけだったのか──。 それより、声優に限らず全国の“子供部屋の石井さん”をこれからどうすればいいのかという話だ。私たちも上の世代も、ここまで多くの専門性のない中高年独身無業者を社会が抱えるとは思っていなかった。時がいずれ解決すると思っていたはずが、時がすぎるだけで解決することのないまま社会保障の重荷になりつつある。いや、重荷となるのは明らかだろう。 日本国憲法第25条、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とある限り、何人たりとも救わなければならないのが建前だが、私たちの社会は、多くの石井さんの将来を救うことはないだろう。社会的コンセンサスとして、独身男性の無業者は自己責任とされているのが現実だ。 しかし石井さんが放置された先には石井さん個人の問題だけではない、彼らの存在による社会不安の広がりが懸念される。永遠の少年や夢見る少女は少年少女だから許されるのであって、中年男性には許されない。そんな大勢の石井さんが存在するという現実から目を背けているのが現代社会、しくじり世代のしくじりたる所以と怖さはまさにそこにある。●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ正会員。ゲーム誌やアニメ誌のライター、編集人を経てフリーランス。2018年9月、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。2019年7月『ドキュメント しくじり世代』(第三書館)でノンフィクション作家としてデビュー。12月『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)を上梓。
2020.03.07 16:00
NEWSポストセブン
「子どもが好き」というにも覚悟がいる?(写真はイメージ)
41歳元保育士男性が語る「罰ゲームのような人生」の要因
 男は黙って中味で勝負、なんていうのは建前だ。ネットでは「イケメン無罪」だの「ただしイケメンに限る」だの、男もルックスがよいと何でもうまくいくと言われている。とはいえ、ルックスで劣る者を平気で蔑む言動は現実世界では避けられている。ところが、それを隠さない世代に属するのが団塊ジュニアやポスト団塊ジュニア世代だろう。理不尽な仕打ちに鬱屈させられることが多かった彼らを「しくじり世代」と名付けたのは、『ルポ 京アニを燃やした男』著者の日野百草氏。今回は、みずからを「KKO(キモくて金のないおっさん)」だと称する41歳元保育士男性についてレポートする。 * * *「僕は子どもが大好きなんです」 北関東の巨大ショッピングモール、内藤豊さん(41歳・仮名)はキッズコーナーで遊ぶ子どもたちを眺めながら、にこやかにつぶやいた。「変な意味じゃないんですけど、誤解されますよね」 今日は2月14日のバレンタイン、恋人同士が愛を確かめ合うこの大事な日に、私は内藤さんとキッズコーナーの飲食スペースにいる。女児向けカードゲームのポップな音楽と声優のキャンディボイスが響く中、おっさん二人が話し込む光景、なかなかの地獄だ。今回の取材は、ある同人イベントで知り合ってからつきあいがある内藤さんからの申し出だった。「見かけだけで判断される世の中って何なんでしょうね、さっき言った『僕は子どもが大好きなんです』って言葉、イケメンが言うと優しい子ども好きになるでしょ、でも僕が言うと事案になるんです」 事案とは、事件や事故とまではいかないが、警察や行政が注意を払うべき不穏な事象のことだ。イケメンなら問題にされないのに、内藤さんだと不穏な出来事だとされてしまうという。確かに内藤さんはイケメンではない。子供のころのあだ名は『ドラゴンクエスト』シリーズの「ばくだんいわ」で、他にもありとあらゆるキモキャラの名をつけられた。20世紀の子どもは容赦ない。親や教師まで平気で子どもの容姿をあげつらった。そんな被害者の内藤さん、今では頭髪も薄くなり、ますます「ばくだんいわ」に近づいたが、身ぎれいにしておしゃれには気を使っているという。確かにチビデブの体型ながら、上手なセレクトでまとめている。コーディネートとセンスは悪くない。オタクとしては上出来だ。「キモオタって言われたくないから気を使ってますよ。母親が選んだ服とかじゃなく、ちゃんと自分で買ってます」 しかし内藤さんの努力も虚しく、世間の風は冷たいそうだ。「キモいってだけで理不尽な濡れ衣を着せられて、仕事を辞めさせられたこともあります。10年も前の話ですが……そんなの信じられます?」 内藤さんは心優しい人である。しかし、とかく見た目で人を判断する世間のルッキズムの最底辺にあり、女性ウケは最悪だ。本人が書けと言うのでこうして書くが、内藤さんのルッキズムによる理不尽な差別に対する怨みは深い。そのために職まで失ったのだ。「子どもに手を出したという濡れ衣です。保護者からの抗議は一方的でひどいものでした。いまで言うモンペですね。もちろん僕は何もしてません。でも、同僚の保育士も助けてくれませんでした。僕は辞めるしかなかった」◆面白い男性保育士として子どもたちからは人気者 かつて内藤さんは保育士をしていた。昔の名称だと保父さんか。高橋留美子『めぞん一刻』の主人公、五代くんが選んだ仕事でもある。だがいわゆるモンペ、モンスターペアレンツと呼ばれる、問題のある親による一方的な言いがかりで仕事を失うことになった。一生涯を捧げられる仕事だと思って資格をとり、働いていたにも関わらず。「子どもが好きなのと就職氷河期だったので、手堅い仕事ということで保育士の道を選びました。男性保育士の需要が高まるという話も当時は盛んに言われてましたし」 いまでは考えられない話だが1990年代、保育士や福祉士は将来的に需要が伸びる人気資格とされ、大学や専門学校、学部が次々と新設された。内藤さんは中堅公立校から保育の専門学校に進学、就職はルックスで不利なため大変だったそうだが面白キャラで乗り切ったという。容姿が重要なんて、なんだか芸人みたいだ。「資格を持っていても、採用されるかどうかは別です。保育園って容姿も結構重要なんです。子どもはイケメンと美人が好きですから、若くてイケメンだったり美人だったりする保育士が優先採用です。とくに美人。もっとも、普通の容姿なら大丈夫ですけど。むしろ普通の何のキャラも立ってない人のほうがいいくらい、それで爽やかなら完璧」 経験者採用だとまた違ってくるそうだが、新卒はそんなものらしい。もっとも、美麗な人が新卒時に有利なのはどの業界も一緒だろうが。「あとは面白い人ですね。変な顔したユーチューバーが子どもに人気なように、子どもは面白い人も好きです。僕はそっちで押し通しました。ただ、イケメンだろうと面白かろうと、保育の世界は男の地位が低い。若い男性保育士は男芸者をするしかないのもあるんです」 保育の世界は徹底した女社会である。これは保育側がというより保護者の側の問題が大きいが、子どもを預けるのに安心なのは女性、という固定観念はなかなか覆し難い。本来、子育てに男も女もないのだが。「男性保育士の地位が低いといっても、女性保育士にはない、“遊んでくれるお兄さん”という需要もあります。力仕事も多いですから、重宝されることも多いです。でもね、ブサイクな男は違います」 内藤さんはオタクでもあるので子どもの興味ある児童向けアニメやゲームにも詳しく、それも生かされた。ところが歳を重ねるにつれ、園から自分が疎まれていると感じたという。「若いころは“ブサイクなお兄ちゃん”で済んでも“キモいおじさん”に昇格すると全人格を否定されてしまいます。面白キャラで努力してきたのですが、若ハゲが進行しておじさんになれば何の意味もありません」◆保育は天職だと思っていたのに 内藤さんは幼少期から容姿に関してひどい扱いを受けることが多かったという。私も15歳から尋常性乾癬で若いころはフケだらけと間違われたり頭皮の赤みの拡大、奇妙なかさぶたに悩んだりしたので気持ちはわかる。マイナーな病気だが、近年では道端アンジェリカが告白して知られるようになった。幸い歳を取るにしたがって症状が改善され、今ではほとんど消えてしまったが(尋常性乾癬は年齢とともに寛解することがある)、そうでない人は本当にかわいそうだ。ましてや容姿そのものや遺伝的要素の強い若ハゲを理由に蔑まれても、それは治しようがない。「僕は犯罪者扱いされました。いい大人が根拠もなくそんなことをするはずがないと思われるかもしれませんが、本当にヤバい親はヤバいんです。親になるのに免許はいりませんからね。キモい先生呼ばわりは子どもより、むしろ親のほうが多かった」 そして内藤さんは、女児に対するいわれなき疑いを保護者からかけられたのだという。にわかに信じがたいが、警察沙汰寸前にまで追い込まれた。「男性保育士にとって一番怖いのはそういう扱いをされることです。ネットでよく男性保育士はそっち方面のネタにされますが、リアルでそれでは人生終わります。そういう事件が起きるたびに、まともな男性保育士は怯えています」 園も長く勤めた内藤さんがそんな人ではないことは百も承知だっただろう。最初のうちは庇ってくれたが保護者は大事な客でもある。退職を促され、そのまま園を辞めた。「安い給料で子どもたちのために尽くしてきたのに理不尽ですよ。保育は天職だと思ってたのですが」 保育士の給料は安い。厚生労働省の「平成29年賃金構造基本統計調査」によれば保育士の平均年間給与は342万1千円で、平均年齢は35.8歳、平均勤続年数は7.7年だという。全職種と比べて150万も低い。平均年齢も勤続年数も低く、多くが早いうちにドロップアウトしていることがわかる。それもこれも日々の激務や保護者の対応、子供の安全面などのストレスに比しての給料の安さに起因している。実家住まいや結婚して配偶者の扶養、もしくは共働きなら続けられるかもしれないが、一家の大黒柱となるのは不可能だろう。それに加えて男性保育士には内藤さんが受けたような「逆差別」とも言える様々な問題が山積みだ。「天地神明に誓って変なことはしてません。大事な子どもにそんなことするわけがないし、そんな男ならとっくにバレてますよ」 私も内藤さんはそんな人ではないと思う。この一件について、内藤さんは自分の容姿のせいだと訴える。「僕がブサイクでキモいからなのは確かでしょう。でもキモいおじさんだからなんて扱いあんまりですよ。僕だって生きている人間です。社会が平等じゃないのは百も承知ですけど、ブサメンには人権もないんですかね」 内藤さんに一度貼られたレッテルは剥がせなかった。ましてや一歩間違うと事件化されてしまうような事案である。事が事だけに簡単ではない。「同僚の女性保育士も手のひらを返して冷たくなりました。悲しかったです」 保育は女性の世界、ただでさえ肩身の狭い男性保育士がそうなったら庇い立てする人などいないだろう。ましてや同僚には男性もいたが、若い彼らは女性以上に冷たかったという。「仕方ないですね、立場弱いですから。味方してとばっちりも嫌でしょう」◆たとえ「キモくて金のないおっさん」だとしても 内藤さんは30を過ぎたばかりだというのに退職を余儀なくされた。この歳でおじさんはないと思うが、内藤さんは年齢の問題じゃなく見かけの問題だという。若ハゲでキモい自分は30歳でおじさんになったと。それもキモいおじさんだ。「それから保育と関係ない工場の派遣とか介護、倉庫など転々として、いまは警備員の仕事をしています。警備と言っても二号警備、工事現場の案山子です。工事現場、気楽ですよ。見かけもなにも関係ない世界ですし」“KKO”というネットスラングがある。「キモくて金のないおっさん」を略したものだが、内藤さんは自分がまさにそれだという。それは違うと私は思うが、現実に彼のような中高年を救う社会的コンセンサスは皆無といっていい。不幸で理不尽な退職だったとはいえ、その後が非正規や派遣ばかりというのもまずかった。「フェミニストのみなさんも僕みたいな男の存在にはだんまりなんですよね、男にだって弱者はいますし、こんな僕のような存在は女の人以上に救いがないのに」 なるほど、同じ条件でもおばさんなら弱者だが、おっさんは弱者とみなされない。憲法上の「健康で文化的な最低限度の生活」という25条すら適用されないと言ったら言い過ぎだろうか。だがKKOというだけで生活保護を受けようと思ってもまず無理なのは事実だろう。これは団塊ジュニアの男全員が将来的に危機感を持つべき、恐ろしい通念である。「キモくて金のないおっさん」を国も社会も救わない。「僕は女性経験もありません。保育士時代に仲が良くなったり好きになった同僚はいますが、やっぱりこんな容姿ですからね、恋愛感情を出した途端に嫌われ、の繰り返しでした」 別にブサイクでも結婚できたり彼女のいる人はいる。内藤さんは面白いキャラを頑張って作れるが、それだけでは難しいのだろう。怪物として怖れられるが本当は心優しいと気づく姫と相思相愛になる映画『シュレック』は、おとぎ話でしかないということか。「なんでこんな罰ゲームのような人生になったかわかりませんが、前世でなにかしたんでしょうかね。このまま歳を取ると思うと、早くこんなクソゲーみたいな人生終わらせたいと思うこともあります。でもね、今の子どもたちは違ってきてると思います。生まれる前からかわいいとか平等にかわいいとか、子ども向けでもそういうことが言われる時代です。そういう世の中になるべきです。僕は来世に期待ですけど、子どもたちは容姿の偏見に左右されない将来を迎えて欲しいと思います」 生まれる前からかわいい、平等にかわいい、とは内藤さんが好きな女児向けゲームの言葉だそうだ。「かわいい憲法」と称するらしいが、この幼少期からの肯定感の植え付けはいいかもしれない。私たち団塊ジュニアの教育は何もかも否定から入った。その延長線上にあるルッキズムの果て、ブスやブ男はアニメに出てくるブサイクどころか人間ですらない特撮の怪人に例えられるなど、つらい思いをした。もちろん人間とはそういうものかもしれないし、それは今も根強く残っているが、少子化ですべての子どもが大事にされ、文化レベルの向上もあって、昔のそれに比べればマシになった。「このゲーム、なるべく子どもがいない時に遊びますが、それでも夜なのに一人で遊んでる子もいるんです。カード交換したりしますけど、うっかり事案になると思うと怖いですね。夢は自分の子どもとゲームで遊ぶことです。もちろんその前に奥さんですけど……まあ、絶望的ですね」 こんなおじさんが団塊ジュニアにはごまんといるだろう。キモくて、金がなくて、オタクの童貞おじさんだとKKODOか。一人暮らしの内藤さんは違うが、これに子供部屋おじさんの属性を加算したらKKODKOとなる。なんだか国連機関にありそうだ。「昔は、世の中の偏見通りに踏み外してなるものか、なにくそと思う部分が強かったんですが、40歳を過ぎて、だったらみんなが思うようなヤツになってやろうかと思う自分がいるんです。怖いですね」 真っ正直かつ真面目な人でも、理不尽の積み重ねがひどいと歪んでしまう。社会の不条理に真正面から向き合うのは危険だ。暴走したKKOは無敵である。これまでの「おっさんなんか野垂れ死ね」ではなく、治安面でも救済は考えるべきだ。「でも僕はオタクだからよかった。そんな面倒なことより趣味の同人誌のほうがいいです。アニメやゲームなど、二次元の世界で十分に満ち足りています」 そう、幸い内藤さんには趣味のアニメやゲーム、そして同人活動がある。趣味と創作に生きるのは健康的だし、内藤さんにとっての幸福だろう。蔑視する者は数多いるだろうが、相対的な幸福など必要ない。幸せは自分のものだ。幸福の絶対化だ。内藤さんはそう悟ることができるくらい、何度も書くがまともな人なのだ。それなのに、本当に理不尽な話だ。でも、ひょっとしたら怪物の見た目に惑わされず愛してくれる『美女と野獣』や『シュレック』の姫のような女性が内藤さんにも現れるかもしれない。モテモテである必要はない、心の通うたった一人の女性でいいのだ。可能性はゼロじゃない。内藤さんは良いパパになるだろう。 それにしても、次代の子どもたちにこうした我々世代の悪しきルッキズムが継承されないことを願わずにはいられない。私も美しいもの、可愛いもの、カッコ良いものは大好きだが、だからといってそうではない側のリアルな人権まで奪う社会の現状はうんざりだ。●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ正会員。ゲーム誌やアニメ誌のライター、編集人を経てフリーランス。2018年9月、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。2019年7月『ドキュメント しくじり世代』(第三書館)でノンフィクション作家としてデビュー。12月『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)を上梓。
2020.03.01 16:00
NEWSポストセブン
就職も結婚も勝ち組のはずだった(イメージ)
勝ち組を自認する45歳公務員男性 「嫁選びで失敗」と告白
 1992年、団塊ジュニア世代(1971~1974年生まれ)の大学受験者数は18歳人口が205万人になりピークを迎えた。受験すべてが不合格になる「全落ち」も珍しくない中、手堅く国公立大学に進学し、就職氷河期のなか公務員試験に合格して社会に出た人はいわゆる「勝ち組」のはずだった。ところが、思い描いていたような成功ではなく失敗したかもしれないと悩む人が少なくない。うまく中年になれなかったと鬱屈する彼らを「しくじり世代」と名付けたのは、『ルポ 京アニを燃やした男』著者の日野百草氏。今回は、現役で大学に合格し新卒で公務員となった45歳既婚男性についてレポートする。 * * *「じつは毎月の返済が苦しいんですよ。なにかバレない副業とかありませんかね」 都内の小さな貸会議室で、山中秀人さん(仮名・既婚45歳)は小さな体をさらに小さく折り曲げ、うなだれてしまった。私は子なし夫婦の取材も別企画で続けていて、そのために来ていただいたのが山中さんだったが、オタク話に花が咲いたついでに「しくじり世代」の企画にも応じてくれた。「子供のころから物欲を我慢できませんでした。親も成績が良ければなんでも買ってくれましたし、見返りがあるのは当たり前と思っていました」 山中さんは地元の名門公立高校から国立大を卒業して市役所に就職した。「地元で私はエリートです。名門公立高校から国立大を出て公務員というのは地元じゃみんな憧れます。ましてやあの受験戦争真っ只中、そんな一人息子を持つ両親も私のことは自慢です」 声は小さいが言葉のはしばしに自信がのぞく。確かにあの時代、それだけの難関レールをストレートに制覇したのは凄いことだ。「両親はマイホームが欲しくて、いま住む県に引っ越したそうです。私が3歳のころです。小学校は同じような余所から来た子ばかりで、数では土着の子を完全に圧倒してました。一時間半かけて電車通勤ってお父さんを持つサラリーマンの子ばかりでした」 1974年まで続いた第二次ベビーブームの影響で子供の数が増え続け、全国各地で学校の教室が足りない現象は1980年代も続いていた。私も小学1年生のときには入学児童が多すぎて、一部はプレハブの仮設校舎で授業を受けた。翌年に小学校が新設されて分割されても1学年9クラス、教室には45人の児童がぎっしりと座っていた。いまでは一学級あたり30人程度の学校が多いことと比べるとずいぶんな詰め込みようだった。「父は非上場の中小企業に勤める高卒サラリーマンでした。あんなしがないオヤジにはなりたくないと思ってたし、高卒だから出世できない父も私にそれを望んでいませんでした。教育パパでしたね」 世代は違うが山中さんのお父さんはさしずめ『クレヨンしんちゃん』のヒロシといったところか。アニメ放映が始まった1992年ならばヒロシは妻と子と35年の住宅ローンを抱えたかわいそうなパパ代表だったが、いまでは同じ条件でも勝ち組なのは皮肉な話だ。また団塊世代の親は中卒、高卒が大半だったため教育に無頓着な親がいた反面、逆に山中さんのお父さんのように自身のコンプレックスから教育熱心な親もいた。「中学時代は最悪でした。土着のヤンキーが暴れて学校は大荒れです。そうでない連中も媚びへつらう悪いヤツばかりでした」 山中さんは中学でいじめにあった。ガリ勉と呼ばれ、殴る蹴るの暴行や大便器に顔を突っ込まされての強制洗顔、校庭に落ちた梅の実や銀杏を口に入れられての顔面パンチなど。 団塊ジュニア・ポスト団塊ジュニアのいじめ被害者が語る地獄はどれも異常だ。1986年に中学生が自殺するほど追い詰められた葬式ごっこ事件しかり、同級生によるいじめで男子中学生が死亡した1993年の山形マット事件しかり。教師すらいじめを見ぬふりどころか加担した事件もあった。「いじめた連中の大半はのうのうとパパやってます。クソみたいな軽自動車で茶髪の妻や子供とショッピングモールでアホ面下げてはしゃいでます。街のダニです」 山中さんの怨みはそうとうなものだ。しかしそれが山中さんの努力の原動力ともなった。「意地でもあんな連中を見返してやろうと思いました。中3になると見て見ぬ振りだった教師たちも私の成績のよさに手のひらを返してきました。いじめは続きましたが露骨な暴力は減りました。私は名門公立高校に合格しましたが、合格発表の日も駄菓子屋を改造した地元のゲーセンでリンチに遭いました。そんな土地でした」 昭和から平成初期、地方のマンモス公立中の多くは野蛮極まりなかったと言ったら言い過ぎだろうか。我が千葉県の東葛地域もまさにそれだったが。1980年代に広く行われていた靴下の色や前髪の長さをミリ単位で決める校則に代表される強圧的な規則や手段で生徒を管理する方法、いわゆる管理教育の成れの果てである。これで歪んだ団塊ジュニアも多い。「高校は自宅から遠くて地元の同級生と会わないで済むし、県下で頭のいい生徒ばかりが集まりますから、本当に幸せでした。学校ってこんなに楽しいものかと実感しました。会話の成り立たない低偏差値の土着民と関わらなくていいんですから」 中学時代の山中さんに対するいじめは、宮崎勤の連続幼女殺人事件がセンセーショナルに報道された影響で、アニメオタクを差別するのが当たり前という世間の風評を学校で再現されたために起きた。しかしそのいじめも進学校、国立大、公務員と地方エリートの道を進んだ山中さんにはもはや無縁のものとなった。高校では好きなアニメを通して友人もたくさんでき、大学ではアニメサークルで楽しんだ。「結婚は同僚の中では遅かったのですが10歳以上年下の女の子と結婚しました。自分で言うのもなんですが、美少女でした」 独身オタクを謳歌した山中さんだったが、30代半ばで20代前半の女性と結婚した。「学生時代までが嘘のようにもてましたからね、田舎で公務員パワーは絶大です。そんな中で結婚したのが彼女、アイドルなんか顔負けの美少女ですよ」 当時の写真を見せてもらうとたしかにかわいい。それだけでなく、彼女は上京して声優学校に通っていたという。オタクで話も合った。「はっきりいって彼女は地元の底辺高校卒でしたが、女性にそんなの気にしません。話が合うことと容姿が優れていることが重要です。オタクで美少女の彼女は理想の女性でした」 一流校から公務員となり、若くて美人の奥さんも貰い、山中さんは団塊ジュニアの勝利者となった。「中学時代に私をいじめた連中なんてみじめなもの。役所に来訪する連中はどいつも汚い茶髪でみすぼらしい身なり。安っぽい改造車で駐車場のおっさんを怒鳴りつける程度のチンピラです。私は直接住民と接する部署ではないので知ったこっちゃありませんが、哀れなものです。私は努力で連中に勝ちました」 しかし冒頭の金銭問題、いったい山中さんに何が起こったのか。「妻の浪費癖です。私もオタクなので物欲の塊ですが、妻はもっとひどい」 山中さんも好きなアニメは円盤(市販のブルーレイ)で買うし、フィギュア(アニメやゲームのキャラクター人形)も買う。だがそれは収入の、結婚後はお小遣いの範囲内だが、奥さんは違った。「ソシャゲの課金です。見てくださいこの額」 クレジットカードの明細を見せてもらうと尋常でない金額が記載されていた。「妻がネトゲユーザーなのは知ってました。私も昔は出入りしていたのでそれは知ってるしオタクなら別にやっててもおかしくない。でも結婚してからは私のお金でソシャゲ三昧になったんです」 ソーシャルゲーム、略してソシャゲとはSNSで提供されるオンラインゲームだ。説明するまでもないが、もはやオタクがどうこうという範疇を越えた国民的コンテンツである。数々の話題作が各社からリリースされ、大々的なテレビCMもお馴染みだろう。「ジャンルは乙女ゲーです。6桁の請求書が来た時には失神しかけました」 ゲームのなかでプレイヤーがヒロインになり、複数のイケメンキャラクターにちやほやされる恋愛ゲームを「乙女系恋愛ゲーム」という。略して「乙女ゲー」。逆にプレイヤーが複数の美少女キャラクターにちやほやされる恋愛ゲームは「ギャルゲー」である。山中さんの奥さんはその「乙女ゲー」にそうとうハマったようだ。「それまでは無駄遣いが多いな程度で甘く見てたんですが、とあるゲームにハマってからはありえない金額で課金し始めて、ボーナスどころか給料も吹っ飛んで貯金も一気に減りました」 ソシャゲは一円もかけずに遊ぶこともできるが、希少な限定のキャラクターカードやイベント、アイテム(ゲームで使える道具)などは有料で提供されるのが普通だ。単純に購入できる仕組みのものもあるが、多いのは「ガチャ」と呼ばれるランダムの抽選を経なければならないもの。くじ引きのようなもので、無料でできることもあるが、たいてい、特定対象を手に入れるにはガチャの回数を増やすしかなく、抽選回数を増やすには、ひたすら金を使うしかない。運が良ければ少ない掛け金で済むが、中には1%しか当たりがないものもあり、それなりの額が必要だ。自制心があれば楽しく遊べるが、山中さんの奥さんは違った。「さすがに激怒しました。それまでも私の給料を湯水のように使ってたのに、今度は生活をおびやかすほどの浪費ですから」 山中さんの奥さんは働いていない、子なし専業主婦だ。山中さんはそれでもいいと結婚した。年下の奥さん、ましてや美人を貰う弱みもあったのかもしれない。「もう働けと言いました。扶養内で構わないし生活費は入れなくていいから、その稼ぎのなかでゲームでも何でもやってくれと」 生活のためパートに出る主婦も多い中、稼いだお金が全部お小遣いなら好条件だろう。しかし山中さんの奥さんは拒否した。「約束が違うと言われました。あいつは寄生虫になるつもりで私と結婚したんです。家にニートを飼ってるようなものです」 ひどい言いようだが、請求書は収入のある世帯主で夫の山中さんが支払うのだから気持ちはわかる。だが、底辺校出身でも容姿がよくてオタク話ができればよいと言っていたのは山中さん自身だ。家計の営み方について夫婦の考えをすりあわせないまま来たのだろう。またソシャゲに限らず山中さんの奥さんは依存症の危険もある。この点、私もそうだがどうしてもオタクは “ハマる”のが当然なので自分自身で”依存”と客観的な病理にまで考えが及びづらい、深刻化してしまう面がある。「どのクレジットカードも限度額いっぱいです。公務員は安定してるしその点は羨ましがられますが、決して収入そのものは多くありません。副業だって兼業農家とか実家がお寺とか、著名な創作活動してるとかの特殊例でない限り認められません」 山中さんはオタクなので趣味を活かして”せどり”と呼ばれる人気商品の転売や入手困難なチケットの転売をしているという。ごく小さな取引きなので法的に問題はないが、転売数や額が大きくなると法的に問題となるケースもある。「非難されることはわかってますが、これくらいしか収入を増やす術はありません。幸い官舎に住んでますし夫婦二人なので生活費はたいしてかかりませんが、ボーナスも何もかもアイツのゲーム代に消えるかと思うとうんざりします」 奥さんがソシャゲで二次元のイケメンに貢ぐ間、物欲魔だったはずの山中さんはお金のかからないテレビアニメを見て、ネットの匿名掲示板で専業主婦を叩き、「自家発電」をして寝るという。「妻とはレスです。結婚してすぐそんな関係になってしまいました。私が求めても応じてくれません。もともと二次元で妄想するのには慣れてますが、最近は慣れすぎてしまって二次元にしか興味を持てなくなり、妻に求めることもやめました。ですから妄想の中でヘスティアに相手をしてもらっています」 最後に出た“ヘスティア”とは山中さんが再婚したいと語るライトノベル原作アニメのキャラクター名だ。ある意味、奥さんのおかげで真の二次オタ(二次元のキャラクター好きのオタク)として解脱しつつある山中さんだが、お互い子供は欲しくないのか。「私は欲しいですよ。バカなヤンキーにすら子供がいるのに私にいないなんておかしな話でしょ。両親も孫をよこせとうるさいし。役所でも子なしだと変な噂を立てられるし。田舎ですからね……私が種なしとか噂しやがるんですよ。私は若い妻を貰ったエリート職員として毅然と勤めてますから、金で困ってることも一切表に出しません。でも子供だけはどうにも……」 ため息をつく山中さん。団塊ジュニアの勝ち組中の勝ち組だったはずが、彼曰く、嫁選びで失敗したとのことだ。奥さんの側から話を聞けばまた別の事情が浮かび上がるかもしれないが、まだ45歳、残りの人生は長い。公務員だからよほど変なことでもしなければ職にあぶれることはないだろうが、将来はご両親の介護問題も出てくるだろう。ましてや奥さんの気が変わり、子供が生まれたらどうなることか。子供さえできれば真の勝ち組として復活できるかといえば、そう単純な話でもあるまい。「夫婦で深刻な話ってしたことないんですよね。オタク話で盛り上がるばっかりで、妻も実生活の話とか嫌みたいです」 山中さんもオタクだから自分の趣味に没頭する面がある。共通しない趣味にのめり込むあまり、奥さんに構わなかった時期もあったのかもしれない。「役所ってみなさんが思うほど楽な仕事じゃないんです。残業もありますし家で仕事を処理することもあります。それに加えて夜中に一人でゲームやネットをしたりアニメを観たりラノベを読破したり、妻もおなじようにしてるからいいかと思ってましたが、寂しかったんですかね」 山中さんにも奥さんへの無関心について心当たりはあるようだ。仲直りに山中さんが好きなヘスティアの衣装でも買って奥さんに着てもらってはどうかと提案してみたが、「妻は貧乳で…」と言われてしまった。そういう意味ではないのだが。「でもね、やっぱり許せませんよ。日野さんは子供部屋おじさんのことをよく記事にしてますけど、子供部屋おばさんの記事も書いてください。不公平ですよ」 なんだかとばっちりで怒られてしまったが、「子供部屋○○○○」とは学校を卒業しても自立せず、基礎的な生活条件を親に依存して実家暮らしを続ける中年のことだ。山中さんの奥さんは結婚して親元から独立した主婦なので、実家の部屋に住み続ける「子供部屋おばさん」ではない。「20代前半のかわいい女の子だった妻はもう子供部屋おばさんです。それだけならまだしも、イケメンキャラどころか中の人にまでハマってガチャで貢ぐなんて許せません」 発言内容がただの難癖のようになってきて、だんだん微笑ましくなってくる。中の人とはキャラクターを演じる男性声優のことだろう。嫉妬するうちは、夫婦関係を続けるにおいて、まだ山中さんは大丈夫だ。だが、奥さんはヘスティアに嫉妬していないらしい。つらい。 冗談はともあれ、団塊ジュニアは年齢関係なく精神的に幼いまま結婚する「子供夫婦」になりやすい。かつてはこういった夫婦は良い意味で「恋人夫婦」などと言われたが、最近の実態は精神年齢が下がって「子供夫婦」だ。この現象に、実際に子のあるなしは関係ないような気がする。私も自分の妻とは良好ながらそんな関係だ。しかしリアルな現実を前にして脆いのもそんな子供夫婦の問題だ。日々の生活、病気、介護――山中さんは公務員で職の心配はとりあえずしなくてもいいだろうが、そんな保障があっても先々過酷なのが、実態に合わない制度設計の歪みを毎度、自力で乗り越えさせられる団塊ジュニアの宿命だ。 また、いじめの過去からいまだに脱却していない山中さんは、いつも誰にどう見られているか、幸せで成功している公務員であるかということにこだわっている。エリート意識を否定はしないが、せっかくのかわいい奥さんをまっすぐ見て、何でも説教になりがちなマンスプレイニング(※)ぎみな目線をやめ、キャラクター愛と等しい、いやそれ以上の人間としての愛情を向ければ、いずれ解決する問題のような気がする。課金の問題以外はいまもオタク会話が弾むという。いい奥さんじゃないか。【※man男とexplain解説するという言葉をかけ合わせた造語で、男性が女性を見下しながら解説することを指す】 シラーの詩をベースにしたベートーベン「第九交響曲」の歌詞ではないが、歓喜の輪に入れるのは、「地上にたった一人だけでも心を真に分かち合う人を見つけた人」だけだ。それは真の友であり、妻だ。孤独は神すら救わない。そんな手厳しい歌詞だ。孤独、それだけは避けねばならない。 金銭問題はともかく、これからも奥さんだけは大事にしてほしい。山中さんの真のヒロインは巨乳のアニメキャラでなく、貧乳だけどかわいい奥さんなのだから。●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。ゲーム誌やアニメ誌のライター、編集人を経てフリーランス。2018年9月、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。2019年7月『ドキュメント しくじり世代』(第三書館)でノンフィクション作家としてデビュー。12月『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)を上梓。
2020.02.23 16:00
NEWSポストセブン
コスプレイヤーをカメラがぐるりを囲む様子がコミックマーケット名物になって久しい(時事通信フォト)
カメラと生きる46歳の子供部屋おじさん「無敵だからね、俺」
「好きなことで、生きていく」とは、2014年に人気YouTuberが出演したCMで使われた言葉だ。自分が趣味とするもの、好きなことで生きるという人生の歩み方は、YouTuber出現よりも前、1990年代の若者たちも選び始めていた。それは、彼らが社会に出る時期と就職氷河期が重なったがゆえの、実際は消極的な選択だったかもしれない。その後、好きなことで生きているが、何か違う大人になったという思いも消えない。鬱屈した彼らを「しくじり世代」と名付けたのは、『ルポ 京アニを燃やした男』著者の日野百草氏。今回は、好きなことだけして生きている46歳のカメラマニア男性についてレポートする。 * * *「汗かいちゃった、もうだくだく」 串田明夫さん(仮名・46歳)は私の知る串田さんのままであった。汗を吸ったバンダナ、チェックシャツにベスト、靴は某タイヤメーカーのロゴが誇らしく刻まれた靴。串田さんはぶれない。私と知り合った20年前から、そのファッションが変わることはない。自転車で来るのもいつものこと、免許のない串田さんは自転車でどこへでも行く。串田さんの実家は足立区の北部だが、待ち合わせはここ秋葉原。串田さんにとってこの程度、普通である。見かけによらない甲高い声も変わらない。「でね、日野さん。これ新しいカメラ。冬コミはこいつが主力でいくよ」 年末のコミックマーケットへの意欲を語りながら、バッグからカメラを取り出す。これもいつもどおり。彼はいつでもカメラを持っている。スマホの内蔵カメラではプライドが許さない。なかなかのデジイチ(デジタル一眼カメラ)だ。 串田さんはカメラマニアである。私と出会ったころは20代、カメラ小僧だったが、いまはカメラおじさんか。カメラと言っても芸術やスポーツの分野ではない。被写体はコスプレイヤーで、コスプレ撮影一筋だ。イベントではメインだけでなくサブのカメラもぶら下げ、かつてはバズーカ砲のような望遠を何本も持って行った。「最近いろいろうるさいからね、なるべく望遠は使わないよ」 1990年代、私もかつて仕事で何度もコスプレに関わる取材をした。主にコミケで、もちろんコンプティーク編集部としてコミックマーケット準備会に正規のプレス申請をした、健全なコスプレ撮影である。もう26年も昔、会場が晴海の東京国際見本市会場だった時代である。当時はコスプレイヤーのみなさんから簡単に掲載許可がとれた。むしろ掲載してくれと頼まれることのほうが多かった。いまは時代が違うのか、個人情報に敏感なのだろう、プレスでも断られることも多く、むしろ敬遠されることもあると聞く。 コスプレとはコスチュームプレイの略だが、ここで言及するのはおもにアニメやゲームのキャラクターの衣装を着てなりきる行為であり、その人達を指してコスプレイヤー(略してレイヤー)と称する。被写体として会場で注目を集めるだけでなく同好と知り合ったり、サークルを作ったり、撮影し合ったりする。やはり容姿に自信のある人が多めなので、ちょっとしたアイドルが発掘されるなど、コスプレのイベントも各地で開かれている。串田さんはそんなレイヤーを撮影するカメラ小僧、いわゆるカメコだった。そして、おじさんのいまもカメコを続けている。 実際、カメコもコスプレ会場の風物詩で、ぐるり囲んだカメラの放列にレイヤーさんがポーズをとる。レイヤーの方々はセミプロ級の方もいるし、実際に雑誌でグラビアをこなすプロもいる。しかし串田さんはそういう“有名人”や“囲み”には興味がない。「狙いは素人レイヤーだからね。隙だらけだからいろいろ撮りやすいし、若い子が多い」 串田さんの言う“素人”は別にプロとアマチュアの境目のことではなく、イベント慣れしてない、被写体スレしてない女の子のことだ。そういう子は未成年も多いし、衣装もそれなり、露出の多い格好をしてもガードが甘い。串田さんは20年間、そんな子たちを狙い続けている。盗撮ではないが、レイヤーに断りのない撮影だったり下着や胸元が写るアクシデントを狙ったりと限りなくグレーであり、イベント的にはマナー違反、できれば積極的に来場してほしくないと思われている存在だ。「最前線のドキドキ感は最高だね。ワキ、尻、股間はもちろん、顔のアップも狙う」 まるで戦場カメラマンみたいな言い方だが、撮ろうと狙うのは極端な構図が多く、眉をひそめたくなるようなものも含んでいる。昔からこんな感じで46歳。もちろん独身で、現在とくに仕事はしていない。 つまり、串田さんは無職46歳の素人レイヤー狙いのカメコである。「最近はタレント気取りのレイヤーばっかりでうんざりだね。だからそういうのが中心のイベントは行かない。やっぱりウブな10代の子はコミケに多い。コミケが勝負。あとワンフェスかな、あっちは規制がゆるいから」 世界最大の同人誌即売会コミックマーケット、通称コミケでのコスプレ衣装については、運営する準備委員会が露出を厳しく規制しているが、その分、若い子でも初心者でも気軽にコスプレが出来る安心感がある。もちろん串田さんに狙われているとも知らずに。そしてこちらも世界最大の模型イベントであるワンダーフェスティバル、通称ワンフェスは、コミケよりは規制がゆるく露出の高い衣装も可能だが限度はあるししっかり運営により管理されていて安心だ。そんな安心しているところを狙われていると知ったら、女の子も絶対イヤなはずだと言うと、「撮られるために来てるんだから問題ないでしょ。カメコはみんなやってるよ」 とむべもない。犯罪ではないが、どんな写真に撮られたいかという被写体の気持ちを無視した撮影は、善意の合意で成り立っているコミケ会場では推奨されないことだろう。 そもそも、レイヤーはアニメやゲームのキャラクターになりきってはいるが、二次元ではなく三次元で、生身の感情をともなった人間だ。勝手な行為を押しつければリアルな被害者となり得る。しかし串田さんはそんなことは気にしない。ブレることなく欲望優先。欲望を優先して生きるあまり、串田さんは定職についたことがない。都内の実家で暮らしているが、アルバイトを転々としてきただけ。その中には私がライターとして出入りしていた出版社のプレゼント発送などの短期アルバイトも含まれる。もちろん確定申告などしたことないし、ずっと親の扶養に入ってきた。「商業カメラマンなんかなりたくないね。他人の結婚式とかガキとか撮りたくない」 中退だが写真専門学校で学んだこともある串田さん、かつてカメラマンを仕事にするのはどうかと提案したこともある。本音のところは知らないが、欲望のまま好きなものを撮りたいだけ、カメラでまっとうな仕事をする気はないと言う。「まっとう」というのは串田さん、実はカメラで小金を得ている。昔はコスプレの写真を雑誌や同好のマニアに売ってお小遣いにしていた。 1990年代、まだ個人情報もコンプライアンスへの認識もゆるかった時代、「アクションカメラ」(1982~2003年)や「熱烈投稿」(1985~1999年)などの投稿雑誌に投稿すれば規定の謝礼が貰えたし、「じゃマール」(1995~2000年)などの個人向け売買情報誌などで売ることも可能だった。ネット社会が浸透する以前、はるか昔の話である。「いまじゃファイル交換に重宝するくらいで昔ほどの金にはならない。掲示板で『神』なんて言われても一円にもならない」 ネット掲示板では、飛び抜けて素晴らしいことに対して「神」と呼んだり形容して褒めたたえる習慣がある。有名人のファンサービスが完璧だったことを「神対応」とSNSで呼ぶのもそのひとつだ。もちろん、見事な出来栄えの写真に対しても、その提供者を「神」と呼び賞賛する。串田さんもコミケのあとしばらくはアングラ画像掲示板で神と崇められる。言い方は妙だが「人気者」だ。とはいえ、会心の一枚が撮れても、おおっぴらに披露すると身バレするし金にはならないのでファイル交換や古くからの同好との取引が主だという。業者は一度怖い目にあったので売りたくないそうだ。それにしても、そんな女の子たちの画像を下心を隠しもせず待っているような連中に提供することで神と崇められて、嬉しいのだろうか。「ネット乞食に与えてやってる感はあるよね。俺の創作活動で」 ネット乞食とは、みずからは何も発信せず、無料で画像や情報などを欲するだけのユーザーのことを指すネットスラングだ。それにしても、串田さんが被写体として素人の若い子、それもレイヤーにこだわるのはどうしてなのか。最近は、プロのアイドルや声優がモデルになる個人撮影会が増え、アマチュアでも参加しやすい。撮られるプロではだめなのか。もちろん、彼女たちには撮影料を支払わねばならないが、美しくみせる技術を持っているプロフェッショナルたちだ。「あいつらプロは恥じらいがないからね、だからおおっぴらに露出するおばさんレイヤーも用はない。ウブなところがいいんだ。かわいそう? おかしいでしょ、彼女は直接被害にあってないし、俺は直接なにもしてない」 では、恥じらいのあるウブな女の子たちとの出会いなどを求めているのか?「それはしない。俺は現場じゃ匿名であることに徹してる。有名カメコになったら最悪だから、名刺も渡したりしないし、名乗りもしない、身バレは気をつけてる」 実際はこれだけ長くカメコを続けていればレイヤーたちの間でも知られていそうなものだが、その他大勢のカメコならば目立つことはないのかもしれない。みな同じような格好で、同じような容姿だ。 それにしても、実家暮らしで定職に就かず、カメラと女の子の撮影に夢中の日々は充実しているだろうが、将来はどう考えているのだろう。串田さんとこんな突っ込んだ話をしたことないが、答えてくれた。「実家にいるから生活には困らないけど、最近は母親がうるさいんだ、いい加減どうすんだって」 そりゃそうだ、母親の気持ちはわかる。串田さんの父親は2年前に亡くなったそうだ。葬儀は串田さんの弟が喪主となって済ませたそうだが、串田さんは親戚一同から葬儀の後、ネットスラングで言うところのフルボッコ、袋だたきにあってしまった。「いい加減働けだの、長男だから母親の面倒はお前がみろって無茶苦茶だ」 串田さんの弟は地方に転勤しているサラリーマンで、妻も子もいる。転勤族だから母親を引き取るのは難しい、何もしていない同居の串田さんが面倒をみろ、ついでに働け、ということか。無茶苦茶ではないと思うが、串田さんにしてみればたまったものじゃないのだろう。“生・老・病・死”のリアルの前に、串田さんのような人は無力だ。自立しないにせよ、母親の面倒やそのための自活が串田さんには待ち受けている。いずれ介護ものしかかってくるかもしれない。厳しい現実を承知しておくべきだろうと思い、「嫁を貰って介護させる」とかトンチンカンなことを言わないうちに、高齢の母親と暮らす独身無職では難しいと釘を刺した。「そんなことわかってる」 串田さんはふてくされた。さすがにそのくらいはわかっているか。「でも妄想は自由だからね、ウブなレイヤーにあれこれするのは妄想なら自由」 被写体が想像したのとは異なるアングルの写真を撮り、それを売っていることは妄想では済まない立派な迷惑行為だろう。しかし、それは犯罪とまでは言えないことなので、実際に手をくださないだけマシと考えるしか無いか。串田さんは昔のコミケの思い出や、コスプレを前提としたアニメやゲームのキャラクターのどんな衣装がエロいかなどの話をまくしたてる。新しいカメラは父親の生命保険の一部で買ったという。その額からしたらたいした金額ではないが、さすがに閉口した。 ところが、串田さんはその父親のことはかたくなに話そうとしなかった。父親は大嫌いだったという串田さん。それでもこの歳までずっと一緒に住んでいた。健康保険も年金も光熱費も払ったことがない串田さんの生活の面倒をみてきたのはその父親に違いない。親の心子知らず、なんだかんだ長男坊がかわいかったのだろう。 一生涯を、趣味を楽しみながら生きるのは素晴らしいことだし、働くかどうかは個人の自由だが、それが許されない時が必ず来る。団塊ジュニアはもうおじさんおばさんになり、若さゆえの体力や順応する力を失っている。若者だった頃から同じ生活を続けてこられた人も、それを変えねばならないタイムリミットは平等に訪れる。下手をするとそれが「死」かもしれない。親も永遠ではないし、自分自身もそうだ。もう40過ぎどころかアラフィフだ。 串田さんもこのまま無職でいいとは思っていない。いずれまたバイトを探す、バイトでなんとかなるとは言っていた。運が良いことに都内の雇用状況は非正規に限れば人手不足だ。母親の年金と串田さんのバイト代をあわせれば、団地の家賃は幸い安いので実際のところなんとかなるだろう。串田さんは3DKの団地の一部屋をずっと子供のころから自室にしてきた。いわゆる子供部屋おじさんだが、母親の面倒をみるというならそれもありだろう。 世間一般の他人と比べれば、串田さんはもういろんな意味で間に合わない人だ。だが幸せなんて十人十色、串田さんは趣味に走っている限り、裕福ではないかもしれないが満ち足りて生きていられるかもしれない。串田さんはある意味、社会の競争からは降りて自己完結の欲望のまま生きている。笑うなかれ、趣味趣向は違っていても、世の中の多く、とくに男などこんなものである。自分の部屋で画像加工とファイル交換をしている限り、大事件には至るまい。ただ、くれぐれもレイヤーのみなさんにご迷惑をかけないようにとは言っておいた。 自己完結したなかで生きているとはいっても、串田さんは決して孤独ではないし、世の中にまったく興味を持っていないわけではない。この取材に関しても基本的に面白がって喜んでいたし、彼には多くの同好のカメコ仲間がいる。「結束は固いよ。みんな同じ世代だ」 みな1980年~1990年代の、アングラ文化の申し子ということか。ただ、性の搾取やハラスメントに対する権利への意識は、昔に比べれば確実に上がっている。団塊ジュニアに限らずその上の世代も含めて昭和の男は、昔の価値観のまま、おおらかに考えてしまう感覚が根強い。当時のそういった文化を表現していた媒体の加担者であった私だからこそ、自戒も含めよく知っている。「無敵だからね、俺。欲望のまま生きるよ」 ネットスラングで、失うものが何もない人間のことを「無敵の人」と呼ぶ。犯罪を起こし逮捕されると、仕事を失い、社会的信用を失い、財産を失い、妻や子供など家族が去る、など失うものが多い。ところが、そのいずれも最初から持っていない人は失うものがないので、無敵の人だというのだ。 無職で、妻も子供もいないから失うものがない自分は何も怖くないとうそぶく串田さんは、本人の言う通り無敵の人であることに開き直っているように見える。そして、彼のような人はそれほど特殊な例ではない。1990年代カルチャーだけで生きてきた団塊ジュニアは、さまざまな場所で、さまざまなジャンルで蠢き、かなりの人数になるはずだ。では、彼らは昔から無敵だったかというと、串田さんは違う。私は知っている。そんな串田さんも、かつてはレイヤーの彼女がいた。もう20年前の話だが――。 串田さんの彼女は、びっくりするほど可愛い子だった。私は心底羨ましかった。蓼食う虫も好き好きというか、誰にでもチャンスはあるのだと思ったものだ。それ以降ずっと、特定の彼女がいたという話はきかないが、彼女と続いていたら、現在の生活や将来への考え方も違っていたのだろうか。もしかしたら、いまも好きなのか。根は繊細で一途なのかもしれない。 串田さんも開き直っているように見えて案外考えていると思いたい。自身の年齢と社会性を自覚せざるを得ない時期が来れば、案外「普通」になるのかもしれない。開き直るアウトローやアングラ系の男性が突然、普通になる例があることも私は経験で知っている。大人になる時期は人にもよるし遅いこともある。もっとも、残された時間は少ないが――。●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。ゲーム誌やアニメ誌のライター、編集人を経てフリーランス。2018年9月、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。2019年7月『ドキュメント しくじり世代』(第三書館)でノンフィクション作家としてデビュー。12月『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)を上梓。
2020.02.09 16:00
NEWSポストセブン
楽しい子供部屋におじさんになった今も暮らす(イメージ)
若手声優との結婚を夢見る45歳「子供部屋おじさん」の末路
 勉強して進学して、働けば『クレヨンしんちゃん』の父・ヒロシのように家庭を持ち家を建て、ぜいたくは無理でも普通の大人になれると思っていたのに、どうもうまくいかない。そんなわだかまりを抱えさせられた30~40代の就職氷河期世代に対し、まだやり直せるという期待をこめて「しくじり世代」と名付けたのは、近著『ルポ 京アニを燃やした男』が話題の日野百草氏。今回は、若手声優との結婚を20年超にわたって夢見ているという派遣ITエンジニアの男性についてレポートする。 * * * 埼玉県春日部市の実家に両親と暮らすAさんとは埼玉の春日部駅に近いショッピングモールで落ち合い、行きつけだというモール内のインドカレー屋に向かった。Aさんは45歳、1974年生まれの団塊ジュニアだ。埼玉県内の私立高校から私立工業大学を卒業、現在は派遣のITエンジニアをしている。年収は300万ほど。「うちの(派遣)会社、めちゃくちゃマージン取られるんですよ。年齢や学歴、技術で足元見られて手取りが減るいっぽうです」 Aさんによれば、40代で派遣のITエンジニアは特殊能力でもない限り仕事があるだけましで、自分はもらっているほうだという。「実家住まいなんでお金はかかりません。春日部は都心まで1時間かからないし、地下鉄直結で便利です。家を出る理由がないしお金もったいない」 Aさんは趣味以外にお金を使うのは考えられないと語る。服は母親がたまに買ってきたもので、好みもないので何でも着るという。ポロシャツのロゴも靴のロゴも某タイヤメーカーのもので、たしかに地方の年配の人によく見られる服装だ。店内でもキャップを脱がないのは若ハゲが嫌だという理由で、これも某タイヤメーカーのロゴが踊る。「でも実績積めば正社員の道もあるって派遣会社の担当も言ってますし、派遣先でも評価されてます」 3枚めのナンのお代わりを注文するAさんは小太りで、童顔な笑みを浮かべる。45歳には見えない。店の前を通ってシネコンに向かう家族連れのお父さんよりずっと若い。お父さんたちはたぶんAさんより年下だろう。「高校は私立の単願でした。小学生のころは『春高』(かすこう・春日部高校のこと)に行けと言われてたんですけど、中学に上がったら成績が下がるいっぽうで」 成績が下がった理由は、アニメとゲームだった。Aさんは当時流行したオリジナル・ビデオ・アニメーション(※OVA、放送ではなく販売が主のアニメーション)や、ファミコンより高度なゲームを遊べたパソコンゲームにハマった。「野田線(現在の東武アーバンパークライン)を柏(千葉県柏市)まで行くと、アニメショップがあるんです。毎週通いました」 つまりAさんはオタクだ。それも中学時代のバブル期からずっとオタク。Aさんはオタク趣味と自慰(いまでも一日何回もするという)にハマってしまい、地元私立の単願が精一杯でそのまま進学した。「高校はパソコン部。スポーツが強い学校だったので日陰者ですね。それでも高校時代は心を入れ替えて勉強しましたよ。受験にも熱心な高校だったので、環境はよかったです。ただマンモス校なんで落ちぶれた連中も多くて、連中は校内でギャングのようにカツアゲや暴力を繰り返してました。うちはスポーツも勉強もだめになったら居場所ないですもん。ほとんどは高3までに中退していきました」 Aさんのお父さんは大手電機メーカーのサラリーマンだった。部長や子会社の役員を勤め上げ、定年退職した。「家は裕福でした。いまも親は年金で悠々自適です。中学のころから20万円するベータのビデオデッキや40万円するゲームパソコン、20万円のコンポが自分の部屋にありました。テレビマンガやファミコンが関の山の友達がいつも遊びに来てましたよ」 父親の会社の社員割で安く揃えられたとAさんは言うが、バブル期の当時、ビデオ、パソコン、コンポは中高生の憧れだった。その大部分のメーカーが今や存在しないか事業をやめている。Aさんのお父さんの会社も合併して名前が変わった。「大学はストレートで某工業大学に入りました。ねえ日野さん、当時で大学ストレートって、どこであろうと凄い時代でしたよね」 Aさんに同意を求められて、私はとりあえずうなずいた。確かに、団塊ジュニアの大学受験は戦争だった。1990年入試の志願者数をみると、国士舘大学では前年より51%増、亜細亜大学で前年比31%増、立正大学は東京ドームを連日貸し切りで受験会場とした。ある地方私立大学は他地域からの受験者急増に戸惑い、入学辞退を予想して水増し合格させた結果、新入生が定員の約12倍に膨らみ、対応するために体育館を席数1000超の講義室に改造、慌てて塾講師や会社員を教員として迎え入れ文部省(現・文部科学省)から運営調査を受けた。大学の数も、大学の定員も少ないのに団塊ジュニアの数は膨大で、いまでいうFランク大学(全入大学)など存在しなかった。こぼれ落ちた者目当てに専門学校や予備校、外国に本校があるという触れ込みの謎の学校が乱立したのもこのころである。「私の入った工業大学も当時はそれなりの偏差値でした。理系というだけで文系より上でしたからね。それがいまやFランですよ。バカ大扱い。そりゃ当時だって凄い大学ってわけじゃないけど、全入でもなければバカでもない。おまけにせっかく入っても在学中にバブルが弾けて散々です」 偏差値と文系理系をいまだにこだわるのも団塊ジュニアの特徴だ。私は少し意地悪なことを聞いてみた。「Aさん、40過ぎたおっさんが自分のお子さんの話ならともかく、偏差値とか文系理系とか、どうなんでしょう」 Aさんはその質問にたじろぐこと無く、ナンをラッシーで流し込む。「なんかこだわっちゃうんですよね、そういうふうに生きてきましたから。みんなそうでしょ」 Aさんは古参2ちゃんねらー(※日本最大の匿名掲示板2ちゃんねる、現5ちゃんねるユーザー)でもあり、いまでも文系叩きが大好きだという。最近の主戦場はYahoo!ニュースのコメント欄、通称ヤフコメ。政治には興味なく関心事はもっぱら学歴だが、高校時代にちやほやされていた体育系部活の連中が嫌いなので、スポーツ選手叩きにもいそしんでいる。とくに高卒選手は格好の標的だ。「理系になれないから文系なんでしょ、実際クラスの大半がそうだった。運動部で調子に乗ってる奴も卑怯なスポーツ推薦で早稲田とか行くし、大嫌いですね」 工業大学では男だらけの中で4年間、やはりオタク趣味とオタクの集まりに明け暮れたそうだ。そして大学卒業後、Aさんは大手家電メーカーやゲーム会社、出版社やテレビ局など受けるも全滅。就職浪人と称したニート生活ののち、折からのWindows95に始まるITブームに乗って小さなゲーム会社に契約社員として就職する。「職歴なしでしたけど20代でしたからまだ間に合いました。プログラマ採用ということでしたが、その会社で一から教わった感じです。一応情報系だったんですけど、ゲームに大学の授業はそれほど役に立ちませんでしたね。でも楽しかった。毎晩徹夜で会社に泊まり込んで、会社もオタクばっかりで年も近い社員ばかりですからオタク人生を謳歌しましたよ」 心底懐かしそうに、楽しそうに語るAさん。さらに口が回る。「でねでね、1990年代末ごろに、ゲームも声優を使いだしたんです。声を収録できるようになった。それでうちでも声優を起用しだした」 今ではゲームの登場キャラクターにボイス(声)がついていることは珍しくないが、1990年代前半までは、家庭用ゲーム機はもちろんパソコン用ゲームも、キャラクターが喋る言葉は文字で表示されるのみだった。恋愛シミュレーションゲーム『ときめきメモリアル』シリーズ(1995年~)が大ヒットして社会現象と呼ばれ、女性キャラクターを演じた女性声優たちも人気を集めるほどになって以降、ゲーム機本体の性能向上もあり、喋るゲームキャラクターが当たり前になった。そして、声優の仕事のひとつにゲームが加わった。 ゲームと声優の世界が近くなったことで、オタクなAさんにとってゲーム会社で働くことは、またとない仕事になったわけだ。裏方のプログラマだったはずが、小さい会社なので声優の起用も担当する。要は人気声優に会えるどころか、一緒に仕事ができる。「興奮しましたね。人気声優をよりどりみどり選べるんですから、むっちゃ自分の好みで選びました。あの美少女キャラの中の人、女性声優が目の前にいて、「Aさんってばー」なんて会話してくれるわけです。打ち上げでも女性声優に囲まれて、夢のようでした。正直なところ、小さな雑居ビルでゲームのプログラムを打ち込んでいただけの自分が、急にオタクギョーカイ人みたいになって、それにめちゃくちゃかわいいんですよ!」 筆者も長くそういった仕事をしていたのでわかりすぎるほどわかる。苦笑する他なかったが、当然すべては「仕事」であり、彼女たちからすれば「営業」である。しかし当時も現在も彼女いない歴=年齢のAさんには刺激が強すぎたようだ。「なんとか声優と結婚しようと思ったんです。親も結婚しろ、孫の顔を見せろとうるさかったし」 Aさんはことあるごとに女性声優を起用しては個人的につきあおうと画策したそうだ。もちろん自身の見た目がイケてないこと、ルッキズムの底辺にいることは自覚しているが、オタク話で話が弾むし、相手の声優も嬉しそうに話してくれる。ましてや仕事のイニシアチブは自分にあるというところが、いつもは奥手なはずのAさんの自信たっぷりに、悪い言い方をすれば傲慢にさせた。 オフに二人で会おうとしたり、呑みに連れて行こうとしたりの行為は、やがて声優の所属事務所から警戒され、「あのひとを外してください」と言われたり、中には「もう御社の仕事は無理」と言われることもあったとか。とくにAさんがご執心だった某女性声優は、Aさんの絡んだゲームでは必ず起用し、デートもしたことがあるという。だが事務所から猛烈な抗議を受け、声優自身も「断りきれなかった」と泣きながら訴えたことでAさんはついに、その仕事から外された。翌年、社員として契約は更新しないと告げられ、会社を去ることになった。「あの女はいまでも許せません。彼女も盛り上がってましたよ。春日部の私の部屋も見たいというくらい。彼女もオタクでしたから」 ほどなくその女性声優も引退。「私が起用していたから仕事もあったのに。消えてざまあみろですよ」 Aさんは仕事が絡むと女性に対して強気に出られると語る。しかし、知り合ったきっかけは仕事でも、実際にその女性と交際しようとなると、仕事の上下やクライアントとしての立場とは関わりがない状態で相対して自分そのものの魅力を知ってもらい、好ましく思ってもらわなければならない。だが、それでは自分の気持ちをまったく伝えられない。スポーツも苦手なオタクでルックスも異性からみて魅力的とはいえず、その現実を思春期から学校で嫌というほど同級生、とくに女子から叩き込まれたAさんにしてみれば、仕事での立場を利用する以外に「他に女性と付き合う方法がわからない」というのは無理もない。 昔なら、Aさんのように女性と向き合うのが苦手な人でも、大学を出て、働いていれば一人くらい嫁さんは来た。それを世話する世間もあった。下の世代から見たら結婚できるほどの魅力がどこにあるか分からないようなおじさんでも、たいてい嫁がいて子どもがいるのに……。「結局、いまだに独身で彼女いない歴=年齢ですよ」 実はAさん、ゲーム会社の契約社員を雇い止めされたあと、同じ会社の先輩が独立して立ち上げた零細ゲーム会社に入社し、そこでも同じようなトラブルを起こしている。筆者が彼と知り合ったのはこの時期なのだが、実のところAさんのように公私混同する人は他にもいて、なんとスタッフと声優で結婚できた人もいたりする。「先輩の会社は解散してしまったので、その後は派遣プログラマとして平々凡々と生きてます」 筆者はどうしても聞きたいことがあった。「Aさん、いわゆる女性との経験はあるの?」 答えてくれるだろうか。「童帝です。ていは帝王の帝で」 即座にあっけらかんと答えてくれた。意欲はあるようだが、できないものはしょうがない。風俗嬢は汚いから嫌いなので行ったことがないそうだ。「それに若い子が少ないじゃないですか。やっぱり若くてかわいい子がいいです。親も子どもを欲しがってるし。アニメキャラはもちろん、声優だって20歳代後半でババア扱いのギョーカイですから。そういう世界にいた自分としてはその辺のおばさんなんて無理ですね」 やはり声優と結婚したいという、それも若い声優で。いまも子役上がりの声優でMという「推し」がいるようだ。四半世紀の年の差があるのだが。 こうして、独自のこだわりを貫き通した結果、婚期を逃し、気づけば45歳になった。今も諦めていないというAさんの結婚願望は叶うのか。 筆者は気分が悪くなったのでうんと意地悪な問いかけをしてみた。親の介護と老後はどうするのかと。「幸い親は年金で裕福ですし、一人っ子なんで持ち家は継げます。親の介護? 考えたこともないですね。まだ二人とも元気で海外旅行とか行ってますよ。どうにかなったら施設に入れるしかないでしょう。自分の老後はもっとわかんないですね。それより正社員になって結婚して、子どもを作ることが重要でしょうね」 Aさんは真面目な顔をして語るが、数年後に結婚して子どもを作ったとして、Aさんは子どもが成人するころもう70歳だ。それを指摘すると「男はいくつになっても子どもは作れますから」と言った後、「あ、さっきのババアとかのとこ、ネタですからね」と笑った。いつになったら自分の年齢と、残された時間に気づくのだろう。気づかないフリをするしかないのか。 生まれてから今まで実家住まいで自分で家賃も光熱費も払ったことがなく、いまも母親にご飯を作ってもらい、稼いだお金は全部お小遣い。大金持ちではないが、元大企業のサラリーマンと専業主婦の母という逃げ切り世代を両親に持つAさんはある意味幸せで、人によってはこれのどこが“しくじり”かと思うかもしれないが、誰でも年をとり老人になることを思えば、やはり“しくじり”を重ねてしまったと言わざるをえない。 人間にとって最大の敵は孤独だ。孤独に取り込まれたとき、人は狂う。しくじり世代は他の世代よりも、孤独に蝕まれやすい環境にさらされてきたのに、年をとることで孤独との戦いはますます厳しくなる。余裕がある世代だった親たちに介護が必要なときがきたら、安定した仕事がなく、十分な蓄えもつくれず、次世代との繋がりがないような、余裕がない子ども世代は簡単に身動きがとれなくなる。そして、ここでも孤独との戦いが待っている。 孤独の時限爆弾はすでに作動している。Aさんも、例外ではない。 しかしAさんの良さもある。これだけのことをあっけらかんと話すくらい、ある意味肝が座っている。方向性はむちゃくちゃだが、女性に対しても“コミュ障”というわけでもない。「好きなだけ書いていいですから!」と心配になるほど大胆で、天真爛漫と言ってもいい。平凡で優しい親の元、幸せな家庭に育ったことが伺える。人、とくに異性に対する気遣いさえ身につければ、この大胆さを好む女性もいるだろう。 これまでのしくじりを認め、年相応の自身の身の丈を見つめ直せば、思い描いたバーチャルな甘い夢とは違う形かも知れないが、穏やかな未来を迎えられるかもしれない。●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。ゲーム誌やアニメ誌のライター、編集人を経てフリーランス。2018年9月、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。2019年7月『ドキュメント しくじり世代』(第三書館)でノンフィクション作家としてデビュー。12月『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)を上梓。
2020.01.01 16:00
NEWSポストセブン
一時的に「子供部屋おじさん」になってわかった子供の頃との違い
一時的に「子供部屋おじさん」になってわかった子供の頃との違い
 ネットを中心に大きな話題となった「子供部屋おじさん」。親元を離れず実家の子ども部屋に住み続ける独身の中年男性を評したこの言葉は、大きな注目を集めている。 多くのメディアで子供部屋おじさんの実態や問題点が報じられたが、海外移住のため一時的に実家に戻っており、一時的に“子供部屋おじさん”を満喫中だという30代男性会社員は、「メリットもあるが、複雑な気持ち」とその心境を明かす。「僕が確かにそこで育った形跡があちこちにある。帰省のときはあまり感じなかったけれど、ある程度長期で住むと、そういう空気感は本当に居心地がいい。この環境にどっぷりつかってしまうと、経済力が乏しい場合はもちろん、仮に自活能力があったとしても、家を出る意味を見失いかねないですね」(以下、Aさん) 確かに実家住みなら、一人暮らしを維持するための家賃や家事などの負担も軽減されて快適だ。だが、Aさんは今、70歳近い親と向き合ったことで、若いころとは違う感情が沸き上がった。「実家は、本当に楽ですよ。黙っていても食事が出てくるから、体重が増えたくらいです。気づいたら洗濯がされているときもあり、感謝しかない。多少お金を渡したとしても、家賃や光熱費も一人暮らしとは比べ物にならないくらい安くて済む。お金も貯まる。ギリギリで一人暮らししている男性よりも、子供部屋おじさんの方が意外とお金を持っている可能性はあると思います」 とはいえ、Aさんは実家に戻ってから、一抹の寂しさも覚えている。親と子という関係は同じでも、この歳になると親や実家の部屋を見る視点が明らかに変わったというのだ。実家に残した漫画や衣服などの荷物、親が保存している子供の頃の思い出の品々を見て、処分を検討するようになった。「両親はあれこれ理由をつけて『捨てられない』『もったいない』と言って聞く耳を持たず、頑固で困ります。僕は一人っ子ということもあり、僕主導で整理整頓していかなければならない。少し早いですが生前整理の意味合いもあります」 親と子という関係性は変わらない。だが、その力関係や役割が逆転しつつあることも、ひしひし感じているようだ。「いつの間にこんなに親が小さくなったのかって、寂しくなりました。買い物はできる限り一緒に行って、荷物は必ず持つようにしています。会計も半分以上は出します。外食も率先してお金を出すことが増えました。家事もできる範囲で手伝っています。昔は、そんなことは一切しませんでしたからね」 子供部屋おじさんを体験したAさん。貴重な気づきがあったと話す。「子供部屋おじさんは悪いイメージで語られがちですが、親も子もそれで納得しているなら幸せだと思いますし、他人がとやかく言うことではない。とはいえ、親はいつまでもいるわけではないので、甘えっぱなしというのはリスクが高い生き方ではあります」 未婚や少子化につながるとされ、問題視されるケースもある子供部屋おじさん。“セーフティーネット”として機能しているうちはいいが……。
2019.09.03 16:00
マネーポストWEB
実家暮らしを続けた40代独身男性が母親に涙ながらに感謝されたワケ
実家暮らしを続けた40代独身男性が母親に涙ながらに感謝されたワケ
「子供部屋おじさん」という言葉も生まれるなか、社会人になっても実家暮らしを続ける人は少なくない。いつまでも実家暮らしをする人に対して批判的な声もあるが、埼玉県に住む40代の男性Sさん(独身)は、親にブーブー言われながらも実家暮らしを続けたことが、結果的に大正解だったという。息子に文句を言い続けた母親は、なぜ息子の手を握り、涙を流したのか? Sさんは埼玉県内の高校を卒業後、2浪の末に都内の私立大学に進学。卒業後は都内の小さな出版社に就職した。Sさんの両親は、当然息子が家を出て自立するものと思っていたが、Sさんは実家を出ることはなかった。Sさんはいう。「私が就職すると、両親は実家を出て自立をするよう求めてきましたが、私は家事がまったくできないうえ、実家から会社まで電車で1本だったので、実家を出る理由がありませんでした。息子が就職しても実家にいることに、父も母も不満そうでしたが、ゴミ出しや買い物、ペットの世話など、自分ができることはなるべくやり、月に5万円を入れることで、何とか『出て行け』というセリフがでないように努力していました」(Sさん。以下「」内同) そのような生活はその後十数年続いたが、突如、悲劇が訪れる。還暦を迎えたばかりの父親が通勤中に倒れ、そのまま亡くなってしまったのだ。そこで長男のSさんが実家の経済状況を調べると、大変な事態に陥っていることが判明した。「それまで、父と実家のローンについて話したことは一度もありませんでしたが、バブル期に買った実家は、まだ数千万円のローンが残っていました。目を疑うような金利でローンを組んでおり、20年近く払い続けても、まだ元本の支払いは半分近く残ったまま。月々のローンは私の給料で払える額ではなく、父の偉大さを知りました。残っていたローンは団体信用保険で完済できましたが、父の収入がなくなったことで、一気に家計は厳しくなりました」 ひとまずSさんは実家暮らしを続けていたが、さらなる悲劇が襲う。今度は母親が病気に罹り、治療のために通院の必要が生まれたのだ。実家は駅から遠く、母親は免許がないので、Sさんが病院まで送り迎えをするか、タクシーに乗るかの二択になり、どちらにしても体力的にも経済的にも負担は大きかった。実家は母子2人で暮らすには広すぎたこともあり、Sさんは引っ越しを決意するが、ここでまたしてもショッキングな事実が判明する。「バブル期に父が大枚をはたいて買った築20年超の実家ですが、ついた売値は買った額の8分の1程度でした。最寄り駅からバスに乗る“駅バス物件”だったため、査定額は大きく下げられることになったようです」 期待した額より大幅に低い売却額にガックリしたSさんだが、ここで男気を発揮する。自宅を売却したお金に自分の貯金を足して、最寄り駅の駅前に出来たマンションをキャッシュで買い、そこで母親と暮らすことにしたのだ。駅から遠い実家は、ゆくゆくは売るに売れない“負動産”になることは明らか。実家の売値は低かったが、ダウンサイジングを図れた上に、利便性が高く、確実に資産となる住まいを手に入れたのだ。「私がマンションを買うだけの貯金を貯められたのは、もちろん実家暮らしだったからです。手取りが30万円に届かなくても、月に5万円程度は貯金出来ましたし、ボーナスにはほとんど手を付けなかったので、同年代にしてはかなりの貯金がありました」 Sさんが「マンションを買おう」と言うと、母親はお金のことをたいそう心配したが、「心配しないでも、そのぐらいの金はある」と言い、通帳を見せると、母親は感激のあまり泣き崩れたのだとか。Sさんは、「もし自分が一人暮らしを続けていて、貯金がなかったら、母親の面倒やら何やらはどうなったことか……。結局、親が『自立しろ』と言い続けたのは、“そういうものだから”“世間体があるから”というぐらいの理由なんですよ。意地でも実家を出なくて本当に良かったです」 と、しみじみ語る。貯金できた最大の要因はSさんが無駄遣いをしなかったことだが、“実家を出ないことで、余計な出費が抑えられる”というメリットは、やはり無視できないようだ。
2019.06.11 16:00
マネーポストWEB
「子供部屋おじさん」 パラサイト・シングル、ニートとの違いは
「子供部屋おじさん」 パラサイト・シングル、ニートとの違いは
 ここ数か月、《子供部屋おじさん》という造語がインターネットを賑わしている。成人しても実家に住み続ける中年独身男性を表した言葉であり、学習机や漫画、おもちゃなど子供時代に買ったものが置かれた部屋が特徴だ。 あまりにも強烈すぎる、いわば“パワーワード”に「確かに学習机、頑丈で壊れないからいまだに使ってます」「じゃあ女性の私は子供部屋おばさんってことですか?」など多くの実家暮らしの男女が心を乱される結果となった。 その余波は芸能界にもおよび、シンガーソングライターの岡崎体育(29才)も「おれやんけ」とツイッターでつぶやく事態に発展。 過去を振り返ると、1990年代には親に寄生しているという意味から「パラサイト・シングル」という言葉が登場している。社会学者の山田昌弘氏の著書『パラサイト・シングルの時代』によると、「学卒後もなお、親と同居し、基礎的生活条件を親に依存している未婚者」のことを指す。 また、2000年代には「ニート(NEET)」という言葉が普及した。これは“Not in Education, Employment or Training”の略で、「就学・就労・職業訓練のいずれも行なっていない若者」を表わす。実家暮らしで働かない「ニート」が世間の集中砲火を浴びたりしてきた。 それらと比較すると、「子供部屋おじさん」という言葉には若干の柔らかさがあり、ネガティブなイメージも少ない。 その違いとして何より大きいのは、働いているか・いないか、という点だろう。「子供部屋おじさん」の場合、自分でお金を稼いでいながらも、節約のために実家暮らしをしているケースや、老親の介護などを理由に実家暮らしをすることもある。 もちろん、中には働かずに実家暮らしをしているケースもあるかもしれないが、それはあくまでも「子供部屋おじさん」の一部の人。実家で暮らす成人の母数が増え、ひとつのライフスタイルとして認知されつつあることも、「子供部屋おじさん」という言葉が受け入れられるようになった要因かもしれない。※女性セブン2019年6月6日号
2019.06.01 15:00
マネーポストWEB
私が賃貸にこだわる理由 絶対に受け入れられない持ち家のリスク
私が賃貸にこだわる理由 絶対に受け入れられない持ち家のリスク
 昨今ネットで「実家の部屋に住み続けるおじさん」を意味する「子供部屋おじさん」が話題になり始めている。そんな中、5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)では、「実家で貯金2000万円と賃貸で貯金ゼロどっちがいい?」論争に移り、さらには「賃貸vs持ち家」論争にも発展している。「一生家を買う気がない」と述べるネットニュース編集者の中川淳一郎氏が、自身の考える賃貸のメリットと持ち家のデメリットについて述べる。 * * * 人生で最大のリスクは「クソ野郎」と身近になることです。それこそ、借金癖のある家族や一族がいたら、本当に大迷惑ですし、大切に育てた我が子が犯罪者になってしまったら一家離散の危機です。 しかし、家族や親戚についてはある程度の説得や教育により、最悪の事態を回避することはできます。一方、もはやお手上げ状態になるのが「隣人」です。庭で仲間とバーベキューをワイワイやっていたら「うるせぇ!」「くせぇんだよ!」とばかりに隣の家に住む男がやってきて、刺殺された、みたいな事件もありました。あとは、「現代の八つ墓村」とも呼ばれる、2013年、山口県周南市金峰の集落で発生した5人殺害事件は、犯人を除き14人の住民しかいない地域で発生しましたが、逮捕された男はその地域で孤立していたといわれています。 マイホームについては、私の親世代(70代)からすれば、「一人前の象徴」として扱われていたところがあります。だからこそ30代で家を買うという行為に高いステータス性があり、私の親も「土地狂想曲」が発生するバブル期から数年前の1984年、38歳の時に家を買っています。 今では家の評価額も下がりましたが、ローンは完済したようなのでとりあえず老親は住む場所には困らないでしょう。そして現在45歳の自分は38歳の時の父が下した決断をすることなく、7年以上が経過しました。そして、家は買わないでしょう。 何しろ、フリーランスで暮らしている身からすれば、ローンで生活が縛られるのがイヤなのです。現在は賃貸暮らしをしていますが、所得が減ったらもっと安い賃貸に移ればいいと考えています。もしローンを組んで家を買ったら、今より所得が減った場合、分不相応な出費を毎月強いられることになります。◆「土地に縛られない人生」を送ることが可能に 過去に東京・渋谷で家賃3万円の風呂なし共同トイレの部屋に住んでいた経験もあるだけに、地方都市で家賃2万5000円の部屋に住むことも厭いません。まぁ、なんとかなるでしょう。家を買ってしまい、15年程ローンを払っていた場合、それをいかに売るか、ということにも悩まされます。さっさと新しい生活をしたいというのに、家の買い手がつくまでやきもきする。 告白しますが、実は私も一度、家を買ったことがあります。ローンの頭金に加え、リフォーム代50万円と引っ越す前の数か月分のローンで計400万円を支払ったのですが、一緒に住むはずだった女性が亡くなったため、その家は手放すことになりました。家は彼女の母親に引き継ぐことも可能でしたが、ローンを支払うのが無理なため、結局私がそれまでに支払った約400万円は消えてしまいました。その後住んだ人はリフォーム済みで良かったでしょうし、不動産屋としても、「誰も住まなかった家」の取引で稼げたので割の良い話だったといえましょう。 現在、海外への引っ越しを考えていますが、家があると、借り手を見つけたり、処分をしたりしてからの移転となります。賃貸でしたら一切そこら辺を考えないでもいいですし、あとはモノを捨てるだけです。「土地に縛られない人生」を送ることが可能となります。 そして、今の時代、かなり重要なのが、どうしようもないほどDQNな隣人がいた場合、家を所有することがリスクになる点です。冒頭で紹介したような「バーベキュー嫌い男」や「連続殺人男」が近所に住んでいたら、最悪です。あとは「引っ越しおばさん」やらゴミ屋敷の主人などがいた場合、自分の家を見るだけで「あぁ、こんな不良債権をさっさと放り出してこのアホどもから離れたいものだ……」と思うことでしょう。 固定費、土地に縛られる、貧乏になった時ににっちもさっちもいかなくなる、モンスター隣人……自宅を持つことはここまでリスクがあるので、石橋を叩いて渡る人生を送る自分には到底、無理だと考えます。「高齢になったら借りたくても借りられなくなる」なんて意見もありますが、支払い能力さえ証拠として見せておけば少子高齢化時代に完全に借りられない、なんてことはないでしょう。その日のためにも、頭のトレーニングをし、貯金をキチンとしておこうと思っています。
2019.03.09 16:00
マネーポストWEB
「子供部屋おじさん」問題 社会人が実家で暮らすそれぞれの理由
「子供部屋おじさん」問題 社会人が実家で暮らすそれぞれの理由
 社会人となり、自らの収入で生活できるようになっても、「自宅暮らし」を続ける人への風当たりが厳しいという。ネット上では、“実家の「子供部屋」に住み続けている独身の中年男性”を意味する「子供部屋おじさん」という表現が登場。派生形の「子供部屋おばさん」や、略語にあたる「こどおじ・こどおば」も生まれるなど、それぞれの立場を巻き込んだ論争となっている。 働きながら実家暮らしをするためには、実家が職場に通勤可能な範囲にあるという立地条件が前提になる。「子供部屋おじさん」「子供部屋おばさん」当事者から、もっと若い世代、さらには自宅暮らしをする社会人に否定的な意見を持つ人まで、さまざまな立場の意見を聞いてみた。◆一人暮らし20代女性「実家住みの男性は恋愛対象外」 大学入学と同時に上京し、現在は都内で一人暮らしをしながら広告関連企業で会社員をしている女性・Aさん(25歳)は、実家住まいは「“あり”か“なし”かでいうと、なし」という意見。自身が単身で東京で生活の基盤を作り、自立した生活を送っているという自負がある。そのため、実家暮らしの男性には生活力の欠如を感じてしまうようで、恋愛対象から外してしまう、という。「大学の頃から、少し気になる男性が実家住まいであると知ってしまった際、『どうせ付き合っても相手の家に気軽に泊まったり、遊びにいけたりできないんだろうな』と思って、自然と恋愛対象から外していました。 職場でも30歳や40歳を過ぎて、今なお実家から通っている人がいます。介護など家庭の事情で戻った人は別として、そういう人はどこか頼りなかったり、仕事が出来なかったり、ハングリーさを感じなくて、グッとこない。マッチングアプリでは、“一人暮らし”“友人とシェア”など、相手の男性を居住ステータスから選ぶことが出来るのですが、“実家暮らし”の男性は検索対象から外しています」(Aさん)◆実家暮らし20代男性「コストをかけないに越したことはない」 Aさんと同じ20代の会社員で、実家暮らしの男性・Bさん(27歳)に話を聞いた。IT企業に勤めるBさんは、都内近郊にある実家から片道1時間をかけて、都内にある職場に通っている。職場から近い一等地に住む同僚も多いが、入社以来かたくなに実家暮らしを続けている。その理由は、「コスト」「安心感」「趣味」にあるという。「家賃、水道代、光熱費、食費、インターネット代などで月10万円以上も出費することが、バカらしくて。一応生活費として両親に3万円支払っていますが、今後年収が大幅に増えるような気もしないし、実家に住まわしてもらえることに感謝しています。親と喧嘩することも多いですが、何よりいつでもご飯とお風呂がある安心感は大きい。また、実家なら、車も使えるので便利です。一人暮らしで車を買っても、多分そんなに乗らないことを考えれば、実家の車を使ったほうが断然無駄がない。 でも、別に洗濯は自分でするし、自分のご飯を自分で作ることもあります。いざとなれば一人暮らしをする能力はあるんじゃないかな」(Bさん) 家賃や光熱費がかからない生活だが、貯蓄は出来ているのだろうか。「貯蓄はほとんどないですね。年に3回行く海外旅行が趣味なので、給料やボーナスは、そういった旅行代に消えてなくなってしまいます。実家暮らしだから“甘えている”と同世代の友人にイジられることもありますが、『僕の方が自分の人生をよっぽど楽しんでいる』と思っています」(Bさん)◆実家暮らし30代男性「あと何回親に会えるのかと考えた」 20代男女の価値観は「自立」をとるか、「コスパ」をとるかといったところなのかもしれないが、世代が上になると若干事情が変わってくる。 大手メーカー勤務の男性・Cさん(38歳)は、すでに役職がつき、年収は1000万円超。会社では将来が期待されている。貯蓄額も多いが、未だに実家での独身生活を貫いている。“子供部屋おじさん”という表現については、「図星な分、心をえぐる」と笑う。自身の部屋にもまだ、小学生時代から使い続けている現役の学習机がある。職場近くで一人暮らしをしていた時期もあるが、とあるきっかけで実家に舞い戻った。「一人暮らしには制約のない自由があり、快適だったのですが……。実家に戻った大きな理由は、父親の病気。幸い大事には至らなかったのですが、ふと『生きている間に、あと何回親に会えるのだろうか』と考えてしまったんです。貯蓄もできるようになったし、何より家族との距離も近づいたので、今でも自分の決断は間違っていなかったと信じています」(Cさん)◆実家暮らし40代女性「介護が視野に入ってきた」 派遣社員としてメーカーに勤務する女性・Dさん(47歳)は、離婚したタイミングで実家暮らしに戻った。Cさん同様、子供時代に使っていた部屋で寝ている。そしてやはり“実家あるある”で、子供時代に集めた漫画やCDがそのままになっている。「結婚後は私の実家に近いところにマンションを購入し、実家と行ったり来たりの生活をしていました。子どもはいません。離婚後、一旦実家に戻って暮らしていたら、母親が認知症、要介護になって……。もう一度家を出るタイミングを失いましたね。これから結婚して二馬力になれば別ですが、現状、金銭的にも一人暮らしは考えられません」 金銭面のメリットだけでなく、趣味や家族など自らの価値観を優先する姿勢が、実家暮らしを続ける人々にはあるようだ。
2019.03.07 16:00
マネーポストWEB

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