緊急事態宣言下でも輸送トラックは物流を支え続ける(イメージ、時事通信フォト)
「生産者は、客に食べてもらいたい、使ってもらうたいと思ってやってるわけで、運ぶ人間がいなくなれば全部無駄になりますよ。運送屋のプライドもあるし、そこは頑張ってやり遂げようと思うのが普通じゃなかですか」
しかし、そんな富田さんを快く思わないのは、近隣の住人たちだ。富田さんが常に東京や大阪へ行っていることを知る近隣住人は、富田さんの妻に、不満をぶつけたのである。
「海外とか東京から九州に帰ってきた奴が感染していた、というニュースがかなりあったでしょう。正月も『帰省組』が叩かれましたが、私も相当に叩かれた。というより、帰ってくるな、とか、自分勝手に仕事して感染したらどうするのか、と村八分状態ですもん」
この時ばかりは、自らの信念も流石に折れかけたというが、追い討ちをかけたのは、地元の「監視者」だけではない。たとえば、関東から関西に荷物を運べば「東京はウイルスがすごいから」といって、それまで荷下ろしを手伝ってくれていた倉庫や市場の作業員たちが、富田さんを避けた。反対に関西で感染者が増えている、という報道があると、関西の荷物を関東の取引先に納入した時、やはり同じようなことが起きた。富田さんは、どこに行ってもウイルスの「媒介者」扱いだったのだ。
「東京の荷物は触らんとか、関西の荷物は消毒が必要だとかね。同じような悩みを、長距離の運転手はみんな持っていたと思いますよ。高速のサービスエリアなんかで同業者と話すわけですよ。『俺たちはどこ行ってもバイ菌やね』と」
その後、感染者が全ての都道府県で確認され、感染者数が増え始めると、全国どこに行っても「長距離ドライバー」というだけで、迷惑がられるようになったと感じた。
「長距離(ドライバー)向けの食堂とかドライブインにね、マスコミの取材がきよるんですよ。不安じゃないですか?心配じゃないですか?って。そんでテレビ見るでしょ? そしたら感染対策が行われていない、ドライバーがマスクしていないとか放送しよるわけです。これじゃ、放送を見たら誰でも、長距離ドライバーはウイルスまで運びよる、と思っても仕方なかでしょう」
先述した通り、感染したくないという思いは、人一倍強いという富田さん。車内には小型の空気清浄機を設置し、車に乗り降りするたびに手指の消毒を欠かさず、外に出る際にはマスクの着用を徹底した。季節が夏になると、人々の危機感も薄れたのか、高速道路にも一般車が増え、行楽に興じる家族連れの姿も多く見かけるようになった。長いトンネルを抜けたような気持ちを覚えたと述懐する。
「正直に言いますとね、こいつら遊ぶ時だけ遊びやがって、と思いましたよ。でもまあ、日常が戻るならそれでいい。また頑張ろうと思って、仕事しました。これで全部終わり、恨み言をいうてもしゃあない、何気ない平和な日常ていうのは、なんて有難いものやろうと、噛み締めました」