ライフ

【大塚英志氏書評】村上春樹は比喩や寓話で歴史を語るな

『猫を棄てる 父親について語るとき』/村上春樹・著

【書評】『猫を棄てる 父親について語るとき』/村上春樹・著/文藝春秋/1200円+税
【評者】大塚英志(まんが原作者)

 村上春樹の最新作『一人称単数』は、短編集とはいえ、どこか世間が「社会的距離」でもとっているような冷めた感じを受けるのは、ぼくだけか。仮にそうだとすれば、前作『騎士団長殺し』で南京大虐殺に言及、今回も直前に出したエッセイ『猫を棄てる』で、父親の中国兵捕虜の斬首について語っていることと無縁ではないだろう。

 不都合な歴史への言及は『1Q84』以降、随分、ライト(「軽い」の意味で、「右」ではない)になった彼の読者を怯ませるに充分で、世間も何か遠巻きにしている印象だ。

 しかし父親についての告白に触れる時、ぼくが困惑するのは、中国兵捕虜斬首者としての父の象徴として、村上の小説の中で繰り返し描かれてきた皮剥ぎボリスやジョニー・ウォーカーという「比喩として」(村上)の惨殺者らの人物造形の「浅さ」だ。それが村上の演出だったとはいえ、文字通り紙のように薄い。そしてその「薄さ」が、仮託された歴史の重みに耐え得ていなかったと、今更露わになった感がある。確かに、村上春樹が歴史修正主義的なものに政治的な違和を抱いているのは発言からも解る。同意もする。

 けれども、『猫を棄てる』では、父は南京虐殺に関与していなかったと証明し、その父は冒頭の捨てた猫が戻るという挿話で、ネコ殺しの罪(村上文学の中で今や何の「比喩」かはいうまでもない)から、あらかじめ許されている。

関連キーワード

関連記事

トピックス

交際が報じられた赤西仁と広瀬アリス
《赤西仁と広瀬アリスの海外デートを目撃》黒木メイサと5年間暮らした「ハワイ」で過ごす2人の“本気度”
NEWSポストセブン
世界選手権東京大会を観戦される佳子さまと悠仁さま(2025年9月16日、写真/時事通信フォト)
《世界陸上観戦でもご着用》佳子さま、お気に入りの水玉ワンピースの着回し術 青ジャケットとの合わせも定番
NEWSポストセブン
秋場所
「こんなことは初めてです…」秋場所の西花道に「溜席の着物美人」が登場! 薄手の着物になった理由は厳しい暑さと本人が明かす「汗が止まりませんでした」
NEWSポストセブン
身長145cmと小柄ながら圧倒的な存在感を放つ岸みゆ
【身長145cmのグラビアスター】#ババババンビ・岸みゆ「白黒プレゼントページでデビュー」から「ファースト写真集重版」までの成功物語
NEWSポストセブン
『徹子の部屋』に月そ出演した藤井風(右・Xより)
《急接近》黒柳徹子が歌手・藤井風を招待した“行きつけ高級イタリアン”「40年交際したフランス人ピアニストとの共通点」
NEWSポストセブン
和紙で作られたイヤリングをお召しに(2025年9月14日、撮影/JMPA)
《スカートは9万9000円》佳子さま、セットアップをバラした見事な“着回しコーデ” 2日連続で2000円台の地元産イヤリングもお召しに 
NEWSポストセブン
高校時代の青木被告(集合写真)
《長野立てこもり4人殺害事件初公判》「部屋に盗聴器が仕掛けられ、いつでも悪口が聞こえてくる……」被告が語っていた事件前の“妄想”と父親の“悔恨”
NEWSポストセブン
世界的アスリートを狙った強盗事件が相次いでいる(時事通信フォト)
《イチロー氏も自宅侵入被害、弓子夫人が危機一髪》妻の真美子さんを強盗から守りたい…「自宅で撮った写真」に見える大谷翔平の“徹底的な”SNS危機管理と自宅警備体制
NEWSポストセブン
鳥取県を訪問された佳子さま(2025年9月13日、撮影/JMPA)
佳子さま、鳥取県ご訪問でピンクコーデをご披露 2000円の「七宝焼イヤリング」からうかがえる“お気持ち”
NEWSポストセブン
長崎県へ訪問された天皇ご一家(2025年9月12日、撮影/JMPA)
《長崎ご訪問》雅子さまと愛子さまの“母娘リンクコーデ” パイピングジャケットやペールブルーのセットアップに共通点もおふたりが見せた着こなしの“違い”
NEWSポストセブン
ウクライナ出身の女性イリーナ・ザルツカさん(23)がナイフで切りつけられて亡くなった(Instagramより)
《監視カメラが捉えた残忍な犯行》「刺された後、手で顔を覆い倒れた」戦火から逃れたウクライナ女性(23)米・無差別刺殺事件、トランプ大統領は「死刑以外の選択肢はない」
NEWSポストセブン
国民に笑いを届け続けた稀代のコント師・志村けんさん(共同通信)
《恋人との密会や空き巣被害も》「売物件」となった志村けんさんの3億円豪邸…高級時計や指輪、トロフィーは無造作に置かれていたのに「金庫にあった大切なモノ」
NEWSポストセブン