鈴木:中田組長は自らヒットマンとなった容疑で逮捕されましたが、組長が実行犯になるなんて通常はあり得ない。井上組長と末端組員たちとの間に挟まれ、破れかぶれになったのではないでしょうか。
溝口:中田組長は井上組長の秘蔵っ子で、彼に後を継がせるために当時イケイケだった織田絆誠を追いやる形で任侠山口組(現・絆會)ができた経緯がある。その中田組長まで反目してしまうとは。
鈴木:戦国武将でも、一般の会社でも、子飼いにクーデターを起こされるのはよくありますからね。
溝口:しかしながら、山健組の分裂は神戸山口組そのものの分解につながっていくでしょう。山健組は神戸山口組にとって、唯一の戦闘力を持つ組織です。神戸山口組ができるときに、井上組長が他団体に「抗争は山健組がするから」という条件で参加を呼びかけていた。今、他の組織が六代目側から襲撃を受けてもなかなか報復しないのは、そういう事情がある。
鈴木:他団体もやる気を失ってしまっているのでしょう。山健組は山口組の聖地である神戸に本拠を置いていて、六代目山口組の中核団体である弘道会が名古屋なのに対し、神戸山口組を象徴する存在なのは間違いない。
溝口:山健組出身の渡辺芳則・五代目山口組組長は「数は力なり」の信奉者で、山健組から10人以上を直系組長として引き上げ、最盛期には7000人もの組員を擁した。「山健組にあらずんば、山口組にあらず」という時代からすると、隔世の感がある。
鈴木:ただし山健組の中も一枚岩ではなく、離脱派と残留派に分かれることになる。もし分裂しても、恐らくどちらも「山健組」を名乗ることになるでしょう。