そして夏が終わり、秋が来て、冬の気配を感じる頃には、感染者が再び増加するとともに、またしても富田さんの周囲では変化が起きた。
「九州に帰れば、東京や大阪からは来るな、ですよ。九州のニュースじゃ、まだ東京からの帰省者が、旅行客が、と言っていますから、当然そうなります。東京に行っても大阪に行っても、たまに東北や四国に行ってもそう。おたくは最近東京や大阪に行ったか? なんて、ドライバーの詰所で他のドライバーから聞かれる」
富田さんがこの時感じたのは、どこへ行っても、誰もが「自分の所だけは大丈夫」と思っているのではないか、ということ。
「どこに行こうが、ウイルスを持ち込むのは自分以外の他人、それかよそ者と、誰もが思いたがるんです。例外なくそうです。そのくせ、こっそり遊びに行ったり遠出したりしても、自分だけは対策をしているから大丈夫だろう、なんて考える。もうね、何を信じていいかわからんというのが、正直な本音です」
富田さんの一番の懸念は、首都圏や大都市に、再び緊急事態宣言が出されたときの市民の反応だ。
「以前、緊急事態宣言が出された時、全国一斉ではなかったんです。だから、初めに出た東京とか首都圏が、他地域の住民から猛烈に毛嫌いされました。その後、宣言を出す自治体が追加される度、地域ごとに対立が起きていって、緊急事態宣言中のエリア内、たとえば神奈川や千葉の人間が、東京を敬遠する、東京に行き来している近所の人を避ける場合もあったと聞きます。それが繰り返されるんじゃないかと思うんですよ。また、緊急事態宣言が出た都会の人間から順にバイ菌扱いされて、都会と田舎を行き来する私たちは、去年と同じようにハエとか蚊とか、媒介者扱いされるわけです。自分の住む地域に緊急事態宣言が出ていないだけで、うちのエリアは大丈夫、東京はダメ、となるでしょう」
富田さんの仕事納めは12月30日、関西の市場から九州へ野菜を運び、長かった一年が終わった。年明けは少し遅めの1月6日から。流通に休みはなく、例年なら元旦から働くこともあったが、今年は仕事の依頼も断った。1月7日には「緊急事態宣言」が一都三県に発令される、と政府筋の情報もある。富田さんは今、暗澹たる気持ちで、仕事の準備に取り掛かっている。
「何が本当かわからん、誰も助けてはくれん、文句は言われる。お医者さんや看護師さんはもっと大変でしょうけどね、少しくらい休ませてもらおうかなと。仕事への誇り、まだ消えてはいませんけど、今年も去年のようになるなら、もう辞めてもいいかなとは思います。ドライバー仲間も同じこと言いよる。我慢できるのも、もう少しだけです」
近年、運送業は慢性的な人手不足にあり、とくにトラック運転手不足による物流崩壊が迫っていると言われている。あと十年もしないうちに、モノはあるのに運べないのが常態化するという試算もある。一方、今の私たちの生活は、スムーズな物流なしには成り立たなくなっている。
社会の縁の下を誰が支えているのか忘れてはならないし、共に支えあっていこうという気持ちが持てる世の中にならないと、ワクチンができようと、またコロナウイルスが駆逐されたとしても、安心して生活できる世界は、二度と訪れないのである。