その理由は「夫に似ているから」でした。
息子は、顔立ちが隆弘にとてもよく似ているのだそうです。なので、隆弘に生理的嫌悪感を抱いてしまった美紀子は、息子の顔を見ても、隆弘と重なってしまい、可愛いと思えなくなってしまったのです。
私がかつて児童相談所に勤務していた時も、子どもを可愛いと思えないお母さんの中には、その理由が「夫に似ているから」と言う人はたくさんいました。夫婦関係の悪さがお母さんの子どもへの感情を悪くしてしまうことがあるのです。深刻な虐待に発展する場合もあるので早急に夫婦関係改善のためのカウンセリングが必要です。
そうした懸念について私が伝えると、美紀子は言いました。
「もちろん、面倒は見ていました。食がなかなか進まない子なので食べさせるのですが、食べるのを嫌がると、それも夫と重なって……。つい、顔を見ないように、スマホを与えて一人で過ごさせたりしていました」
子どもの行動の中で特に苦しかったのが、夫に言動が似ていることだったと苦渋の表情を浮かべます。
「私が『早く食べて』とか、注意すると『うるさい!』と言うことがあって、その口調が本当に夫に似ているんです。その時は耐えられなくて、すぐに離れてしまったりしていました。そうすると子どもが追いかけて来て、それも嫌になって、寝室に閉じこもることもあって。子どもが部屋の外で泣いている間、耳をふさいでいました」
隆弘は育児を手伝ってくれるわけでもなく、美紀子はどんどん追い詰められて行きました。
「離婚はずっと頭の中にありましたが、経済的な問題に加えて、当然私が息子を引き取ることになると思うと、息子と2人での生活に耐えられるのかも不安で……」
美紀子は、現実的に離婚は難しいとわかっていても、今の生活を続けるのはもう限界だと感じ、カウンセリングにやって来たのです。
私は、まず美紀子の心理テストを行いました。その結果、心の状態は非常に悪く、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の状態にあり、悲哀や抑うつが非常に強く、フラッシュバックが頻繁であることがわかりました。夫に対する拒否感は未だに強く、ただ、息子に対しては愛情と拒否が混在していて、今はどう接していいのかわからない状態でした。
私は息子の、隆弘と美紀子に対する感情を知る必要があると思い、美紀子に息子を連れて来てもらいました。これからのことを考えるにあたって、息子の心情を重視しなくてはなりません。息子の心が傷ついていないかを確認することも重要です。