2019年6月、金融庁の審議会がまとめた「老後の資金は年金だけでは2000万円足りない」とする報告書が大きな怒りを呼び抗議の「年金デモ」が行われた(時事通信フォト)
「これが苦しくてね、慣れないのもあるんでしょうけど、何度も死ぬと本気で思いました」
高温多湿の日本の真夏に何時間も立っていれば当然のことだろう。まして石倉さんは高齢者だ。
「高齢とか関係ないです。70代は普通にいます」
人生いろいろあって難しい
信じられないという人もいるかもしれないが、警察庁の「令和元年における警備業の概況」によれば、日本の警備員57万727人(2019年12月末時点)のうち、60歳以上の高齢者は25万5040人と半数近くを占める。なんと70歳以上でも8万7281人、全員が現役の常用警備員(常用が大半で90.4%を占める)として勤務しているわけではないだろうが、商業施設や工事現場で見かける1号、2号警備員が高齢者ばかりの現状は数字の上でも明らかだ。そしてその理由は、日本の年金制度の欠陥にあることは言うまでもない。
「年金じゃ食べていけませんからね、仕方ないです」
石倉さんは詳しい身の上は教えてくれなかったが都内の借家に一人暮らしだという。言葉使いも丁寧で落ち着いた雰囲気の石倉さん、「まあまあ」と頑なに語ってくれないので聞くのはやめた。ずっと独身だったのか事情で別れることになったのかはわからないが、軽い脳梗塞の経験もあり薬が手放せないことは教えてくれた。それでもこんな過酷な仕事をするしかないということか。国民年金(40年間払っても満額で月額6万5141円!)はもちろん、給与の安いままに就業した場合も厚生年金は相当安くなる。会社員なら安心なんて大企業で定年まで勤めた高給取りだけの話、そもそも厚生労働省が発表している月額22万724円という厚生年金は「40年間勤めた夫と専業主婦の妻の夫婦2人分」の「老齢基礎年金を含む標準的な年金額」であり、その厚労省の想定収入は「賞与含む月額換算43.9万円で40年間就業した場合に受け取り始める年金」である。厚労省はこれを「平均的な収入」としている(2020年4月1日時点)。40年間賞与含む月額換算43.9万円を貰った夫とずっと専業主婦の妻が平均モデル世帯 ── 私も書いていてわけがわからなくなるが、これが日本政府の考える「一般家庭」である。
「貯金もそれなりにあったんですけど、家族のことやら病気やら、人生いろいろあって難しいですよ」
そう言うと立ち止まり、大きな水筒に口をつける石倉さん。トイレが近くなるといけないので現場ではあまり水を飲まないそうだ。脳梗塞の既往歴のある石倉さん、本来は水分を十分とらなければ危ないのに。
「仮設トイレあるけど、一人現場だと工事の人によってはいい顔しないんです。仕事いただいている立場ですからね。でも一人でこういった現場のほうが私はいいですね」