セレブでクール、スタイリッシュなエグゼクティブの浅羽と、ぼさぼさのロンゲでボロアパートに住む人たらしのゴン。見た目も雰囲気も、性格も対照的な2人を演じきっているのだ、すぐに気付かないのも仕方ない、と自己弁護してみるが、カメレオン俳優と呼ばれる役者は他に何人もいる。彼らが違う役を演じてもすぐに分かるが、なぜ彼は気付かなかったのか。
その理由はおそらく声の印象の違いだ。心理学では「感情音声」として、さまざまな感情を含むことで声質が変化することが分かっている。例えば、「怒り」の感情の時は強く凄みがある声質になり、「喜び」では明るく高い声質になるという。悲しみや怖れなど、訓練していなければ表現するのが難しい感情もあるという実験結果も出ている。
多くの俳優は、役によってアクセントや抑揚を付け、話し方や言い方を変えるが、声は同じであることが多い。声の印象まで変える役者はそう多くないが、中村さんが演じたゴンと浅羽では声の印象が違っているのだ。中村さんは、色気と艶のある地声をしている。浅羽という役では、その声に口には出さない感情の起伏が表れ、よく響く張りのある“動的”な声に聞こえる。ゴンの声は、色気はあるがふんわりしていて低く穏やかで、湿っていながらも感情がこもらない“静的”な声だ。役によって音声感情を使い分けていたため、声の印象が変わったのではないだろうか。
よくよく聞けば、どちらも中村さんの声なのだが、それでも最初に耳に届いた時の第一印象は違って聞こえた。それも彼がカメレオン俳優と呼ばれる所以なのだろう。