ノッカーは長嶋と、V9時代の名二塁手で、前年に引退したあと、コーチとなっていた土井正三が交代で務めた。

「捕れないところに打球を飛ばしても練習にならない。だから、ノッカーにも技術が求められる。普通は緩急をつけたノックをするんですけど、ミスターのノックは、とにかく打球が速かった。

 私も疲れてくると、どんどんミスターの方に近づいていくんですね。ノッカーとの距離が縮まれば、捕球できる横の距離が短くなり、ボールを追わなくてすみますから。

 すると、ミスターはわざととんでもない方向にノックを打って、ポジションを下げさせる(笑)。時にはノッカーとケンカのようになったりして、長嶋さんの近くにこん畜生の想いを込めてボールを投げ返したこともありました」

 伊東キャンプではもちろん、ノックばかり受けていたわけではない。守備に自信がある一方、打撃が課題だった篠塚にはバットを振り込んだことの方が辛かった記憶だ。さらに、足下が凸凹して硬いモトクロス場での走り込みも毎日、行った。

「このキャンプを乗り切った。そのことがまず、プロ野球選手としての自信となった。それは他の17人も同じじゃないかな。結局、ケガ人がひとりも出ることなくキャンプを終えた。今の時代なら、考えられない……」

 篠塚は翌年、正二塁手となり、打者としても広角に打ち分けられる安打製造機に成長していった。

 伊東で行ったキャンプは1979年の一度きり。しかし、伝説のキャンプとして語り継がれてきた。また、長嶋を発起人として「伊東会」が結成され、長嶋が病に倒れるまで、年に一度は参加者が集まって近況を報告し合っていた。

 あの地獄の日々を乗り越えた者には、目に見えぬ深い絆が生まれたのだ。

◆取材・文/柳川悠二(ノンフィクションライター)

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