新型コロナまん延阻止のため発令された緊急事態宣言を受け、営業を中止した有楽町ガード下の飲食店(時事通信フォト)
よっちゃんは大柄で、彫の深い顔は貫禄十分。私が年齢を告げると同じく40代で私と歳は変わらないそうだが、声も大きく数々の修羅場をくぐり抜けた鬼軍曹のようだ。しかしその押し出しの強い見た目とは裏腹にとても親しまれている。常連客の中には頑固親父に怒られに来たかのようによっちゃんに相談したり、意見を求めたりする人もいるという。
「居場所ないのばっかりだよ、東京に出てくるとみんな孤独なんだ。会社の同僚なんて所詮仕事の付き合いだからね、ここが一番だ。そうだろ?」
よっちゃんの言葉に賛同の声が上がる。大事なことだから改めて書くが、ここは都心から外れているとはいえ非常事態宣言が発令され、外出自粛と営業自粛が要請された東京だ。
「休んだって店潰れるだけでしょ、潰れるくらいなら店を開けるよ。非難するバカの誰が責任とってくれるんだ?」
べらんめえ口調で吐き捨てるよっちゃん。彼の友人の中にもやむなく店を廃業した人もいるそうだ。
「閉店残念です!お疲れ様でした!思い出の店です!なんて言葉で腹が膨れるかっての。だったらもっと店行って金落とせって。俺たちみたいな小さな呑み屋なんか誰も助けてくれない。それがわかってるから、好きなようにやらせてもらうまでさ。見ず知らずの不謹慎バカよりこうして来てくれる客が大事、みんな納得ずくなのにうるせえよ」
よくあるネットのコメントを揶揄しているのだろう。この毒舌で癖のあるキャラクターがよっちゃんの人気に繋がっているようだ。舌鋒は止まらない。
「だいたい自粛自粛ってさ、埼京線乗ってみなよ、京浜東北線も南北線も、朝は凄いラッシュじゃないか。全然自粛してないじゃん。自分らは会社に行くけど呑み屋は休めってか」
カウンターからも愚痴の声が上がる、お客も夜勤明けの警備員や介護士、リモートワークなのになぜか午後の会議だけ出社させられているサラリーマンなど。正直、この呑み屋ヤバい大丈夫かよと思っていたが、話を聞いていると日本大丈夫かよと思わされてしまう。確かにリモートワークが可能なのは、企業や官公庁の事務方の一部、それも在宅勤務で完全に引き込もれるような職種に限られる。理想論とは遠い話、いまだ仕事の基本は生身の人間の直接的サービスなのだ。
「店員はリモートワークできないし、かわいそうだよな、兵隊みたいなもんだ。俺は自分の店だから好き勝手やってるけど、バカな他人の儲けに使われてコロナまみれになりたくないね」
聞くところによるとよっちゃんは独身で高校卒業後、役者を目指してフリーターを転々としたのち挫折、大手和食チェーンの調理スタッフとなり、ひたすら金を貯めてこの居酒屋を構えたという。開業資金のために危ない橋も渡ったと不敵に笑みを浮かべて多くを語らないが、営業してからはなるべくコストのかからない立地で人を使わなくてもいい小スペース、そして三品、酒、焼き鳥、季節ごとの小鉢に徹し、それ以上のことはしない。リスクも元手も最小限。
「ここに寄ってくれることが第一なんだ、居心地よくすることさ。俺と話して面白いとか、楽になったとか、そういうことのほうが重要だよ」