園子温一覧

【園子温】に関するニュースを集めたページです。

性加害報道があった榊英雄監督と園子温監督
園子温監督に性加害報道、映画カメラマンが明かす現場の実態「手を出しやすい環境」
 榊英雄監督(51)に続き、俳優の木下ほうか(58)も複数の女優に性的行為を強要していたとの疑惑が世間を騒がせる中、さらなる大物の名前が挙がった。“鬼才”とも称される、園子温監督(60)だ。 園監督は『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』など、数々の話題作を世に送り出し、カルト的人気をほこる。2012年には第68回ヴェネツィア国際映画祭コンペティションに出品された『ヒミズ』で主演の染谷将太(29)と二階堂ふみ(27)が最優秀新人俳優賞(マルチェロ・マストロヤンニ賞)を日本人で初受賞したことでも注目を浴び、ニコラス・ケイジを主演に迎えた2021年公開の『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』でハリウッドデビューも果たしている。 そんな国内外で一定の評価を得る園監督の“性加害”疑惑を『週刊女性』が報じた。「仕事をあげる」との誘い文句で女優を事務所に呼び出して性行為を迫ったとされている。この報道が事実だとすれば、榊監督と共通しているのは、監督という立場を利用していた点だ。 女優にとって「監督の立場」とはどういったものなのか。「監督は自身の作品のキャスティングに大きな権限を持っています。さすがに主演クラスが “鶴の一声”で決まるケースはなかなかありませんが、脇(役)の方だと、『この人でやりたい』という監督の意向で決まるケースは珍しくありません」 そう話すのは、榊監督の作品に数多く携わってきた映画カメラマンの早坂伸氏。監督が女優との接点を持つ場として、「ワークショップ」が利用されることもあるという。「著名な映画監督が開くワークショップは、演技や制作現場のことなどを学べるので人気ですが、一方で、監督に名前を覚えてもらえるチャンスの場でもありますので、受講者側から、ある意味、すり寄っていくこともあるわけです。監督側が女優の卵にそういうこと(性的搾取)をやろうと思えばできてしまう環境ではありました」 作品に出演したいという受講者の強い思いを、監督側が利用しているとすれば許しがたい行為だ。しかし一方で、女優側がそうした監督側の要求を受け入れてしまうケースもあり、問題を複雑にしている。「たとえ脇役でも出演したいという女優は山ほどいますし、それが名の知れた人気監督の作品であればなおさらです。ただ、そうした女優はフリーで活動していたり、所属事務所が小さければマネジャーが同行しないことも多いですから、監督側からすれば“手を出しやすい”相手なわけです。また、レイプのように明確な犯罪ではないケースも多いので、“被害”を受けた女優側も公に訴えることをしてきませんでした。それによって加害者は裁かれず、“業界の闇“は深まっていくばかりだったのです」 ところで園監督といえば無名女優たちを見出し、作品に出演させることで、多くの埋もれた才能を開花させてきたことでも知られる。「吉高由里子(33)や満島ひかり(36)、二階堂ふみなど、園作品への出演をきっかけに大きく飛躍した俳優・女優は少なくなありません。特に吉高は2006年の映画デビュー作『紀子の食卓』に出演するまではまったく無名の新人でしたが、同作でヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞するなど頭角を現し、今や誰もが知る国民的女優となりました。園監督の埋もれた才能を発掘する“眼力”は並大抵ではないのでしょう」(映画ライター) 園監督は今回の報道を受け、映像制作会社「シオンプロダクション」公式サイトに直筆の謝罪文(4月5日付)を掲載。騒動を謝罪し「映画監督としての自覚のなさ、周りの方々への配慮のなさを自覚し、今後のあり方を見直したいと思っております」としたが、報道内容には事実と異なる点が多いとして「代理人を通じて、しかるべき措置をとって参る所存です」と争う姿勢を見せている。 ここにきて数多の“疑惑”が噴出する日本映画界。しかし明るみに出た今回の件ばかりでなく、闇の根は深いという。早坂氏は、日本映画界の構造にも問題があると指摘する。「プロデューサーや監督に権力が偏って存在しているということです。“枕営業”という言葉が妥当かはわかりませんが、そうしたことをして仕事をもらっていた女優がいなかったわけではない。ただ、問題は、一部の権力者たちがキャスティングという権限を性搾取に利用できると味をしめ、自分たちの思いのままにできると勘違いしたこと。それが榊の一件のように、一般の女優らに対しても性暴力が広がる原因となっています。腐ってますね。絶対に許してはいけないことです。内側から健全化していかないといけない。でないと、これからも同じことが繰り返されます」と憤る。 ネット上では一部で“仕事が欲しい女優と監督との間で合意があったとすれば問題ない”とする書き込みがあるが、早坂氏が指摘する通り、それは間違いだ。明らかに強い権限を持つ監督が、その立場を利用して女性にとっては不本意な性行為を要求してはならないという意識が、エンタメ界全体に必要だろう。「まず相談窓口を、いろんなところに設置しなきゃいけない。業界でも作らなきゃいけないし、制作会社ごと、プロジェクトごとに作ってもいいかもしれない。あとは業界でこういった性加害に関するガイドラインをしっかりと作っていくべきです」(早坂氏) 膿を出し切ることはできるのだろうか。
2022.04.06 17:30
NEWSポストセブン
『ラブ&ピース』(2015)ジャパンプレミアに登壇する園子温監督 
園子温監督は今後の活動は困難か 「性スキャンダル」の影響と復帰が難しい現実
 芸能界の性被害の実態が次々と明らかになっている。3月上旬、『週刊文春』で映画監督で俳優の榊英雄(51才)が、複数の女優から「性行為を強要された」と告発されると、3月下旬には再び同誌で俳優の木下ほうか(58才)が、複数の女優に性的な行為を無理やり行っていたと報じられた。さらに4日には、『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』などの作品で知られる園子温監督(60才)から性被害を受けたという女優の告発が『週刊女性』で報じられた。 報道を受け、4月に公開予定だった榊の作品は公開中止に。木下は報道を概ね事実だと認め、無期限活動休止を発表。 園の映像製作会社「シオンプロダクション」は4月1日、何の件についてかは触れていないものの《関係者各位の皆様にご迷惑とご心配をおかけしてしまい、心よりお詫び申し上げます。事実関係を整理して、改めて発表いたします》と、コメントを発表している。多方面の関係者からセクハラは事実だという旨の証言が相次いでおり、説明が求められる状況にある。芸能事務所関係者は、3人とも今後の活動は難しくなると語る。「性被害の実態がここまで報じられたことで、映画界には『そんな状況を放置してきた業界にも責任がある』との強い批判が寄せられています。これをウヤムヤにすれば、映画業界が取り返しのつかないことになる。告発された人物は事実上の“追放”になる可能性も高いです。 万が一、榊や園が再びメガホンを取ることがあったとしても、事務所が女優を出すのをOKするでしょうか。彼らの作品に出れば、『枕営業で役をもらった』などと言われかねませんし、作品とは関係のない質問をメディアからぶつけられる可能性もある。何かと色眼鏡で見られることになり、イメージ的に損をするからです」(芸能事務所関係者) 芸能界には前述の3人以外にも、性スキャンダルを起こしたタレントは少なくない。不倫騒動から事件になったケースまで、さまざまだが、アンジャッシュ渡部建(49才)、極楽とんぼ山本圭壱(54才)、高畑裕太(28才)、小出恵介(38才)らは、長期の活動休止を経て復帰したもののいずれも騒動前よりも大幅に露出を減らしている。 違法薬物で逮捕された芸能人の中には、あっさりと仕事に復帰する例もあるが、性スキャンダルの場合はなぜ復帰が容易でないのか。ベテラン芸能記者の石田春男氏は、こう分析する。「いささか乱暴な理屈ですが、違法薬物には明確な被害者が存在しないのは大きいでしょう。罪状によっては実刑を食うこともある重大犯罪なのに、『プレッシャーから逃れたかった』『人気が落ちて辛かった』『疲れが吹っ飛ぶと言われて…』といった言い訳が同情を買うケースさえあります。 しかし性スキャンダルの場合、被害者がいるケースがある。その場合、たとえ罪を償ったとしても、被害者のトラウマは一生消えないわけで、世間から同情されたり理解されたりする余地はゼロ。いくら『深く反省しています』と言い訳しても、他人の尊厳を踏みにじる行為をした人間を許すほど世間は甘くありません。 もう1つ大きいのがスポンサーの存在。スポンサーは、性スキャンダルを起こした人間を使うことは到底許容できないでしょう。近年は視聴者の目が極めて厳しくなっており、問題を起こした芸能人を起用すると、当該人物のみならず制作関係者にも火の粉が降りかかり、さらにスポンサーにもクレームが行きます。そもそも芸能界で活躍したいと願う人間など山ほどいるのに、わざわざリスクがある人間を使う理由はありません。性加害の告発がこれだけ続くなかで、そうしたムードは一層強まっています」(石田氏) 現時点で告発の対象になっているのは映画界の人間ばかりだが、テレビ局や音楽業界でも似たようなことをやってきた人物がいるとの証言も出てきている。海の向こうでは「#Me Too」が大きなうねりとなったが、日本の芸能界も数年遅れでその動きが本格化することになりそうだ。
2022.04.05 16:00
NEWSポストセブン
性加害が報じられている園子温監督
性加害報道の園子温監督 事務所は被害内容に触れず「お詫びページ」掲載していた
『愛のむきだし』や『冷たい熱帯魚』、『地獄でなぜ悪い』などの作品を世に送り出し、海外でも高く評価されてきた園子温監督(60)による“性加害”疑惑が報じられた。『週刊女性』の報道によると、園監督は「仕事をあげる」というのを誘い文句にして女優たちに関係を迫ったという。園監督は同誌の電話取材に「ありえないですね」などと回答し、報道内容についての詳細なコメントはしていないものの、日本の映画界では映画監督の榊英雄氏、俳優の木下ほうかによる若手女優への性行為の強要が報じられたばかりだけに、注目が集まっている。 一方で、園監督の映像製作会社「シオンプロダクション」は4月1日、何の件についてかは触れていないものの《平素は格別のご高配を賜り誠にありがとうございます。関係者各位の皆様にご迷惑とご心配をおかけしてしまい、心よりお詫び申し上げます。事実関係を整理して、改めて発表いたします》と、コメントを発表している。 園監督は破天荒なキャラクターで有名だった。2013年には『アウト×デラックス』(フジテレビ系)にゲスト出演。同番組では、「童貞を捨てたくて17歳で家出した」というエピソードを披露していたが、「オンエアできない」と判断されてカットされた部分も多かったらしい。2013年10月の『週刊プレイボーイ』のインタビューでは、園監督自身がその内容についてこう明かしている。〈小学校3年生のときに“キミは将来、ジャンキーになりそうな資質を持っているから”とじいちゃんが言い出し、英才教育とでもいえばいいのかな。いわゆるドラッグの経験をさせられたんです〉 同インタビューの中で園監督は〈いろいろありましたよ、そのときどきで。経験していないのは殺人と本気のレイプだけ〉とも告白している。雑誌の取材に対し実際以上に露悪的なリップサービスをした可能性はあるが、そうした発言も、また彼の印象を形作っていたと言える。 映画監督としては、スパルタで知られていた。『紀子の食卓』(2006年)で園監督に才能を見出された女優・吉高由里子(33)が、過酷な現場について『文藝春秋』(2014年8月)のなかでこう語っている。〈何度も何度も「死ね!」とか「止めちまえ!」とか罵倒されて。(中略)二十テイク、三十テイクは当たり前で、風呂なんか入らないで現場に出ろ、と言われたこともあった。それほど追い込まれてもうまく演技ができないことが余計に悔しくて、一人で涙を流したこともありました〉 吉高はこの作品でヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。園作品の出演を機に芸能界で花開いたことは間違いない。数々の話題作を世に送り出し、才能ある女優たちを見出してきたことはこれまで評価されてきただけに、映画業界の関係者は今回の報道にショックを隠せない。「名作を多数生み出してきたことは事実ですし、今でも園監督の作品に出たがる役者も大勢います。なので業界内では『監督は良い映画を作りたい一心なんだ。昔気質の監督だから仕方ない』と見られていたところもあります。しかし、今回の報道が事実なら……」(映画業界関係者)新たなMeToo運動につながる可能性 園監督自身は、2018年に出版したエッセイ『獣でなぜ悪い』(文藝春秋)で、〈俳優をまずひとりの人間として見て、その存在を尊重することが大切だと思っている〉と持論を展開している。 同著では〈彫刻家の前でモデルが「脱げません」と言うのがおかしいように、俳優が「脱げない」と言うのはおかしい〉ともつづられている。園監督の“脱げる女優”へのこだわりは業界内でも有名だった。「『裸になれないなら、女優としての資格はない』という考えを公言していました。また、『(女性は)使えるものを使って何が悪い』とも発言しています。当時は、『それくらいの覚悟を持った役者と仕事をしたい』というある種のたとえ話として受け止めていましたが、今回の報道によって“女優としての覚悟とはそういうことだったのか”と違和感をもって受け取る人、見え方が変わった人も少なくないでしょう」(前出・映画業界関係者) あくまで芝居の中でなら、裸になるかどうかは演出や表現の話だ。それが、この映画業界関係者が言うように「見え方が変わる」というのは、今回の報道でまた有名監督と若手女優との間にある大きな立場の違いが浮き彫りにされたからだろう。 映画業界に限らず、芸能界ではキャスティングに強大な権限を持つ男性が、出演を希望する若い女性たちを性的に搾取しやすい環境があったことは否めない。法務省のワーキンググループにて専門家からのヒアリングで提出された「性暴力の被害経験に関する質的調査報告」でも、〈加害者は被害者よりも社会的地位が高い〉ことや〈女性は従順さをよしとする、人間関係で波風を立てるべきではない(という)文化規範〉が、暴力を伴わない「エントラップメント(罠)型の性被害」の促進要因になると指摘されている。 2017年、アメリカ発の#MeToo運動では、それまであまり声に出せなかった被害者たちから多くの性加害の実態が明かされ、やはり「大きな権力を持つ男性と、立場の弱い女性」の関係の中で起きた事例が数多く取り沙汰された。園監督に関する報道の真相はまだ不明だが、榊英雄監督、木下ほうかに続く告発だけに、これが新たな#MeToo運動につながるかもしれない。
2022.04.05 12:02
NEWSポストセブン
園子温監督が見たものとは…
園子温監督 1分間の心肺停止時に感じた「銀河系のような美しい映像」
 人は死んだらどこにいくのか──人類にとって永遠の疑問である「あの世」の正体を解き明かすカギのひとつに、臨死体験がある。生死の境をさまよい、現世に帰還した者たちが、その時に見た不思議な光景を明かした。「娘が生まれた2日後に、僕は死んじゃったんだ」 和風のアトリエで本誌週刊ポストの取材にこう語るのは、『冷たい熱帯魚』『ヒミズ』などの作品で知られる映画監督の園子温氏(60)だ。園氏は2019年2月7日、心筋梗塞で都内の病院に緊急搬送された。その2日前には妻で女優の神楽坂恵(40)が長女を出産したばかりだった。担架に乗って集中治療室に運ばれるまでは意識があったが、緊急手術でカテーテルを目にした途端に意識がフッと遠のいた。その直後、目の前に不思議な光景が広がったという。「前も後ろもなく、ただただ気持ちのよい空間を漂ってたんだ。何とも表現のしようがないけど、あえて言うなら、銀河系のようなすごく美しい映像に包まれる感じ。視覚的な映像ではないんだけど、魂で美しさを感じていたんじゃないかな。スピリチュアルな美しさだった」(園氏) その間、現実世界の園氏は1分間にわたって心肺が停止していた。「ハッと気づいたら、しみったれた汚い天井が見えた。なんだ、僕はついに地獄に堕ちたのかと思ったら、集中治療室の天井だったの。そんなに古臭い病院じゃなかったんだけどね。あっちがキレイすぎたんだ。僕は集中治療室で寝転がって上を向いて、1分間だけ確かに死んでいた。そしてこの世に戻ってきたんだ」(同前) 長女の出生届と自分の死亡届が同時に出ていたかもしれない──そんな危機を間一髪でくぐり抜けた園氏は、悟ったように語った。「ひとり生まれたから、ひとり死なないといけなかったのかもしれない。僕は前世研究家でもあり、人生はすべて地続きで死んだら次の人生が待っていると信じるけど、臨死体験で見た宇宙はこの世のモノとまるで違っていた。昨年12月にZOZO創業者の前澤友作さんが宇宙に行ったけど、ロケットで行けちゃう宇宙と臨死で体験する宇宙は全くの別物だよ」(同前) 昨年末に公開された『エッシャー通りの赤いポスト』は、園氏が臨死体験をした後にメガホンを握った作品だ。園氏は「この作品と死後の世界は関係ない」と語るが、臨死体験で死が身近になったのは確かなようだ。「輪廻転生を信じている僕でも、死があんなにも唐突に訪れるということを、本当の意味ではわかっていなかった。あのときはそれを身体で理解しちゃったワケだから。死はすぐそばにあると実感したし、それが気持ちいいことだってこともわかったから、早く死にたいくらいだよ」(同前)※週刊ポスト2022年3月4日号
2022.02.21 16:00
週刊ポスト
ハリウッドデビューの園子温監督「いつか永井豪作品を撮りたい」
ハリウッドデビューの園子温監督「いつか永井豪作品を撮りたい」
 漫画界の巨匠・永井豪氏は『デビルマン』『ハレンチ学園』『マジンガーZ』『キューティーハニー』など数々の代表作を持つ。その永井氏からの影響を公言している映画監督の園子温氏は、年内公開予定の映画『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』(主演ニコラス・ケイジ)にてハリウッドに根城を移すという。永井氏と園氏が、日米における表現方法の違いや、時代の変遷に伴う表現の自由について語り合った。園子温:今の僕は自分のやりたい表現をアメリカ人プロデューサーとやり合わなければいけない、59歳のルーキー監督ですよ。永井豪:あちらの方が表現の自由はありますか。園:なんとも言えませんね。日本の方がゆるいはずなんですけどね。いまでは名作と呼ばれた『風と共に去りぬ』がダメと言われています。最近、向こうであの時代を描こうとしたら黒人の貴婦人が出てきたりして……。設定が無茶苦茶になっていることもあります。永井:過去に遡って否定を始めると、歴史の歪曲にもなりますね。園:映画も漫画も、悪役を描くのが難しい時代になりました。悪玉が悪いことをする場面が描けないとなると、漫画も映画も成立しません。永井:話が作れなくなっちゃう。露骨な表現があったとしても、それは著者の意見ではない。そこはみなさん、区別してもらわないと。劇中のキャラクターがしゃべっていることまで、作者の意見だと言われたら、もはや何も作れませんね。園:はい。永井:しかし、ハリウッドの現場は興味深い。向こうにはいいアクションスターがいますでしょ?園:こないだ撮り終えた作品では、ソフィア・ブテラがいいアクションをしてくれました。永井:彼女を撮ったんですか? 知ってますよ、『キングスマン』で義足をつけた殺し屋をやっていた女優でしょ。もともとはダンサーで。園:お詳しいですね。ええ、キレッキレでした。いい画が撮れました。永井:彼女がニコラス・ケイジさんと戦うの?園:女忍者と戦います。ニコラスは股間に時限爆弾をつけていて、エロいことを考えると爆発する設定です。明治維新がなくてそのまま現代になだれ込んでいるという荒唐無稽な時代背景で、侍が生きているのに、バイクが走ってて、花魁はスマホを持っていて、悪玉はセクハラします。永井:はははははは! それはすごい状況を考えましたね。園:僕は小さい頃から永井豪先生の世界で生きているから(笑い)。永井:早く観たいなあ。園:日本人の廃墟の街があるんですけど、原爆ドームそっくりのセットを作ったんです。時計塔は原爆が落ちる1分前で止まっている。アホな娯楽映画なんですけど、そういうのは忍び込ませるというか。永井:楽しみですね。ニコラス・ケイジさんはいいひとですよね。日本の漫画のファンで。園:そうなんです。とても詳しいです。永井:彼は人間大のマジンガーZを二体も買ってくれましてね。一体100万円のやつね。園:大の日本アニメファンですからね。彼が今ここにいたら「GO NAGAI!? ワオ~」って大変なことになりますよ。エキサイトしちゃって、バンバン企画が決まりますよ(笑い)。園監督「『あばしり一家』を撮りたい」園:ふと思ったんですが、僕は先生のお歳まで映画を撮っているのかなあ。永井先生はバリバリお描きだけれど、僕は逆にスッキリして、ピンク映画を撮っているんじゃないかな。永井:(笑顔)園:やるべきことは全部終わっちゃってて。それまでに、ハリウッドの奥の院を目指して。すげえ権力を得たら、「『あばしり一家』をやってみないか」とアメリカ人プロデューサーに言ってみたいです。いつか、永井先生の作品を撮りたい。子供時代に強烈にパワーを浴びたから。永井:何歳だなんてどうでもいい話ですよ。僕は今でもすぐに描きたくなっちゃう。ただそれだけで。変わらないです。園:すごい精力的に仕事をされている。永井先生はデーモニッシュですね。その魔的なパワーを僕も欲しいです。永井先生のおかげで、どんどんデーモニッシュな方に惹かれていくのが習い性なんで(笑い)。永井:ぜひぜひ、惹かれていただいて。『あばしり一家』をハリウッドで撮ってください! 撮影現場を見学に行きます。園:ぜひ。『マッドマックス』みたいな感じで(笑)。永井:僕もまだまだ、描いていきます。現実を描くのは好きじゃなくて、未来はどう広がりができるかなと考えて作りますから。もしかしたら、こういう時代がくるかもしれないという希望を込めて、こうなったら面白いな、面白がれるだろうな、という世界を描こうと思います。園:新連載の『柳生裸真剣(やぎゅうらしんけん)』も向こうで楽しみに読みますね。【プロフィール】永井豪(ながい・ごう)/1945年(昭和20年)9月6日、石川県生まれ。石ノ森章太郎のアシスタントを経て、1967年『目明しポリ吉』でデビュー。『デビルマン』『キューティーハニー』『マジンガーZ』などを漫画とアニメの両方で大ヒットさせるなど、漫画文化への貢献は絶大。現在は「ビッグコミック」で古今東西の怪奇秘話をギャラリー形式で描く『幻想怪画』を連載中。最近観た映画は『ビバリウム』と『ノマドランド』。最新作『柳生裸真剣(やぎゅうらしんけん)』を「週刊ポスト」にて連載中。発売中の「ビッグコミック」11号には、手塚治虫の名作とコラボした『永井豪版ばるぼら』第2弾も掲載されている。園子温(その・しおん)/1961年(昭和36年)12月18日、愛知県生まれ。17歳で詩人デビュー。街頭パフォーマンス集団「東京ガガガ」を主宰しながら映画を撮る。代表作に『紀子の食卓』『冷たい熱帯魚』『ヒミズ』(永井豪のお気に入りは『ひそひそ星』)。吉高由里子、満島ひかり、二階堂ふみなどの女優を世に出した。今年公開予定は『エッシャー通りの赤いポスト』と『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』の二本。
2021.05.12 16:00
NEWSポストセブン
漫画界の巨匠・永井豪氏「女性ヒーローへのこだわり」を語る
漫画界の巨匠・永井豪氏「女性ヒーローへのこだわり」を語る
『デビルマン』『ハレンチ学園』『マジンガーZ』『キューティーハニー』など数々の代表作を持つ漫画界の巨匠・永井豪氏。その作品は、多くの映画監督やアーティストたちに影響を与えている。永井氏からの影響を公言しているのが、『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』などで知られる映画監督の園子温氏だ。永井氏と園氏が、6年ぶりとなる対談を行なった。園子温:永井先生の作品の魅力は、昔から女性が強いところですよ。『ハレンチ学園』にしても『あばしり一家』にしても。今でこそハリウッドも、マーベルが『ワンダーウーマン』などを撮ってますけれども、ずっと前からテーマにされている。永井豪:そうですね。僕の作品は最終的には女性が勝つし。園:そう、悪者が女性に倒される。そこが優しいしセクシーだった。それって時代として早すぎたんですか。永井:女性ヒーローものの走りは作ったと思いますよ。『あばしり一家』を少年チャンピオンで連載するとき(1969年)、僕が「女性を主人公にしたい」と言ったら、「少年誌で女性主人公は成功しません、名だたる大先生たちが失敗しました」と言われた。でも、僕は新人なのに、「僕は永井豪なので成功します」と言い返したんです(笑い)。園:おおお!永井:それで『あばしり一家』は人気が出たから文句がないだろうと、ヒロインの菊の助を大活躍させていった。その延長に『キューティーハニー』の誕生があるんです。園:時代の先を行ってますね。永井:「週刊ポスト」で新連載を始めた『柳生裸真剣(やぎゅうらしんけん)』でも、女性ヒーローを主人公にしました。(三代目将軍・徳川家光の剣術指南役だった)柳生十兵衛は女だった──という設定です。50年前に描いた『ハレンチ学園』のヒロイン・柳生みつ子のあだ名が「十兵衛」だったので、いつか本当に“女十兵衛”の作品を描こうと思い続けてきました。園:では、構想50年ですか! 『ハレンチ学園』の遺伝子を継いだ新連載なんですね。永井:半世紀越しに願いが叶いました。連載第一回目のカラーページは、コンピューター上で色を付けています(と、原稿を見せる)。園:おお、すばらしい裸! これまた実写映画化が難しいやつだ(笑い)。映画監督なので、この漫画を実写にしたら……と想像するのが習い性ですが、先生の作品は破天荒で、ヌードが多くて……(笑い)。それにしても、この女性、ずいぶんとたくましいですね。永井:柳生十兵衛は、三代将軍家光の剣術の師匠ですが、15歳から小姓になって、20歳の時に突然、江戸城から逃げちゃうんです。それから10年くらい、十兵衛の消息は途絶えます。ここまでは史実だけど、この間に何があったのか、史料を調べてもわからない。消えていた間は「隠密」をしていたんじゃないか、とかいろんな推測があるんですけれども……。園:作家としての想像力がふくらむところですね。永井:そうそう。そこで僕は、女十兵衛が家光に襲われて、十兵衛は家光を倒して逃げていた……という設定にして描いてみたんです。家光は恥をかかされた怒りが高まりますが、とはいえ、手を出そうとしたことを知られてはいけない、という思いが交錯します。家光は徳川忠長(弟)と争って将軍になっていますから、もともと地位が危うい人で、城下に弱みを見せられない。だから、口封じのために暗殺者を送り、十兵衛は追っ手から逃げながら旅をする――というストーリー展開にしました。園:いやあ、面白そうです。永井:我ながら、説得力のある設定を作れたな、と思っています。漫画と映画の「表現方法」の違い園:永井先生のお話を伺っていて、やっぱり漫画は羨ましいと思います。永井先生が登場人物に『今回はぜんぶ脱いでもらうぞ!』といえば、『わかりました』と脱いでくれますよね。永井:はははは、そうですねぇ。園:僕の仕事はそうはいかないからなあ。永井:生身の俳優さんみたいに抵抗しませんからね。園:わかっているんだけれども。当たり前なんだけど、漫画はすごい自由だなあと一時期考え込んじゃいましたよ。(再び、手元の原稿を見ながら)永井先生、十兵衛はいきなり服を脱ぎ始めますが、これは……?永井:それはびっくりさせるため。園:不意打ちですね。敵も、読者も(笑い)。永井:ええ、どんどん描いていこうと思っています。危ないところをうまく隠していただければ、実写化できると思います(笑い)。園:ええ(笑い)。今、日本のアクション女優さんですごい人ってなかなかいらっしゃらないじゃないですか。千葉道場にいた志穂美悦子さんしか、思い浮かばない。やるとしたら……、やっぱり、志穂美さんかなぁ。永井:アメリカで撮っていただいてもいいですよ、アメリカ人キャストで(笑い)。【プロフィール】永井豪(ながい・ごう)/1945年(昭和20年)9月6日、石川県生まれ。石ノ森章太郎のアシスタントを経て、1967年『目明しポリ吉』でデビュー。『デビルマン』『キューティーハニー』『マジンガーZ』などを漫画とアニメの両方で大ヒットさせるなど、漫画文化への貢献は絶大。現在は「ビッグコミック」で古今東西の怪奇秘話をギャラリー形式で描く『幻想怪画』を連載中。最近観た映画は『ビバリウム』と『ノマドランド』。発売中の「ビッグコミック」11号には、手塚治虫の名作とコラボした『永井豪版ばるぼら』第2弾も掲載されている。園子温(その・しおん)/1961年(昭和36年)12月18日、愛知県生まれ。17歳で詩人デビュー。街頭パフォーマンス集団「東京ガガガ」を主宰しながら映画を撮る。代表作に『紀子の食卓』『冷たい熱帯魚』『ヒミズ』(永井豪のお気に入りは『ひそひそ星』)。吉高由里子、満島ひかり、二階堂ふみなどの女優を世に出した。今年公開予定は『エッシャー通りの赤いポスト』と『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』の2本。
2021.05.11 16:00
NEWSポストセブン
若松孝二監督(時事通信フォト)
荒井晴彦、森達也、白石和彌、井上純一が語る「若松孝二」【ミニシアター押しかけトーク隊第6回】
 コロナ禍で苦戦する全国の映画館を応援しようと、4人の映画人がオンライン・トークショーを行っている。『ミニシアター押しかけトーク隊「勝手にしゃべりやがれ」』と題したイベントでは、賛同した劇場で上映された作品について、荒井晴彦(脚本家、映画監督)、森達也(映画監督、作家)、白石和彌(映画監督)、井上淳一(脚本家、映画監督)の4氏がオンラインで縦横無尽に語る。その模様は、上映直後の映画館の観客が観覧できるほか、YouTubeでも公開されているが、ここではそれを活字化してお届けします。今回の作品は、森達也氏以外の3人も深くかかわった若松プロダクションの青春群像劇『止められるか、俺たちを』。今回はその後編です。(文中一部敬称略)その辺の灰皿を取って頭にポーン井上:さっきの、造反して赤バスから足立正生さんを追い出したその後の話をしてくださいよ。若松プロ史観では結局、赤バスを乗っ取ったけど、どうにもならずに埼玉の空き地に乗り捨てて、ずっとあちこちに逃げ回っていて、プリントもどこに行ったかわからなくて、東京に戻れないから軽井沢のラーメン屋で働いていたという。森:それって連合赤軍のエピソードにちょっと通じるよね。彼らも転々と山岳ベースやアジトを行き来しながら、東京でラーメン屋で働いたりしていたらしい。荒井:若松さんの命令で日本刀を持って日芸の芸闘委の行動隊長だった岩淵進が博多に来るという情報があって、鉄パイプ用意して待ってたんだけど来なかった。で、東京戻ったら若松プロを襲撃するかという案も立てたの。でも新宿で遭遇するのもいやだなと思っていた時にバスに乗っていたひとりが軽井沢で住み込みでラーメン屋をやらないかという話をもって来た。それに乗って斉藤博と4人かで行ったんだ。ラーメン屋とあさま山荘の間に、セブンツーという大きなゴルフ場があって、ある日、黒いベンツが2台止まったんですよ。そこで斉藤に「俺、やくざ嫌だから、やくざだったら断れ」って言ったの。そしたら入って来たのが若松孝二なんですよ。ゴルフ場帰りで。後年、連合赤軍の映画を撮る人が事件から半年くらいに隣のゴルフ場でヤーさんとゴルフをやってたんだよね。一瞬、固まったな。森:それって偶然?荒井:偶然。それで向こうも、あいつら、こんなところで落ちぶれてラーメン屋をやってんのかって思ったらしいんだな。同情心が湧いたらしい。こっちは固まってどうしようと思っているのに。そしたら、「荒井、ちょっと来い」って言って、殴られるかと思ったら、こっそり耳打ちするんだよ、「あの連中、ヤーさんで金持ってるからボッていいぞ」って。「若松さん、ラーメンでどうやってボルんですか」って聞いたら「つまみ出してつまみで金のせろ」とか言って(笑)。井上:だって若松さん、荒井の腕を取るってゴールデン街を日本刀をもって歩いていたんでしょ。そうやって言いながら若松さんらしいエピソードだよね。荒井:メンマとチャーシューのつまみで少しボったけどね(笑)。白石:それでラーメン屋はそのタイミングでやめたんですか。荒井:いやシーズンの商売だから軽井沢に赤とんぼが飛ぶようになって、どうしようかなと思っていたら、若松さんが「帰って来い。助監督いないから」と。それで斉藤博が先に帰って、俺はギリギリまで粘っていたんだけど、帰って、それで若松さんは『濡れた賽の目』(1975年公開)を撮るんだよ。要するに足立さんがいないからホン書く奴がいないから書けって。この間、ネガが見つかったんだから、イベントをやる時に上映すればいいのに。プリント焼く金出しても日活のプリントになっちゃうんだから、日活から買い戻せばいいんじゃないの。日活が持っていてもしょうがないんだから。そしたらDVDにもできるし、商売にしようがあるじゃない。井上;当時だから脚本は出口出のクレジットですよね。そしたら荒井晴彦の幻のデビュー作っていう売りにしても大丈夫ですか。荒井:いやあ、それは恥ずかしいな。井上:森さん、その『濡れた賽の目』ってまだ状況劇場にいた根津甚八さんの初主演作なんですよ。森:唐十郎さんが監督した『任侠外伝 玄界灘』(1976年)で、スクリーンに映る根津さんを初めて観ました。それが根津さんの映画デビューだと思っていたけれど、その前に若松さんが撮っていたんですか。荒井:初めてなんじゃないかな。で唐さんにギャラ百万とか言われて、「吹っ掛けすぎじゃないの、喧嘩しよう」って言って、若松さんと二人で、唐十郎をゴールデン街中さがして、結局ふたりで酔っ払って倒れてたけど。井上:しかも『濡れた賽の目』は1972年に撮っているんでしょ。製作費がかかりすぎてオクラになっていたんですよね。荒井:何かの裏ルートで日活に買ってもらったんだよ。白石:ますます見たいなあ。荒井:しかも日活では田中登の『秘色情めす市場』(1975)の併映だったんだよ。もう、失礼しましたっていう感じで、俺、打ちのめされました。森:『秘色情めす市場』は圧倒的な傑作です。そういえば小室等さんから、ゴールデン街で状況劇場と天井桟敷が毎晩のように喧嘩していた話は聞いていたけれど、若松孝二もそこにいたのか。井上:若松プロと状況劇場もけっこうやっていたらしいですよ。荒井:足立さんが空手をやっているからね。森:足立さんも喧嘩っ早いんですか。荒井:けっこうやっていたんじゃないかな。井上:でも若松さんって意外に喧嘩やってないんですよね。森:崔洋一さんが、本気で喧嘩したら一番怖いのは、俺でもゴジでもなくて若松さんだって言ってた。荒井:うまいんですよ。道具を持つのも。飲み屋で呑んでて、すっとその辺の灰皿を取って頭にボーンと行くからそれは勝ちますよ。先手必勝って言っていたけどね。喧嘩ってそうなんだって。森:それはたしかに実戦的だ。白石:それはもうやくざの喧嘩の仕方ですよ(笑)。井上:荒井さん、「若ちゃん」と言えるようになったのはずいぶん後年って言っていましたけど、『濡れた賽の目』の頃、脚本家と監督の関係になってからもやはりずっと怖いと思っていたんですか。荒井:怖いよ。俺はいじめられてたの。だって赤バス事件のしこりみたいなものがあったし。『濡れた賽の目』の時は、断崖絶壁で有名な親不知・子不知ロケをやろうということにした。そういうホンを書いたんだけど、若松さんは新潟の直江津か糸魚川まで当時、特急で行くわけだよ。ところがこっちはガイラたちと夜中じゅうハイエースに乗って行くわけ。でやっと着くと、「撮影できるかどうかちょっと見て来い」と言われて、崖を降りてくわけだよ。ちょうど満潮で波に追っかけられてるのを見て、若松さんは上で笑ってんだよ。俺がずぶ濡れで上がってくと「どうだ、あそこで撮れるか」って聞くから「いや、撮れません」っていうと「わっはっは」て笑ってね(笑)。井上:今ならパワハラで訴えて勝てましたね(笑)。荒井:それでメシになると女中さんをわざわざ呼んで「こいつらには漬物とごはんのおかわりだけあればいいですから」って言って、ガイラだけはこの時カメラマンだったから特別扱いで、別室で根津たちとカニとか甘えびの刺身なんかを食ってんだよ。わざとそういうことをやるんだよな。井上:荒井さん、48年も前なのに、甘えびのことなんかよく覚えていますね(笑)。白石:ディテールがすごいですね。荒井:で、せっかく日本海撮りに来たのに、雨なんだよな。2日待ったかな、若松さんは、もう我慢できなくて、千葉の大原行こうって。俺が、日本海と太平洋じゃ海の色が違うって言ったら、海は海だって。井上:昨日もこの劇場で新さんと白石、井上でトークをやったときに、ほかの時代の若松プロを描きませんかっていう質問が出ていたけれども、荒井さん、赤バスのその後を書いてくださいよ。荒井:だって白石とか井上ってそういう目にあったことがないんじゃないの。白石:ぼくは立ち回るのがうまかったですからね。「これ喰えるようになるまで、がんばるんだぞ」井上:ぼくがいたときは若松さんが超低迷期だったからそんなに作品がなかったですからね。ぼくが入ったときは若松さんが49歳の時だから、それなりに丸くなっていたと思いますよ。あの頃って若松さん、ほんとうに助監督を蹴っていました? ぼくたちはそんなこと全然なかったですけどね。荒井:うーん、おれも電話の受け答えが悪いっていうんで蹴られそうになったことがあったな。井上:だってあの人、ひとが電話を受けるのきらいですからね。自分でぜんぶ受けちゃう。荒井:事務所でメシ食う時なんか同じものを食ってた?井上:ええ、ぼくたちの頃は。若松さん自体もそんなに金がなかったから、若松さんがメシをつくってみんなで食べていましたよ。荒井:あの頃は自分は鰻重を食って、おれとかめぐみはラーメンとかさ。それで「うまいなあ、お前ら、食いたいだろ。これ喰えるようになるまで、がんばるんだぞ」なんてうるさいんだよ(笑)。だけど、そのころ、鰻なんて食べたことなかったら、ラーメンでいいやと思ったけど。白石:でも今の話を聞いていても荒井さんがいた頃の若松プロって楽しかったろうなと思いますよ。荒井:そうだよ。お坊ちゃんがエライ目にあったんだから。白石:でもある意味、修業時代のそういうワイワイしていた時間って貴重な時間で、荒井さんもそうですし、足立さんがいたときもめぐみさんもそうだったと思うんです。荒井:やっぱり愛憎こもごもですよ。このやろうって思うのとさ。井上:師弟って難しいんですよね。森さんにとってはぼくたちの若松プロみたいなものってあったんですか。森:そこに匹敵するものは全然ないですね。ぼくはテレビも遅れて入ったし、映画も遅れて入っているし、ぜんぶ遅れてるから修業時代がないんです。だから基礎もぜんぜんつけないままで知ったような顔をしてやっているっていうのが常にあって、内心はいつもひやひやしてるんだけど。そういう感じでここまできちゃったんで。しいて言えば、テレビ時代に師匠みたいな人は一人いましたね。編集しながら、もう一人のディレクターと「このカットを入れたらテレ朝のプロデューサーは喜ぶから、こうしようか」なんて言っていたら、いきなり後ろから蹴られて、「お前ら、誰のためにつくってるんだ!」って怒鳴られたり、というようなことは多少ありましたけど、それぐらいかな。井上:それは名前を聞けば誰でも知っているようなドキュメンタリーのディレクターだったんですか。森:千秋健さん。ドキュメンタリージャパンの生え抜きのメンバーです。井上:森さん、劇団時代はそういうのはなかったんですか。森:ああ、二十代は演劇やっていたけど、あんなの全然中途半端ですよ。井上:だって、森さんは本来は『夢みるように眠りたい』(1986年・林海象監督)の主役だったんですよね。森:……詳しいですね。井上:病気になって佐野史郎さんに変わったんですか。森:うん。二十代はずっと芝居をやっていて、27、8の時に林海象がお金を集めてデビュー作を撮るぞっていう話になって。海象とはそのころ、一緒にアパートに住んだりとかそういう時期もあったりしたんです。で、海象に「どんな映画って」聞いたら、「サイレントでモノクロ」っていうから、内心は絶対にヒットしないと思いながら、「主演なら出てやるよ」みたいな感じだったのだけど、クランクイン直前に、病気じゃなくて猫にひっかかれて傷から菌が入って太ももが二倍くらいに腫れちゃったんです。高熱でまったく動けない。阿佐ヶ谷の河北病院に運ばれて、最初は骨膜炎で足を切断するかもって言われたけれど、結局は蜂窩織炎って診断された。白石:それ、エピソードが秀逸ですねえ(笑)。森:で、点滴しながら病院のベッドに寝ていたら海象が青ざめてやってきて、「森君、美術は木村威夫さんに依頼して撮影は長田勇市さんで他の役者さんもみんな抑えてしまったから、リスケはもうできない」って言われて、まあそれはそうだろうなと思ったし、そんなにその作品に執着してなかったから、「いいよ。代役はいるの」って聞いたら、「状況劇場をやめたばっかりの佐野史郎君がいる」っていうから、「ああ、いいんじゃないの」って答えて、そうしたら映画はヒットして佐野君がブレイクしちゃって。自分には演技力が致命的にないということは何となくうすうす気づいてはいたんです。でも演技力もないし運もないんだって気づいて、こりゃあどう考えてもダメだろうと。それで役者をあきらめたんです。井上:それじゃあ、もしかしたら森さんが「ずっとあなたが好きだった」の冬彦さんをやっていたかもしれないんですね(笑)。森:それはない。やっぱり佐野さんだからヒットした。白石:いやあ、人生、面白えなあ(笑)。井上:荒井さん、もう一個、この映画をつくる時に言ったのは、今、レジェンドって言われる人たちはなんだかんだ言ってもこの業界に残っていて、カッコ付きの勝ち組、負け組みたいに言えば、自分の立ち位置を得た「勝ち組」じゃないですか。この映画はめぐみさんを描いていることもあるけれど、才能や経済やなんやかやのせいで夢破れた、死屍累々の「負け組」側で行こうよっていうのはずっと言っていたんです。荒井さんが若松プロにいた何年かだって多くの人が通り過ぎたわけだけど、けっこうそっち側の人っていたんですか。荒井:いや、そんなにいなかったな。何人かはいるけど。いつの間にか、来なくなるんだよ。金払ってるわけじゃないしね。若松さんの甥っ子みたいな人もいたからね。後年のほうが井上みたいな志願者はいっぱい来ていたんじゃないの。井上:どうだろう。でもぼくがいた5年間で7、8人ぐらいでしょ。白石のときはどれぐらいだった?白石:でも5人ぐらいですかね。若松さんも本数撮ってなかったんで、ほんとうに1年半で1本ぐらいなんで、助監督を受け入れる余地がないんですよね。荒井:俺がいなくなってから何となく空白みたいな感じがあったんじゃないかな。それから高橋伴明が来ていたのかな。高橋は「赤-P」のことで俺の側に立って、若松さんとケンカして、それから仲良くなったらしい。それまで太和屋(竺)さんとか足立さんだ、沖島勲さんだ、ガイラだ、秋山だっていろいろいたじゃない。だから、そのころ佐藤重臣が俺のことを「若松プロの最後のスター」っていうふうに書いたことはあるけど、そのころ、ブランクっていうか仕事はあまりなかったよね。新幹線の入場券で東京に付いていったら森:今さらの質問だけど、井上さんと白石さんはなぜ若松プロの門を叩いたんですか。井上:ぼくは高一の終わりに石井聰亙の『爆裂都市 BURST CITY』(1982年)を見に行ったら、併映の『水のないプール』がすごくよくて、あの頃はまだレンタルビデオもなくて、愛知県の田舎の映画青年はあまり映画を見てなくて、それで結構衝撃受けて。そして高二の夏に『若松孝二・俺は手を汚す』(ダゲレオ出版)という若松さんの自伝を読んだら、俺はこんなにいっぱい映画を撮ってる、こんなにも時代と切り結んでやってる、こんなにも社会と闘っているって書いてあって、もうぼくはバカだから完全に影響されて、東京へ行ったら、絶対に若松プロの助監督なるぞって思っちゃったんです。 もっとバカなことに高二の終わりに若松さんが名古屋にシネマスコーレという映画館を作って、浪人の時に夏期講習をさぼってそこで映画を見ていたら、若松さんが何の予告もなしで舞台あいさつで入ってきたんですよ。それでこの機会を逃しちゃいけないと思って、「弟子にしてください」って言って新幹線の入場券で東京へ付いていったら、若松さん、これはまずい、追い返さなきゃいけないと思って、「お前ね、うちは給料は払わない。その代わり、4年で監督にしてやる。今、浪人しているなら大学4年間の間に親の金で生活して、それで監督になればいいじゃないか」って言ったんです。それで引き返してきて、受験して、その翌年から若松プロに行きましたと。森:大学生をやりながら助監督をやれって言われたんですか。井上:そうなんです。給料払えないから親の金で生活しろと。白石さんは?白石:ぼくは映画のスタッフになりたかったんですよね。それで中村幻児監督がやっていた映像塾っていうところに行っていて、そこの顧問が深作欣二監督と若松孝二監督だったんですよ。そこにいる時にまさに佐野史郎さん主演の『標的 羊たちの悲しみ』(1996年)っていう映画なのかⅤシネなのかがあって、それのときに助監督の大日方教史さん、今作のプロデューサーなんですけど、大日向さんひとりしかいなくて、若松さんが困って、誰か手伝える奴いないかっていうんで、ぼくが手を上げて現場へ行ったのがすべての始まりです。ぼくは、若松作品は見ていましたけど、若松プロ以外じゃありえないみたいな感じでは正直なかったんですけど。荒井:あの映像塾から白石以外、誰か映画監督って出ている?白石:どうだろう。誰もいないんじゃないかなあ。監督になった人はいないかもしれないですね。井上:森さんはなんか若松さんとのエピソードはないんですか。森:うーん。佐藤真っていう同世代のドキュメンタリー監督が自殺というか事故死というか亡くなったとき、偲ぶ会を青山の青年会館でやって、そのときにぼくは受付にいたんですね。時間になってセレモニーも始まって、じゃあもう受付をしまおうかなと思ってたら、若松さんが階段を駆け上がってきて。たしかベルリン映画祭に行ってるから、若松さん、来れないよって聞いていたんだけど、ぼくの顔を見て、「真が死んだって、ほんとうなのか? バカヤロー」って言いながら中に入っていって。はっきりじゃないけれど、泣いていたような気がするな。その前にもいろいろ呼ばれたり話したりしていたけど、あれがほんとうに生の若松孝二だっていう感じで、すごく印象に残っています。井上:あと森さんと若松さんと園子温さんでトークをやって、森さんと園子温さんが喧嘩したんですよね。森:喧嘩っていうんじゃなくて、園子温が何度もからんできたから頭にきてこっちもそういう戦闘態勢になったら、若松さんがオロオロっていう感じで、逆にそれが不思議でね。天下の若松孝二がこんなに困ったみたいな感じで「ちょっとトーンを下げようよ」みたいに言ってきたから逆にびっくりしちゃったということはありましたけどね。井上:なんか若松さんらしいなあ。森:そういうところもあるわけでしょ。でもたぶんそれが自分にお鉢が回ってきたら、いきなり灰皿で相手の頭を殴ってくるわけだよね。井上:でもこの映画の取材で足立さんが「若ちゃんはそういう伝説はあるけど、実際にはやらないよ」と言ってました。森:でもどうやって伝説をつくるんだろう、実際にやらないで。白石:一回やったことがすごくいっぱい何回もやったことになっているんじゃないですか(笑)。まったくやってないっていうことじゃないと思いますけどね。井上:荒井さん、こんなに若松さんのことを人前で話したのって初めてじゃないですか。でもどうしてこんなに若松さんを大好きなのに、嫌いだっていうポーズを取り続けちゃったんですか。白石:ほんとうにそうですよ。いい迷惑(笑)。荒井:いやあ、あんまりみんなで神話化するからさ。そうじゃないよっていう。若松孝二という人間は面白いけど、映画は面白くないって言ってるだけだよ。白石:そんなに神話化させているつもりはないですけどね。井上:逆にこの『止められるか、俺たちを』で若松さんが神話じゃなくなったんじゃないですか。本来、こうやって映画になると神話になるはずなのに。それはないですか。荒井:どうなんだろう。あなたなんかを見ていると心酔の仕方というのがね、カリスマ性というのか、そういうのが、ええって思うだけで。あの人の言うことってわかりやすいっていえばわかりやすいじゃない。それがすーっとあんなに役者にしみこむじゃない。あなただったり井浦新だったりさ、それがわりあい不思議でさ。白石:でも、それは慕われていたっていうことでいいじゃないですか。井上:監督として役者にそうやって慕われる言葉を持っていたってすごくないですか。荒井:そうお。井上:そうおって言われると(笑)。白石:じゃあ今度、『火口のふたり』の主演の瀧内久美に荒井さんのこと大好きだってよく言えっていう話をしておきますよ。荒井:いいよ。俺、そういうの困るよ(笑)。なんでこの役者たちは心酔しているんだろう井上:だけど白石までは若松さんは助監督と映画をつくっていったわけですよね。「お前ら、どう思う」とか言って現場でも助監督を怒鳴り倒して、現場をシメるみたいな。でも『実録・連合赤軍』以降、白石が離れてから、若松さんは役者と映画をつくるようになったんじゃないですかね。荒井:なるほどね。だからそれまではそうじゃないんだよ。口うるさいブレーンがいっぱいいたからさ。脚本も映画もそれなりのものになっていた。井上:だから『実録・連合赤軍』で白石と大日方さんが助監督で付かなくなったというのは大きかったのかな。白石:それで新さんとか満島(真之介)さんとかにすごく頼ってそこを起点に映画を作っていたんですよね。荒井:それまではアクションシーンなんかでも最初は作りものを持たせておいて、本番になったら、ほんとうの木刀でやらせるとかね。そうして役者が「痛い痛い」って言うシーンをカメラでまわしたり、処女喪失シーンでも足をつねるとか、そういう演出ともいえないことをやっていた人だから。なんでこの役者たちは心酔しているんだろうなっていう不思議な感じがあるわけです。井上:でもそれは違うと思いますよ。一緒に作っていたということが他とは違う体験だったんじゃないですか。それにやっぱり若松さんには、役者をソノ気にさせる力があったと思いますよ。それだって、立派な演出力じゃないですか。荒井:いやいや、だけど『実録・連合赤軍』で加藤兄弟の一番下の「勇気がなかった」っていう台詞にはあきれる。それが、総括リンチの総括かよって。あさま山荘と似ても似つかない自分の別荘を建て替えるついでに撮影しちゃおうという映画が、なんでヒットしたのかなあ。白石:でも『実録・連合赤軍』から新さんたちと映画つくりが始まったわけで、それでいうと時代を知っている、知っていないという中でのそれまでの演出の仕方とたぶん違ったと思うんですよ。自分が見てきた時代をやってもらっているわけだから。そこでの言葉の持つ説得力とか強さって間違いなくあったはずなんで。それは俳優たちが大丈夫だと言われて、また、映画としてもヒットしたこともそうだし、国際映画祭に行ったり、映画自体もすごく幸せな映画になったことは、彼らにとってもすごくいい成功体験になったんじゃないかと思います。(了)◇構成/高崎俊夫 ◆劇場情報 このトークライブが行われたのは「あまや座」です(於・2020年7月28日)。茨城県那珂市瓜連1243スーパーあまや駐車場内(http://amaya-za.com/)【プロフィール】●荒井晴彦/1947年、東京都出身。季刊誌『映画芸術』編集・発行人。若松プロの助監督を経て、1977年『新宿乱れ街 いくまで待って』で脚本家デビュー。以降、『赫い髪の女』(1979・神代辰巳監督)、『キャバレー日記』(1982・根岸吉太郎監督)など日活ロマンポルノの名作の脚本を一筆。以降、日本を代表する脚本家として活躍。『Wの悲劇』(1984・澤井信一郎監督)、『リボルバー』(1988・藤田敏八監督)、『ヴァイブレータ』(2003・廣木隆一監督)、『大鹿村騒動記』(2011・阪本順治監督)、『共喰い』(2013・青山真治監督)の5作品でキネマ旬報脚本賞受賞。他の脚本担当作品として『嗚呼!おんなたち猥歌』(1981・神代辰巳監督)、『遠雷』(1981・根岸吉太郎監督)、『探偵物語』(1983・根岸吉太郎監督)など多数。また監督・脚本作品として『身も心も』(1997)、『この国の空』(2015)、『火口のふたり』(2019・キネマ旬報ベストテン・日本映画第1位)がある。●森達也/1956年、広島県出身。立教大学在学中に映画サークルに所属し、テレビ番組制作会社を経てフリーに。地下鉄サリン事件と他のオウム信者たちを描いた『A』(1998)は、ベルリン国際映画祭など多数の海外映画祭でも上映され世界的に大きな話題となった。続く『A2』(2001)で山形国際ドキュメンタリー映画祭特別賞・市民賞を受賞。は東日本大震災後の被災地で撮影された『311』(2011)を綿井健陽、松林要樹、安岡卓治と共同監督。2016年にはゴーストライター騒動をテーマとする映画『Fake』を発表した。最新作は『新聞記者』(2019・キネマ旬報ベストテン・文化映画第1位)。●白石和彌/1974年、北海道出身。中村幻児監督主催の映像塾に参加。以降、若松孝二監督に師事し、『明日なき街角』(1997)、『完全なる飼育 赤い殺意』(2004)、『17歳の風景 少年は何を見たのか』(2005)などの若松作品で助監督を務める。2010年『ロストパラダイス・イン・トーキョー』で長編デビュー。2013年、ノンフィクションベストセラーを原作とした映画『凶悪』が、第38回報知映画賞監督賞、第37回日本アカデミー賞優秀監督賞・脚本賞などを受賞。その他の主な監督作品に、『日本で一番悪い奴ら』(2016)、『牝猫たち』(2017)、『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017)、『サニー/32』(2018)、『孤狼の血』(2018)、『止められるか、俺たちを』(2018)、『麻雀放浪記2020』(2019)、『凪待ち』(2019)など。●井上淳一/1965年、愛知県出身。大学入学と同時に若松孝二監督に師事し、若松プロ作品に助監督として参加。1990年、『パンツの穴・ムケそでムケないイチゴたち』で監督デビュー。その後、荒井晴彦氏に師事。脚本家として『くノ一忍法帖・柳生外伝』(1998・小沢仁志監督)『アジアの純真』(2011・片嶋一貴監督)『あいときぼうのまち』(2014・菅乃廣監督)などの脚本を執筆。『戦争と一人の女』(2013)で監督再デビュー。慶州国際映画祭、トリノ国際映画祭ほか、数々の海外映画祭に招待される。ドキュメンタリー『大地を受け継ぐ』(2016)を監督後、白石和彌監督の『止められるか、俺たちを』で脚本を執筆。昨年、監督作『誰がために憲法はある』を発表。
2020.12.06 16:00
NEWSポストセブン
俳優やプロ雀士としても活躍する児嶋一哉(Sports Nippon/Gettyimages)
「児嶋だよ!」再評価の兆し 逆境で光る児嶋一哉の多才ぶり
 お笑いコンビ・アンジャッシュの渡部建(47)が、『週刊文春』で報じられたスキャンダルのため芸能活動を自粛することを発表した。これを受けて相方の児嶋一哉(47)には各方面からエールが寄せられるとともに、芸人としての実力をあらためて評価する声が数多くあがっている。 もともとアンジャッシュは児嶋がスタートさせたコンビだった。彼は1992年に都内で初めてとなるお笑い専門学校「スクールJCA」に入学、翌年にピン芸人としてデビューを飾る。ほどなく相方を探し始め、高校の同級生で当時神奈川大学経済学部に在籍していた渡部に声をかけ、1993年にアンジャッシュを結成する。 当初は児嶋がすべてのネタ作りをしていたものの、徐々に渡部がリーダーシップを発揮するようになっていった。その後、代名詞とも言うべき“すれ違いコント”を武器に、『爆笑オンエアバトル』(NHK総合)や『エンタの神様』(日本テレビ系)といったお笑い番組に出演。瞬く間に人気を博していった。 しかし次第にコンビとしての活動は減り、それぞれ個人で活躍の場を広げていくようになる。とりわけ渡部はMCやグルメリポーターとして多数のテレビ番組に出演し、私生活では2017年に女優でモデルの佐々木希と結婚。2019年からは自身のYouTubeチャンネルも開設するなど、仕事もプライベートも華々しい成功を収めているようだった。 そんな順風満帆の生活を送っているように見えた渡部に関して、6月12日に放送されたJ-WAVEのラジオ番組『GOLD RUSH』に相方の代役として出演し涙ながらに謝罪の言葉を述べた児嶋は「ぶっちゃけ、アンジャッシュは仲良しコンビではない」と、次のように本音を吐露している。「僕なんかより全然売れてるのもあって、なかなかアイツを叱るのが立場的にしづらくて。アイツに何かを言うってことは10年ぐらいなかったかもしれないですね。やっぱり立場的には僕のほうが弱かったですよ」 コンビ間に格差があり、もともとはリーダーであったはずの児嶋が渡部よりも下の立場に置かれていたのだという。だがしかし、児嶋は彼独自のフィールドを開拓し、相方には真似できないような活躍をしてきている。 俳優として黒沢清監督の『トウキョウソナタ』や園子温監督の『恋の罪』といった映画、さらにNHK大河ドラマ『龍馬伝』をはじめとした数多くのテレビドラマに出演。またプロ雀士の資格も有しており、麻雀を解説するウェブサイト「こじまーじゃん」を運営している。渡部にはない才能をいくつも発揮してきたのだ。 児嶋の実力はアンジャッシュというコンビ内でも発揮されてきた。お笑い評論家のラリー遠田氏は「アンジャッシュは何よりもネタの面白さに定評があるコンビで、児嶋さんがそこで一定の役割を果たしていたのは間違いない」と解説する。「アンジャッシュの2人を比較すると、渡部さんのほうが知的でしっかりしているイメージがあるため、ネタ作りも渡部さんが担当していると思われがちです。しかし、本人たちの話によると、実際には2人で協力してネタ作りをしているそうです。児嶋さんは過去にソロライブを開いたり、ピン芸人の大会『R-1ぐらんぷり』に挑戦したりして、ピン芸を披露していたこともありました。そのときのネタは自分で作っていたと考えられます」(ラリー遠田氏) さらにピン芸人としてバラエティ番組などで活躍する姿についても、ラリー遠田氏は「彼の右に出る者はいない」とその実力を高く評価している。「児嶋さんは『イジられキャラ』としても貴重な存在です。芸人たちにきつくイジられても、声を張って力強いツッコミで返すのが面白い。先輩にイジられるタイプの芸人はたくさんいますが、児嶋さんの場合、後輩でも思わずイジりたくなるような魅力があります。イジられキャラの芸人はほかにもいますが『後輩にもイジられる』という分野では彼の右に出る者はいないでしょう」(ラリー遠田氏)「大嶋さん」と呼ばれ「児嶋だよ!」と返すギャグは、あまりにも有名だ。後輩芸人はもちろん、若手タレントからもことあるごとに「大嶋さん」とイジられるようになったのは、そうした彼の魅力的なキャラによるのだろう。 もちろん近年は“イジり芸”それ自体の問題点が指摘されることもあるものの、一旦その是非を脇に置くとして、児嶋がピン芸人として得がたい存在であることには変わりない。たとえ渡部の芸能活動への復帰が難しくなったとしても、芸人・俳優・プロ雀士として多方面で実力を発揮する児嶋は活躍し続けることができそうだ。●取材・文/細田成嗣(HEW)
2020.06.20 07:00
NEWSポストセブン
『Netflix』のオリジナル作品の作り手や出演者は中谷美紀や蜷川実花さん、山田孝之らそうそうたるメンバー
テレ東『家、ついて行ってイイですか?』Pが語る地上波の醍醐味
 長らく「娯楽の王様」として君臨してきたテレビが、「広告収入」という目に見える数字によって、その座から引きずり下ろされる結果となっている。2兆1048億円と1兆8612億円。これは、3月に発表された2019年のネット広告費とテレビメディア広告費の数字だ。 1人1台スマホを持つ時代、有名芸能人がYouTubeに進出してゆくいま、テレビの未来は、どうなるのか?「正直、Netflixの予算はうらやましいです」 そう語るのは、テレビ東京の人気番組『家、ついて行ってイイですか?』のプロデューサーである高橋弘樹さん。「作り手としてはあれだけの予算で作ってみたい。でもあまり制作費を使ったことがないから1億円もらっても、普段通り使って9000万円返すかも(笑い)」(高橋さん) 頭をかきながらも地上波テレビには地上波テレビの武器があると高橋さんは言う。キーワードは「泥臭さ」だ。「Netflixは映像や演出がハイセンスで出演者がスター揃いだし、YouTubeに出るのは才能を持つ人が多い。一方で地上波テレビの制作はもっと身近で地に足がついていて泥臭い、リアルな声を届けることができると思っています」(高橋さん)『家、ついて~』は、街頭でスタッフが「家の中を見せてください」と一般人に声をかけ、許可が出たらそのままお邪魔する。もちろん断られるときもあるし、撮影が終わってからお蔵入りになることもある。 月に1万人くらいに声をかけて、放送までたどり着くのは、たった15組程度だという。しかもその内容は自宅でインタビューに応じた75才男性が85才女性とのW不倫を明かしたり、番組出演がきっかけで復縁・結婚するカップルが現れるなど、超プライベートなもの。    高橋さんが心がけるのは「絶対に取材対象者の味方に立つこと」だ。「相手のプライベートを聞き出すには、感覚を研ぎ澄まして相手の言葉やしぐさに気を配って、信頼してもらうことが必要不可欠。インタビューに応じながらも携帯を手放さないのであれば、『相手は恋人かな?』など想像力を働かせる。 そしてそれを描かせてもらうためにはとことん味方になることが大切です。その信頼関係を築ければ、秘密にしていたことや悩みを打ち明けてくれて思いもよらない展開になる。こうした取材に基づく『未知との遭遇』の面白みは、NetflixやYouTubeでは描けないものではないかと思います」(高橋さん) 高橋さんは、この「未知との遭遇」こそが地上波テレビの強みだと語る。「ネットは自分で見たい番組を選びますが、テレビはスイッチを入れさえすれば何かしらの番組が放送されている。まったく興味のないものがふと目に入り、何となく見ていたら急に引き込まれてしまうこともある。 ぼく自身、偶然見た中国のドキュメンタリーがきっかけで大学時代は中国語のサークルに入っていたし、テレビ東京に入ってまったく興味のない演歌の担当になりましたが、番組を作るうちに好きになった。テレビは『未知との遭遇』にあふれているので、その出会いを楽しんでほしい」(高橋さん) 加えて、スイッチを入れて音声を流しているだけで世の中の動きを知ることができるのもテレビの特性だ。新型コロナウイルスや地震など有事の際はL字型画面で24時間必要なニュースが流れてくる。 視聴者に寄り添うための新しいシステム作りも進む。その1つが3月30日から先行4地区に加えて、ほかの地区すべての視聴率調査に導入された「個人視聴率」だ。調査にあたるビデオリサーチが解説する。「従来までの『世帯視聴率』とは、テレビを所有する世帯のうち、どのくらいの世帯が番組を見ているのかを表す指標であるのに対し、『個人視聴率』とは、どのくらいの“人”が番組を見ているのかを表す指標で、性別・年代別など個人単位での視聴を捉えます」 これによってテレビ業界に変化が生じた。「視聴者の詳細なデータが得られることで、“誰に何を訴えたいか”を明確にしたコンセプト作りやキャスティングが可能になった。今後は作り手の手腕がより試されると思います」(民放のドラマプロデューサー) 放送終了後にネットで一定期間行う「見逃し配信」も普及しつつある。「特に深夜番組の見逃し配信は、ネットに親しむ人をテレビに呼び込むきっかけになります。正直、これまでテレビはネットに対して消極的でしたが、これからはもっとネットを利用すべき。ぼくらテレビマンは、とにかく番組を見てほしいんです」(前出・民放のドラマプロデューサー) システムの導入とともに、作り手の意識も変わりつつある。「テレビ復権のヒントになるのは志村けんさんではないか」と指摘するのは前出の民放のドラマプロデューサーだ。「ドリフはスポンサーにもテレビ局にも芸能事務所にも気を使わずに自分たちが面白いと思うことを視聴者に伝えたい、その一心でやっていた。特に『8時だョ!全員集合』(TBS系)のコントは当時のPTAから抗議を受けて、学校では名指しで『あの番組は見てはいけない』と言われていたこともあった。だけどそういった批判にめげずに、“面白いことをやるから見てほしい”というメッセージを発信し続けた。それさえあれば視聴者は見てくれるはずです」 元日本テレビエグゼクティブプロデューサーの吉川圭三さんは「ピンチをチャンスに変えてほしい」と語る。「いま、コロナの影響で多くの人が自宅にいて、再びテレビを見るような環境が生まれている。必要なのは人の真似をせず、コンプライアンスをくぐり抜けること。それができれば、テレビを面白くするのはそう難しいことではないと思います」 実際、『テセウスの船』や『恋はつづくよどこまでも』(ともにTBS系)などのドラマは自粛ムードが広がるに比例して、視聴率を上げている。『時効警察』(2006年、テレビ朝日系)、『みんな!エスパーだよ!』(2013年、テレビ東京系)などのテレビドラマも手がけた映画監督の園子温さんは「地上波のテレビドラマは規制の中でどう闘うかが面白かった」と振り返る。園さんはこう言う。「映画監督は自分の作風をゴリ押ししがちだけど、ぼくはテレビという土俵でいかに視聴率が取れるかに挑戦しました。すぐに気が散ってテレビから離れてしまう視聴者をどう取り込むかという作業が面白かった。テレビでできるギリギリのエロに挑戦した『エスパー』は1話を編集するごとに偉い人に呼び出されて、小学生が廊下に立たされるみたいに怒られていました(笑い)。 怒られてカットして編集し直しての繰り返しだったけれど、年度末に『ギャラクシー賞』を取ったら相手の態度がコロッと変わってほめられた(苦笑)。だけどそうやって、怒られながらも面白いと思うことを追求し続けたことこそ価値があるんじゃないかと思うんです」 作り手の「面白いを伝えたい」。その気持ちがなくならない限り、私たちはテレビの前に集合するだろう。※女性セブン2020年4月30日号
2020.04.22 07:00
女性セブン
『Netflix』のオリジナル作品の作り手や出演者は中谷美紀や蜷川実花さん、山田孝之らそうそうたるメンバー
衰退する地上波ドラマとNetflix等ネットドラマの根本的な違い
 2兆1048億円と1兆8612億円。これは、3月に発表された2019年のネット広告費とテレビメディア広告費の数字だ。長らく「娯楽の王様」として君臨してきたテレビが、「広告収入」という目に見える数字によって、その座から引きずり下ろされる結果となっている。奇しくも時を同じくして、テレビが生んだ天才コメディアンの志村けんさん(享年70)がこの世を去った。1人1台スマホを持つ時代、有名芸能人がYouTubeに進出してゆくいま、テレビの未来は、どうなるのか? 地上波テレビの衰退とともに台頭したのが「Netflix」「アマゾンプライム」「Hulu」といった定額制の動画配信サービスだ。 なかでもNetflixは、日本だけでも300万人が視聴するといわれ、“AVの帝王”と呼ばれた村西とおるを山田孝之が熱演した『全裸監督』や写真家の蜷川実花さんが初めて手がけた連続ドラマ『フォロワーズ』といったオリジナルドラマが大ヒットし、今年いっぱいで活動休止する嵐のドキュメンタリー配信も話題を集めた。 なぜ躍進が続くのか。まず指摘できるのは「予算」の大きさだ。 Netflixには会員から1人あたり800~1800円がひと月ごとに入ってくる。しかも会員は現在、世界に1億5000万人以上おり、その数は増え続けている。メディア文化評論家の碓井広義さんはこう指摘する。「地上波テレビとは圧倒的に予算規模が違います。一説によると、通常のテレビドラマの予算は1本2200万円ほどですが、『全裸監督』は3倍の7000万円だったとか。お金をたっぷりかけて制作できるのがNetflixの強みです」(碓井さん) 制作会社のネットドラマプロデューサーは「スポンサー不在の影響」を指摘する。「実は撮影場所や方法にそれほど違いはなく、NetflixもTBSの緑山スタジオを借りることもあると聞いたことがあります。大きな違いはスポンサーがいないこと。その分、作り手の表現したいことが尊重されます。麻薬取締法違反で逮捕されたピエール瀧さんの復帰作はNetflixのドラマですし、沢尻エリカさんが出演した『フォロワーズ』も沢尻さんの登場場面がカットなしで放送されました。『全裸監督』なんて、地上波テレビならタイトルとテーマだけでNGです」 関係者の多くが口を揃えるのが「コンプライアンス問題」だ。昨今の地上波テレビはスポンサーはもちろんのこと、あらゆる視聴者や物事への配慮が先行して、「表現の幅」が狭くなった。元日本テレビエグゼクティブプロデューサーの吉川圭三さんはこう言う。「たとえば昔の『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ系)はほとんど妄想に近い内容で、『佃島に半魚人が出た!』といってみんなでバカ騒ぎして楽しんでいましたが、いまならヤラセと捉えられかねない。(同番組で行った)“早朝バズーカ”(寝ている芸能人の部屋に入っていきなりバズーカで大音量をあげる)も同じですが、いまなら不謹慎だとひどく怒られるように思えます」 30年以上、「出る側」として地上波テレビにかかわってきたモト冬樹が演者の本音を明かす。「本当は『批判が半分、絶賛が半分』がいちばん面白いのに、いまは何かやるとすぐ文句が来るし、みんなスポンサーの顔をうかがっている。おれがやっていた『THE夜もヒッパレ』(日本テレビ系)のように、良質な番組は何度もリハーサルを重ねるなど、作り込む必要があってお金はもちろん、手間暇がかかる。そういう番組もいま、減っているよね。だから自由で面白いネットドラマやYouTubeに視聴者が流れるのは当然だよね」 それでは、実際に制限のないNetflixの作品を手がけた人たちはどう感じたのか。又吉直樹の芥川賞受賞作『火花』の脚本を担当した高橋美幸さんが語る。「確かにネットドラマは自由度が高く感じました。地上波テレビは視聴率を気にするのでCMの前はチャンネルを変えられないように起伏を作るなど、各話盛り上げなければならないポイントがあります。 しかし『火花』はゆったりとした作り方で、枠も気にせず作るため1話ずつの長さが違うことが特徴でした。日本の視聴者は最後に必ず印籠が出る『水戸黄門』のような、いい意味での予定調和を好むので番組が似通う一方、Netflixの作品にはエッジの効いた面白さがあります」 加えて、日本だけでなく世界で公開されるというメリットもある。しかし北九州連続監禁殺人事件からインスパイアされたサスペンス・スリラー『愛なき森で叫べ』を手がけた映画監督の園子温さんは、「Netflixに作品を載せただけで世界に通じると思うのは甘い」と語る。「ネットドラマに挑戦するとすぐ“世界を見ている”といわれるけれど、そんなに生易しいものではありません。確かに世界中に配信されるものの、実際に見てもらえるかはわからない。日本人がNetflixに登録しても、インドのホラー映画を見る人は少ないでしょう。それが現実です」 とはいえ同作は、海外の映画賞にも出品されており、世界とつながる媒体であることは間違いない。 勢いづくのはネットドラマばかりでない。以前は売れない芸人やタレントが活路を見出すためYouTubeを利用することが多かったが、最近は佐藤健、よゐこ、川口春奈、渡辺直美などテレビで活躍している芸能人が続々とユーチューバーデビューを果たしている。「YouTubeの魅力は主体性」と指摘するのは碓井さん。「テレビはお呼びがかからないと出演できませんが、YouTubeは誰でも主体的にチャンネルを立ち上げられます。若者を中心に見られている媒体で魅力があってファンとリアルタイムの交流ができるし、大当たりすれば大金持ちになれる。今後も“参戦者”は増えるでしょうね」※女性セブン2020年4月30日号
2020.04.21 07:00
女性セブン
志村けんさんの死が「TVの終わりの始まり」か 広告費は逆転
志村けんさんの死が「TVの終わりの始まり」か 広告費は逆転
「どんなに売れても副業には手を出さず、ひたすらコントをやり続けた昔気質の芸人。テレビの画面ではあんなに面白いのに、普段はすごくまじめで余計な口をきかない。くだらないことを必死で、一生懸命考えているから表情も暗いんだよ。 でもお笑いのネタを考えるときって、みんな真剣で暗いものなんだ。くだらないことをくだらないと思ってやっても、全然面白くないからね。だけどああやって、いい人から先に逝ってしまうような気がしてしょうがない。こればっかりは運命だと、受け入れるしかないけれど…」 こう寂しそうに語るのは、タレントのモト冬樹(68才)。3月29日に新型コロナウイルス感染による肺炎で亡くなった志村けんさん(享年70)とは、『志村けんはいかがでしょう』(フジテレビ系)など数々の番組で共演した仲だ。 テレビカメラの前に立ち続けた志村さんの死を悼む人は意外なところにも。ミュージシャンの山下達郎(67才)は4月5日放送のTOKYO FM『サンデー・ソングブック』でこう語っている。《戦後日本の最高のコメディアンのお一方でございます。ぼくがなんで志村けんさんが好きかと言いますと、あのかたは絶対に文化人になろうとしなかったんです。いちコメディアンとしての人生を全うされようと努力されまして。やっぱりなんか先生になっていくかた、文化人、知識人の道を歩むかた、そういうかたもいらっしゃる中で徹底して志村さんはそういうことを拒否して生きられたかたで。ぼくはそれが本当に尊敬に値すると思いました》 芸人のなかの芸人と呼ばれた志村さんの死は、テレビ界に何をもたらすのか。◆テレビを見ながらテレビを作る 志村さんはテレビが生んだ最後のスターだったと評する声は業界関係者にも多い。民放キー局の40代ドラマプロデューサーが語る。「現在のようにネットがなく、テレビや映画が娯楽だった時代、ぼくらにとって志村さんは大スターでした。小学生の頃、実家近くの公会堂に『8時だョ!全員集合』(TBS系)の公開放送を見に行き『志村! うしろ! うしろ!』と絶叫したのを覚えています。ドリフのコントは工事現場や学校が舞台で、感情移入しながら楽しく見ることができました。自分の身近にいるようなキャラクターがたくさん出てきて、テレビを囲む人たちと“ああ、こういう人、いるいる”と盛り上がれるのも面白かった」『8時だョ!全員集合』の放送開始は1969年。1973年から同番組に出演し始めた志村さんは半世紀にわたって、日本のエンターテインメントのど真ん中に立ち続けたことになる。あるときは、はちゃめちゃな殿様に、またあるときは「だっふんだ」が口癖のおじさん、震える手に耳の遠い、眼鏡をかけたおばあちゃん。日本中の誰もが親しみを覚えたであろうキャラクターに変身し、世代を超えて人々を笑わせ続けた。4月4日に放送された『天才!志村どうぶつ園 特別編』(日本テレビ系)が視聴率27.3%を獲得するなど、志村さんの追悼番組は軒並み高視聴率だった。これも志村さんが世代を超えた多くの人に愛された証である。 だがこの現象を「テレビの終わりの始まり」と見る向きも少なくない。映画監督の園子温さんもその1人だ。「テレビが生んだいわゆる昭和のスターは志村さんで終わりでしょう。昭和の頃は家族の団らんの象徴がテレビだったかもしれないけれど、いまの小学生や中学生はテレビタレントよりもユーチューバーが好きですし、スマホさえあれば見たいものが見られる。地上波テレビがなくなることはないと思うけれど地方のシャッター街のようなもので、廃れるばかりだと思います」(園さん) 奇しくも志村さんが旅立つのと時を同じくして、それを裏付けるようなデータが発表された。電通が発表した2019年の広告収入の内訳で、インターネット広告費(2兆1048億円)がテレビメディア広告費(1兆8612億円)を上回ったのだ。 長らく「娯楽の王様」とされたテレビがその座から引きずり下ろされた現実は、テレビ関係者にも衝撃を与えた。「とうとう来たか…という感じです。広告費の逆転は数年前から囁かれてはいましたが、スポンサー企業がテレビよりネットの方が広告を出す価値があると考えた結果が数字として表れてしまったわけで、非常に危機感があります。テレビの大きな収入源である広告収入が減れば、業界は先細りするしかありません」(民放キー局プロデューサー) なぜ、テレビは王座を譲り渡すことになったのか。「背景にあるのはコンテンツ力の低下です」 こう指摘するのは元日本テレビエグゼクティブプロデューサーの吉川圭三さん。日テレ時代、吉川さんは敏腕プロデューサーとして『世界まる見え!テレビ特捜部』『恋のから騒ぎ』『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』など名だたる看板番組を手がけてきた。「いまはどこの局にチャンネルを合わせても同じような番組が流れているイメージがある。バラエティーならひな壇があって、出演者がしゃべった言葉がスーパーで出て、VTR中はワイプで抜かれる。ドラマも恋愛や警察、ドクターものばかりで幅がない。要はテレビを見てテレビを作るような、番組のマネをする番組ばかりになってしまった。これでは面白いコンテンツは生まれません」(吉川さん) 吉川さんが番組制作に携わっていた頃、テレビマンはスタジオから出てたくさんの映画や本に接し、街を歩いて「ネタ」を探した。『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ系)や『浅草橋ヤング洋品店』(テレビ東京系)などの総合演出として異彩を発揮したテリー伊藤の例がわかりやすい。 オスマン・サンコンや稲川淳二が寝静まった早朝に高田純次らがこっそりと部屋を訪れ、目覚まし時計の代わりにバズーカ砲をぶっ放す人気企画の「早朝バズーカ」は、電車の中吊り広告から生まれた。「なんであんなにぶっ飛んだ企画を思いついたのかテリーさんに聞いたら、朝、電車に乗っているときに、『早朝ソープ』の中吊り広告を見かけたことがきっかけだったと話してくれました。それで『“早朝”という単語は面白いな』と気づいて、早朝に何か当てはめて企画を作ろうと思って思いついたのがバズーカだったそうです」(吉川さん) 吉川さんが手がけた人気番組も街歩きから生まれた。「銀座の数寄屋橋を歩くと会社帰りのOLがいっぱいいて、『この人たちは何を考えているんだろう。本音を聞きたいな』と思って、一般の女性をスタジオに呼んで明石家さんまさんが話を聞く『恋のから騒ぎ』を思いつきました。当時はバラエティー番組に一般女性をあんなにたくさん出演させるような例がなかったため局内で反対されましたが、女性タレントだと『幼稚園のときに好きな人がいました』なんてつまらないことしか言わない。でも素人なら、収録の前日に彼氏と別れたと言って、さんまさんの前で本気で泣いたりする」(吉川さん) 吉川さんのもくろみ通り、街を歩いていたOLや女子大生はテレビのスタジオでさんまにいじられ、個性を発揮した。フリーアナウンサーの小林麻耶(40才)など、番組をきっかけに誕生した人気者も多い。 メディア文化評論家の碓井広義さんが指摘する。「それまで独自性を求めてテレビを見ていた人たちが『どのチャンネルも同じでつまんないな』と気づいたときと、テレビ広告が減少してネット広告が増えていった時期はちょうどリンクしていると考えられます」※女性セブン2020年4月30日号
2020.04.20 07:00
女性セブン
『時効警察はじめました』の撮影の様子
役者も演出家もこなす『時効警察』岩松了氏、劇作家への思い
 劇作家であり演出家、そして役者でもある岩松了。取材に訪れたこの日は、役者に徹する1日だった。早朝から金曜ナイトドラマ『時効警察はじめました』(テレビ朝日系)のロケ現場に入った時効管理課熊本課長役の岩松は、他の役者たちとともに細かいカット割りを次々とこなしていく。 前回の「時効警察」シリーズが終了したのは、2007年。実に12年ぶりの復活ということになる。オダギリジョー、麻生久美子をはじめ、ふせえり、江口のりこら出演メンバーは今回もほぼ同じ。役者たちの掛け合いの小気味よさ、ウィットなど、一級のコメディタッチも不変だ。12年もの歳月を経て、ドラマの新シリーズが放送されるのも珍しい。それほどこのコメディミステリーは、多くのファンをつかんできたということでもあるのだろう。岩松も「時効警察」の認知度の高さには驚かされてきたという。「ニューヨークで鮨屋に入ったら、日本人の職人さんから帰り際に、『ありがとうございました、熊本課長』って言われたことがあったぐらい(笑い)。他にもちょこちょこドラマに出演してきたけど、この役が特に印象的なんでしょう」 前回ドラマが始まったときに55歳だった岩松も、67歳になった。「出演者みんなで久しぶりに会ったとき、最初のうちは、『変わらないね』なんて言い合ってたけど、収録が進むにつれて、『やっぱり年をとったね』と言うようになった(笑い)。そりゃそうですよね、今回から入った吉岡里帆は、前シリーズのとき、中学生だったと言ってましたから」 東京外国語大学ロシア語学科を中退した岩松が初めての戯曲『お茶と説教』を書き上げ、34歳で劇作家としてデビューしたのは1986年。劇団「東京乾電池」に参加してはいたものの、「10年近い無自覚な演劇生活を振り返り、一本好き勝手に書いて演劇は辞める」とまで思いつめて書いた作品だった。デビュー作は高い評価を受け、4作目の『蒲団と達磨』で岸田國士戯曲賞を受賞。だが、苦しい壮年期でもあった。「子どもができた時期とも重なってたし、食わさなきゃいけないという意識も強くて、いろんな意味でイライラしていました。30代、40代の頃は、とにかく舞台を成立させることに腐心していた。劇作家としてちゃんとしなきゃ、いい加減な仕事はできない、と強く思っていたんです」 1990年代以降、作家としての仕事量は増え、岸田今日子、樋口可南子、原田美枝子、小泉今日子、麻生久美子といったヒロインに向けて戯曲を書くことが多くなっていった。「女優さんには損をさせちゃいけないという思いがあって、いい本を書いてあげるということを自分に課して、追い込んでいくような感じでした。女優さんと向き合って、刺激をもらって書くものに広がりをつけていきたいという気持ちも強かったのかもしれない。自分の中の訓練でもあったなという気がします」 50代になると、岩松の仕事の質と量はさらに変化していく。劇作家、演出家に加え、それまではさほどでもなかった役者としての仕事が急激に増え出すのだ。剽軽さも重厚さも自在に表現する岩松には、ありとあらゆる役が降ってきた。同時に知名度も急速に上がっていく。しかし岩松は、自身のスタイルをこう規定する。「仕事はなんですか、と訊かれたら、やっぱり劇作家と答えるんです。なぜかと言ったら、それがいちばん自分がエネルギーを注いでいるものだから。自分の表現の形としては、最も幅と深みを与えられるものだから。誰も助けてくれないし、人と喋らない日が何日も続くような仕事ですけどね。でも、それとバランスをとるように、役者の仕事をやると、自分としては非常にいいんですね。役者は対人関係で動いていくし、作家とは使う神経が違うので」 役者としての実力は、是枝裕和、園子温、三池崇史、宮藤官九郎らそうそうたる映画監督に起用されていることからもわかる。2013年には、61歳にして『ペコロスの母に会いに行く』(森﨑東監督)で映画初主演。老いた認知症の母を看る禿頭の息子を好演し、高い評価を受けた。 岩松がこれまで戯曲の大きなテーマとしてきたのは、「日常的な生活の中にある人間の問題を掘り下げること」だ。家庭や夫婦を扱った作品も少なくない。「喜劇とかあまりジャンルを区別したくないんですけど、喜劇にはあまり悪い人が出てこない。たとえ犯罪者であっても。でも、僕が戯曲を書くときは、日常生活の中で、普通に振る舞っている人にもいかに悪意があるかというのを探ろうとする。飯を食っているだけで悪意がある、みたいなシーンを面白がったりするわけです」 岩松が描くのは、人間が抱く善意、悪意、偽善性といった感情や関係性だ。細やかな言葉のやりとりや動きから、人間の本質を浮き彫りにする。 劇作家、役者に加えもうひとつの顔である演出家を引き合いに岩松はこう言った。「世の中、どれだけウソがまかり通っているか、人は何で動かされているのか、人のいかさまぶりがいかほどか、といった仕組みがわかっているのが演出家。そういう意味で自分はそれに近づいてきている気がするし、もっとちゃんとした演出家になりたいという願望も強いんです」【PROFILE】いわまつ・りょう/1952年生まれ、長崎県出身。劇団「自由劇場」「東京乾電池」を経て、劇作家・演出家・俳優と多岐にわたる才能で活躍。1989年に『蒲団と達磨』で岸田國士戯曲賞、2018年に『薄い桃色のかたまり』で鶴屋南北戯曲賞を受賞。●撮影/矢西誠二 取材・文/一志治夫※週刊ポスト2019年11月1日号
2019.10.25 07:00
週刊ポスト
冨手麻妙が10周年記念写真集「恥じらいなんて感じません」
冨手麻妙が10周年記念写真集「恥じらいなんて感じません」
 園子温監督の作品に登場する常連女優として知られる冨手麻妙(25)がデビュー10周年を記念した写真集に挑んだ。「主演した園子温監督作『アンチポルノ』(2017年)の公開に合わせて初写真集を出した時、『もう写真集はやらないかな』と思ったんです。けれど、今年デビュー10周年を迎えて、記念となる作品を残したほうがいいとアドバイスをいただき、再び挑戦しました。 私が唯一リクエストしたのは『女性の写真家さんで』ということです。前回は『男性目線』の作品だったので、今回は女性に見てもらいたくて。ヌード写真集は手にとりづらいかもしれませんが、『かっこいいな』とか『こういうふうになりたいな』と女性に思ってもらえる作品にしたかったんです。もちろん、男性が見ても楽しんでいただけますよ(笑い)。ロケ地はベトナムで、事前に宿も場所も決めずに撮影しましたが、100点満点の作品ができたと自負しています。 10年間やってきて、女優としての覚悟が明確になってきました。写真集でも『冨手麻妙』という役を演じている感覚で、ヌードの恥じらいなんて感じませんでした。今後女優として成長し、もう一歩先に進めたら、また新しい写真集を作りたくなるのかな」 写真集『別冊月刊 冨手麻妙』は小学館より8月30日発売となる。●とみて・あみ/1994年3月17日生まれ、神奈川県出身。AKB48の研究生を経て、2014年に園子温監督に直談判して『新宿スワン』(2015年)で映画デビュー。その後、『リアル鬼ごっこ』『みんな!エスパーだよ!』(ともに2015年)など園子温作品に多数出演。同監督の日活ロマンポルノ作品『アンチポルノ』(2017年)では自身初のヘアヌードを披露した。松坂桃李主演の『娼年』(2018年)ではリアルな濡れ場を演じ、話題に。AV監督の村西とおる氏をモデルにした山田孝之主演ドラマ『全裸監督』(8月8日よりネットフリックスで全世界配信)にAV女優役で出演するほか、9月20~29日の舞台『some day』(すみだパークスタジオ倉)、2020年新春公開の映画『嘘八百』続編への出演を控えている。●撮影/野村恵子※週刊ポスト2019年8月9日号
2019.08.01 16:00
週刊ポスト
園子温監督 「永井豪作品が血となり肉となっている」
園子温監督 「永井豪作品が血となり肉となっている」
『ハレンチ学園』『マジンガーZ』『キューティーハニー』『デビルマン』など数々の代表作を持つ漫画家・永井豪氏。画業50年突破を記念して、「永井GO展」が大阪で開催されることになった(9月8日~9月24日、於:大阪文化館・天保山)。その作品は、多くの映画監督やアーティストたちに影響を与えている。『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』などで知られる映画監督の園子温氏もその1人だ。「僕は永井ウイルスに感染している」という同氏が語った。 * * * 最初の永井豪ショックはなんといっても『ハレンチ学園』。僕が小学校低学年のころに『少年ジャンプ』で連載が始まりました。 それまでギャグ漫画といえば赤塚不二夫先生の作品で、僕もどっぷりハマっていました。ところが永井先生はギャグにエロティシズムの要素を取り入れてきた。子供心にときめいたものですよ。ヒロインの十兵衛こと柳生みつ子に恋していたくらいです(笑い)。 と言っても「二次元に萌える」という今時の感覚ではなく、大人への“ステップ”として漫画のキャラに憧れるという感じでした。『キューティーハニー』にも同じようにときめいた読者も多かったはずです。 以降、様々な亜流が生み出され、ギャグやヒーロー物の世界にこうしたときめきを持ち込むことが一般化していった。 そういう意味で『ハレンチ学園』は時代のエポックだと思います。そもそもあの作品以前は“破廉恥”という言葉にエロの意味はなかったんじゃないかな。辞書的には「恥知らず」くらいの意味。永井先生が『ハレンチ学園』を描いて以降、ハレンチが「エッチ」というニュアンスで使われ始めたわけです。『デビルマン』や『バイオレンスジャック』の世界観も衝撃でした。単なる正義の味方ではなく、ドロドロとしたダークヒーローのイメージにやられました。 僕の映画を作る上でも間違いなく影響を受けています。 ただ完全に永井ウイルスに感染しちゃっているので、あらゆるシーンやカットに痕跡はあるものの、明確に「これが永井作品の影響だ」と取り出すことはできない。それくらい血となり肉となっているのです。 もちろん僕だけが永井ワールドに影響されたわけではない。『マジンガーZ』がなければ『機動戦士ガンダム』や『新世紀エヴァンゲリオン』もなかったでしょうし、巨大ロボットが戦うハリウッド映画『パシフィック・リム』もなかったでしょうね。 今年の5月に発表したのですが、監督園子温、主演ニコラス・ケイジで『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』というハリウッド映画の制作が決まっています。これがまさに永井作品の『バイオレンスジャック』のようなアクション映画なのです。【プロフィール】その・しおん/1961年生まれ。『愛のむきだし』で第59回ベルリン国際映画祭カリガリ賞、国際批評家連盟賞をダブル受賞。最新作は『クソ野郎と美しき世界「ピアニストを撃つな!」』(2018年)。※週刊ポスト2018年8月31日号
2018.08.22 11:00
週刊ポスト
園子温監督、ハリウッドへ「日本のプロセスに飽き飽きした」
園子温監督、ハリウッドへ「日本のプロセスに飽き飽きした」
 これまでに数々の国際映画祭で受賞し、全くの無名だった吉高由里子をはじめ、満島ひかりといった女優たちの埋もれていた才能をも次々に開花させていった映画界の鬼才・園子温監督。5月にハリウッドにおけるデビューを明かした園監督がこのほど、自由について縦横無尽に語り尽くした『獣でなぜ悪い』(文藝春秋)を上梓した。「自由でいるために挑み続ける」という園監督に、映画業界の今と今後の自身の展望について聞いた。──ご本に公私のパートナーである神楽坂恵さんのことやご家族のことも綴られていましたが、実は勝手ながら、園監督は結婚をされない主義なのかと思っていました。園監督(以下、敬称略):ぼくも結婚すると思ってなかったの。──女優には興味がないとおっしゃっていましたが、神楽坂さんには特別な何かが…?園:なんだろうな、『冷たい熱帯魚』と『恋の罪』っていう映画で裸の濡れ場も体当たりでやってくれたのを見て、責任を持とうかなっていうか(笑)。まぁ、傷物にしたなぁって感じで、ぼくが面倒みます、みたいな気持ちが多少なりともあったと思うけど。まぁ、いろんなタイミングだと思いますね。──監督にとって神楽坂さんはどんな妻であり、女優でしょうか?園:女優という目で見てないです。だってそもそも最初は人間、女性でしかないから。そういう意味で、今の若手の女優には魅力を感じることがほとんどないんですよね。人間力が少ないから。女優としてチヤホヤされてるけど、他に何か尊敬すべき点がないというか。その点、自分の奥さんは、女優であるかどうかは全く関係なくすごく尊敬しているんです。いつも落ち着いて、非常に的確な判断をしてくれるからうれしいなと。◆活動の場を海外へ──今、中国の仕事も増えてきていると。活動の場が広がっているのでしょうか?園:さまざまな国にさまざまな価値観があって、その中では確実に日本での立場とは変わるので、それを面白がるのは非常にいいなと思いますよね。──低予算の映画からビッグバジェットの映画製作まで経験して、今はまた原点に立ち返りたいとのことですが?園:日本で映画を作る時にはビッグバジェットで作る意味なんてひとつも感じられないんだけど、何か面白い映画なら低予算でも作りたいなと思いますけどね。今はハリウッドで映画を作ることを中心に考えていて、来年はニコラス・ケイジ主演でアクション映画を撮ります。エンタメに関しては今後ハリウッドを中心にやっていこうかなと思ってます。──この先はステージを日本からハリウッドへ?園:日本人の監督がひとりもあっちで活躍できていないのは情けないなと思っていて。──アメリカではどのように活動していく予定ですか?園:まず向こうでずっとやり続けるっていうことですね。みんな1本くらい撮ったらすぐ帰ってきちゃってるので、まずは持続してやり続けるのが大切かなと。──日本での映画はしばらくは?園:日本人に向けて、日本で撮るべきものがある時だけやりますけど、予算も少ないのにエンタメをわざわざ日本で撮る必要がない。日本なんか製作費2億とか、大きくても15億ぐらいが精一杯っていうのが、今の日本の製作費の状況。15億っていったら、ニコラス・ケイジのギャラなんで(笑)。そういう意味でハリウッドで勝負するのは面白いです。 最初はいわゆるハリウッド的なアクション映画を撮るんですが、ゆくゆくはオリジナルの自分の映画を中心に活躍したいなと思ってるんですけどね。──すると来年は外国にいる時間の方が長い?園:それはわからない。完全に住居を移すかどうかはこれから考える。アメリカはでかいじゃないですか。NYに住んで、ロスでミーティングするぐらいだったら、別に日本にいるのとあまり変わらないんですよ。飛行機移動のこと考えると。──日本の映画業界は縮小しているようですが、これから監督も俳優も全て、関わる職種は厳しくなってくると?園:日本は世界でもどんどん最低の部類になってますね。どうなっていくんだろうなってみんな危惧はしてる。人手不足の問題もあります。助監督のなり手もいなくなってきていますから。スタッフが足りなくて、もう素人を使おうと思ってるくらい。ギャラが少なすぎてみんな辞めていっていますね。本当にね、このままだと映画の製作現場からどんどん人がいなくなっちゃう。──それは心配ですね。日本でいい作品を作りたくても予算が…園:やっぱりこの先、日中合作とかいろいろやって視野を広げないと。日本だけでやってると厳しいですね。──おそらく中国と日本では俳優のギャラが全然違うと思うのですが?園:全然違うどころか天文学的に違うよ。──それでは日本の俳優もハリウッドに限らず、外に出て行くべきでは?園:ハリウッドは難しいから中国にするといいね。中国だったらまだ可能性はすごくあると思う。中国語が話せなくてもアフレコで大丈夫なら、役者は中国目指した方がいいと思いますね。──日本の映画業界で監督が闘っているのというはどういうところでしょうか?園:今はもう、闘いもしてないんで思い出の話になっちゃって(笑)。日本のプロセスに飽き飽きしちゃったからアメリカ行くってのもあるんだけど。日本で映画を作ると映画祭に行って、映画祭で評価されて、その反響でヒットを狙う。そんなサイクルを一生やり続けるなんて疲れるし嫌だなって。アメリカ行っちゃえば映画祭になんて出さなくていいから(笑)。流通的に、ハリウッドで映画祭に頼る映画なんて観たことない。そのまま公開するだけなんで。──映画祭は重視されないんですか?園:彼らの社会ではヨーロッパの映画祭なんて価値がないので何の武器にもならないですよ。たとえば『シェイプ・オブ・ウォーター』って映画はベネチアでグランプリ獲りましたけど、アメリカでそれは売りにならないからポスターに全然載せてない。それより、まだ賞を獲る前だったので、ゴールデングローブとかアカデミー賞とか、国内でノミネートされたことをポスターに出してる。 彼らはヨーロッパの映画祭とかコンペでの評価に全く興味がないんですよね。逆にいうとわざわざ出さなくてもプレスの力があるということでもある。世界映画祭ってプレス力のない小国のためのものなんですよ。小さな国が世界に発信するときに、世界映画祭に出すことでやっとちょっと広がる、そういう意味があるんです。サッカーも似たところがあるよね(笑)。──監督は、人は単独者として力強く生きていくことが大事だと説いています。芸能界ではグループを出てそれぞれの活動を始めた元SMAPを応援する気持ちもあり、『クソ野郎と美しき世界』の監督を引き受けたと。少しずつですが、個々の力を発揮する時代に変わりつつありますか?園:そうだな…、今もうどんどん日本に手厳しくなってるから(笑)──手厳しい意見、お願いします(笑)園:う~ん、まぁ、日本社会はまだまだ甘いと思う、実力主義にならないから。たとえば海外の番組でアメリカンアイドルとか、歌番組のコンテストって、日本と違って外見の良さとかではなく、めちゃくちゃうまい才能のある人しか、のし上がれないじゃないですか。そういう実力主義なところがはっきりスポーツ以外でも出ないと、もう文化は育たないと思う。 こんなにスポーツ番組が多い国もなかなかないなというか、日本って珍しい国で、テレビつけると料理かスポーツばかり。文化への関心が低すぎるんで、とにかく文化度を上げていかないと。オリンピックも近いけど、オープニングの催しも、恥ずかしくなく出せる水準のものが作れるんだろうか。だから演技が良ければ顔は関係ないとか、歌もそうだし、実力主義的なところをもっと芸能にも取り入れていくべきだと思っています。【園子温(その・しおん)】1961年愛知県生まれ。映画監督。1987年、『男の花道』でPFFグランプリ受賞。以後、『自転車吐息』『自殺サークル』『紀子の食卓』など多数作品が世界でも高く評価される。『愛のむきだし』で第59回ベルリン国際映画祭カリガリ賞、国際批評家連盟賞をダブル受賞。『冷たい熱帯魚』『恋の罪』『ヒミズ』『地獄でなぜ悪い』など数々の国際映画祭で受賞。他に『希望の国』『TOKYO TRIBE』『新宿スワン』『リアル鬼ごっこ』、オムニバス作品『クソ野郎と美しき世界』など。
2018.07.22 07:00
NEWSポストセブン

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