若松孝二監督(時事通信フォト)

若松プロは多様な人材を輩出した(時事通信フォト)

白石:でもある意味、修業時代のそういうワイワイしていた時間って貴重な時間で、荒井さんもそうですし、足立さんがいたときもめぐみさんもそうだったと思うんです。

荒井:やっぱり愛憎こもごもですよ。このやろうって思うのとさ。

井上:師弟って難しいんですよね。森さんにとってはぼくたちの若松プロみたいなものってあったんですか。

森:そこに匹敵するものは全然ないですね。ぼくはテレビも遅れて入ったし、映画も遅れて入っているし、ぜんぶ遅れてるから修業時代がないんです。だから基礎もぜんぜんつけないままで知ったような顔をしてやっているっていうのが常にあって、内心はいつもひやひやしてるんだけど。そういう感じでここまできちゃったんで。しいて言えば、テレビ時代に師匠みたいな人は一人いましたね。編集しながら、もう一人のディレクターと「このカットを入れたらテレ朝のプロデューサーは喜ぶから、こうしようか」なんて言っていたら、いきなり後ろから蹴られて、「お前ら、誰のためにつくってるんだ!」って怒鳴られたり、というようなことは多少ありましたけど、それぐらいかな。

井上:それは名前を聞けば誰でも知っているようなドキュメンタリーのディレクターだったんですか。

森:千秋健さん。ドキュメンタリージャパンの生え抜きのメンバーです。

井上:森さん、劇団時代はそういうのはなかったんですか。

森:ああ、二十代は演劇やっていたけど、あんなの全然中途半端ですよ。

井上:だって、森さんは本来は『夢みるように眠りたい』(1986年・林海象監督)の主役だったんですよね。

森:……詳しいですね。

井上:病気になって佐野史郎さんに変わったんですか。

森:うん。二十代はずっと芝居をやっていて、27、8の時に林海象がお金を集めてデビュー作を撮るぞっていう話になって。海象とはそのころ、一緒にアパートに住んだりとかそういう時期もあったりしたんです。で、海象に「どんな映画って」聞いたら、「サイレントでモノクロ」っていうから、内心は絶対にヒットしないと思いながら、「主演なら出てやるよ」みたいな感じだったのだけど、クランクイン直前に、病気じゃなくて猫にひっかかれて傷から菌が入って太ももが二倍くらいに腫れちゃったんです。高熱でまったく動けない。阿佐ヶ谷の河北病院に運ばれて、最初は骨膜炎で足を切断するかもって言われたけれど、結局は蜂窩織炎って診断された。

白石:それ、エピソードが秀逸ですねえ(笑)。

森:で、点滴しながら病院のベッドに寝ていたら海象が青ざめてやってきて、「森君、美術は木村威夫さんに依頼して撮影は長田勇市さんで他の役者さんもみんな抑えてしまったから、リスケはもうできない」って言われて、まあそれはそうだろうなと思ったし、そんなにその作品に執着してなかったから、「いいよ。代役はいるの」って聞いたら、「状況劇場をやめたばっかりの佐野史郎君がいる」っていうから、「ああ、いいんじゃないの」って答えて、そうしたら映画はヒットして佐野君がブレイクしちゃって。自分には演技力が致命的にないということは何となくうすうす気づいてはいたんです。でも演技力もないし運もないんだって気づいて、こりゃあどう考えてもダメだろうと。それで役者をあきらめたんです。

井上:それじゃあ、もしかしたら森さんが「ずっとあなたが好きだった」の冬彦さんをやっていたかもしれないんですね(笑)。

森:それはない。やっぱり佐野さんだからヒットした。

白石:いやあ、人生、面白えなあ(笑)。

井上:荒井さん、もう一個、この映画をつくる時に言ったのは、今、レジェンドって言われる人たちはなんだかんだ言ってもこの業界に残っていて、カッコ付きの勝ち組、負け組みたいに言えば、自分の立ち位置を得た「勝ち組」じゃないですか。この映画はめぐみさんを描いていることもあるけれど、才能や経済やなんやかやのせいで夢破れた、死屍累々の「負け組」側で行こうよっていうのはずっと言っていたんです。荒井さんが若松プロにいた何年かだって多くの人が通り過ぎたわけだけど、けっこうそっち側の人っていたんですか。

荒井:いや、そんなにいなかったな。何人かはいるけど。いつの間にか、来なくなるんだよ。金払ってるわけじゃないしね。若松さんの甥っ子みたいな人もいたからね。後年のほうが井上みたいな志願者はいっぱい来ていたんじゃないの。

井上:どうだろう。でもぼくがいた5年間で7、8人ぐらいでしょ。白石のときはどれぐらいだった?

白石:でも5人ぐらいですかね。若松さんも本数撮ってなかったんで、ほんとうに1年半で1本ぐらいなんで、助監督を受け入れる余地がないんですよね。

荒井:俺がいなくなってから何となく空白みたいな感じがあったんじゃないかな。それから高橋伴明が来ていたのかな。高橋は「赤-P」のことで俺の側に立って、若松さんとケンカして、それから仲良くなったらしい。それまで太和屋(竺)さんとか足立さんだ、沖島勲さんだ、ガイラだ、秋山だっていろいろいたじゃない。だから、そのころ佐藤重臣が俺のことを「若松プロの最後のスター」っていうふうに書いたことはあるけど、そのころ、ブランクっていうか仕事はあまりなかったよね。

新幹線の入場券で東京に付いていったら

森:今さらの質問だけど、井上さんと白石さんはなぜ若松プロの門を叩いたんですか。

井上:ぼくは高一の終わりに石井聰亙の『爆裂都市 BURST CITY』(1982年)を見に行ったら、併映の『水のないプール』がすごくよくて、あの頃はまだレンタルビデオもなくて、愛知県の田舎の映画青年はあまり映画を見てなくて、それで結構衝撃受けて。そして高二の夏に『若松孝二・俺は手を汚す』(ダゲレオ出版)という若松さんの自伝を読んだら、俺はこんなにいっぱい映画を撮ってる、こんなにも時代と切り結んでやってる、こんなにも社会と闘っているって書いてあって、もうぼくはバカだから完全に影響されて、東京へ行ったら、絶対に若松プロの助監督なるぞって思っちゃったんです。

 もっとバカなことに高二の終わりに若松さんが名古屋にシネマスコーレという映画館を作って、浪人の時に夏期講習をさぼってそこで映画を見ていたら、若松さんが何の予告もなしで舞台あいさつで入ってきたんですよ。それでこの機会を逃しちゃいけないと思って、「弟子にしてください」って言って新幹線の入場券で東京へ付いていったら、若松さん、これはまずい、追い返さなきゃいけないと思って、「お前ね、うちは給料は払わない。その代わり、4年で監督にしてやる。今、浪人しているなら大学4年間の間に親の金で生活して、それで監督になればいいじゃないか」って言ったんです。それで引き返してきて、受験して、その翌年から若松プロに行きましたと。

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