◆閉めても死ぬしコロナでも死ぬなら開けとくさ

 テレビでは新宿や渋谷の戒厳令のような厳戒態勢と威圧的な警察による巡回の様子が映し出されているが、そんなものは都心のごく一部だけで、都内すら中心を外れればよっちゃんの言う通りこんなもんである。戸越銀座も北千住も、小岩も吉祥寺も普段ほどではないが賑わっていた。某ハンバーガーチェーンなどママ友の集会場と化していた。だがいまは自粛で済んでいるからであって、いつ完全な休業命令に、ロックアウトになるかわからない。その時はどうするのか。

「その時はその時さ。それまでは意地でも営業するよ」

 イエーイと店内に上がる声、私は「でもコロナが発生してしまうのでは、そうなっては取り返しがつかないのでは」と言いたかったが、言えなかった。この店内でそんなことを言ったら洒落にならないことになる。すでに、休業だロックアウトだの話に及んだ時、なんだこいつという視線はあちこちから感じていた。そろそろか、よっちゃんもぶっきらぼうになっている。匿名記事前提で名刺を渡して話を聞いた以上、私もうかつなことは聞けないし、書けない。潮時だろう。

 よっちゃんだけを責められるわけがない、現実に大手ではないパチンコ屋も、食堂も、居酒屋も、学習塾も、ありとあらゆる中小の商店はお客が来る限り営業している。閉めている個人商店は客がいないからという理由も多く、客が来る店や常連のたまり場となっていればしっかり営業している。誰がとやかく言ったって、私権の侵害は日本の憲法上不可能だし、補償も不十分どころか自粛して死ねでは誰も従わないだろう。世の中の大半は自粛貴族ができる身ではない。安倍首相は出勤者を最低7割減らせと指示しているが、このままでは満員電車は解消されないし多くの店は営業を続けるだろう。従業員の賃金を8割保障するイギリス、休業労働者の賃金完全保障のフランス、従業員5人までの自営業者に3カ月で最大9,000ユーロ(約100万円)を給付するドイツと違い、誰も受け取れないような線引きといつ支払われるのかわからないような緊急保障など誰も信用していない。それどころかいつの間にか年金開始75歳法案の審議入りで不信感はMAXだ。

「(店を)閉めても死ぬしコロナでも死ぬなら開けとくさ。生きてかなきゃな」

 よっちゃんが繰り返すこの言葉、これだから個人商店は、勝手な自営業だと非難する人もいるだろう。しかしこの状況が半年も続けば、大手企業や大手チェーンも一か八かの営業を再開するだろう。緊急事態宣言が出されても、某ゼネコンは数百人規模の工事を止めておらず休憩場所は三密すし詰め、某大手フィットネスクラブなどはコロナ罹患者を出しても営業を続けている。倒産や廃業にまで至るなら多少の人間が死のうと続けるだろう。資本主義の本質とはそういうものだ。ましてこれはコロナと人類の、自由主義経済の存亡を賭けた戦争だ。戦争には犠牲がつきもの、経営者の多くは、いや労働者の大半も実のところはそう考えている。だからこそ電車は満員だし、医療従事者も店員も言われたい放題で働かされているし、よっちゃんのように個人事業主でも儲かるならばしれっと営業している。かつての14世紀のペストのように、もはや既存の国家体系、いや文明では対処できないところまで来ているのではないか。こんなコロナでも営業を強行する居酒屋のルポごときが大げさなと思うかもしれないが、大衆酒場が社会の写し鏡なのは近世からの歴史が証明している。人間は人間が思うよりしぶとく、そしてしたたかだ。

●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ正会員。ゲーム誌やアニメ誌のライター、編集人を経てフリーランス。2018年9月、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。2019年7月『ドキュメント しくじり世代』(第三書館)でノンフィクション作家としてデビュー。12月『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)を上梓。

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