◆わかっちゃいるんです。俺たちいい年して無職でヤバい
弟者が嬉しそうに兄のほうをチラ見する。ファミコンがスロットに変わっただけ、幼少期から変わらず兄弟で遊ぶというのはなんだか羨ましい。しかし、二人が中高年実家暮らし無職の独身おじさん兄弟であることを改めて考えると、素直にうらやんでもいられないのではないかと思えてくる。
「いや、わかっちゃいるんです。俺たちいい年して無職ってヤバいこと。はぐれ悪魔超人コンビって感じですね」
兄者の自嘲ぎみのフレーズに弟者が反応して笑った。漫画『キン肉マン』の悪役タッグのコンビ名だ。そういえばアシュラマンとサンシャインも無職か。いや悪魔だからしょうがないんじゃね?などと私と兄者はしばらくキン肉マンの話に逸れた。団塊ジュニアのコモンセンスは常にジャンプ、ファミコン、ガンダムだ。正直、私もこんな意味のない話は大好物だが、若いころと違いどことなく不安になってくるのは老いのせいか。
「将来のことですか? 考えてはいますよ。父親が死んだら俺と弟で家を売って、その金と遺産でぼちぼち生きて行こうと思いますよ」
なるほど、父親が死んだら屋敷は手放すという。大きな家だけに維持費は大変そうだ。まして固定資産税はシャレにならない額だろう。だが横浜や川崎の都市部ならともかく、三浦の辺りの人気は高級住宅地でも凋落ぎみだ。そう簡単に売れるだろうか。
「やっぱそう思います? それが心配で」
それに売る売らない以前に、両親ともに元気なままポックリ死んでくれたらという前提の話であり、長く介護が必要になる事態にならないとも限らない。
「その時は施設送りですね。それくらいの金は家にありますから。むしろ家を明け渡していま入って欲しいですよ」
しれっと言うが、子供二人育ててここまで言われるご両親もかわいそうだ。正社員になれだの真面目に生きろだの、確かにウザいかもしれないが団塊世代の価値観、まして実の父親なら仕方のない小言だろう。母親は優しいとのことだが、いつまでも手がかかる息子のままでいて欲しいのかもしれない。しかし、幼少期の関係性を大人になっても引きずり続けるあり方は、団塊世代と団塊ジュニアという組み合わせの親子には案外多い。
「なにかやりたいとかないんですよ。とにかくラクに、楽しく生きたい。個人の自由ですし、それが許されてる環境なのはよかったと思います」
団塊ジュニアの取材に限らず色々な人間と出会い、話をして思うのだが、世の中なにになりたいとか、どうしたいとか、目標や夢を持つ人というのは意外と少ないものだ。あっても本当に些細なことで、それはそれでまったく個人の自由だが、夢や目標に猪突猛進、あるいは疲弊している人からしたら信じられない話だろう。こういう人は少なからず一定数存在するし、それは非難されることではない。それはわかる。
「夢とかとくに無いですね。日々楽しければいいですよ」
◆俺たち兄弟はずっとこのままでしょうね
夢を持て、目標を持てなど余計なお世話だろうし、むしろこういう人たちからしたらウザい存在だ。ましてや家を出て独立や自活をと言われても、他人様に迷惑をかけていなければ「家庭の問題」だ。ただしそんな人でも共通するのは恋愛の問題、結婚する気はないのか。
「彼女はいましたよ、バイトとかでも知り合いますし、20代、30代でも付き合った子はいます。でも進展はしなかったですね。遊び友達でおしまい。俺もそっから先はめんどくさいし、どうしていいかわかんないんですよ」
兄者は女性と深い関係を持った経験がないという。とてもそうは見えないが、本人が言うならそうなのだろう。少し意外だ。もしかしたら他に理由があるのかもしれないが。
「ま、こいつは女がいたこと自体、見たこと無いんスけどね」
意地悪な放言に弟者がスマホを見ながら兄者の肩を小突く。ということは兄弟揃って童貞ということか。
「こいつの好み、オタクみたいなんですよ。Re:ゼロのレム(※ライトノベル『Re:ゼロから始める異世界生活』のヒロインの一人)だよな?」
図星だったのか今度は反応しない弟者、スマホに集中したまま顔をこわばらせている。照れているようだ。それにしても兄者と弟者は突っつき合ったりして、男同士の兄弟なのにカプ味(恋人のような雰囲気のこと)がある。私は微笑ましく思うが、40歳過ぎた童貞子供部屋おじさん兄弟では、そのかわいらしさは広く理解されないかもしれない。外国だとこういう兄弟はよくいるのだが、残念ながらここは日本だ。