カウンセリングに来たことを夫に伝えられない
佐知には、浩司に怯える気持ちが芽生えつつあり、お金のことも強く言えなくなっていました。浩司を交えて、お金について話し合いをすることが必要ですが、この状況では、それは難しいだろうと思いました。
浩司は自分に問題がないと思っている可能性が高く、佐知がカウンセリングに行った、ということすらも、責めるかもしれないからです。カウンセリングに来ていることを夫には言えない、という妻を私はこれまでにも数多く見てきました。
それでも私は佐知に聞いてみました。佐知の反応を見ることで、恐怖心の強さを知るためです。
「ご主人を連れてくることは難しいですか?」
佐知は首を大きく振りました。
「カウンセリングに使ったお金のことで責められると思うので、そんなこと言い出せないです」
予想通りの答えでした。今後について佐知の考えを知るために、私は尋ねました。
「離婚を考えたことは?」
「ないわけではないですが、コロナの影響で私の仕事もぐっと減ってしまったので、離婚したら生活していけません。それに、夫は離婚には応じないと思います」
それはどうしてなのかと尋ねると、
「一度だけ、『生活費を入れてくれないなら、もう一緒に暮らせない』と言ったんですが、『俺は離婚しない』『離婚するなら生活費も養育費も払わない』って言われて……」
見栄っ張りで、自己中心的。妻の気持ちには配慮しない夫。そんな浩司像が浮かんで来ました。
「それに……」
佐知は続けました。
「わからないんですけど、借金があるんじゃないかって……」
「借金?」
思わず私は聞き返しました。
「確証はないんですけど、一度、カードの引き落としができなかったことがあって。その時は娘のピアノの発表会の洋服を買う、と事前に許可をもらっていたんです。それなのに引き落とされなくて、督促状が来ました」
「ご主人に聞いたんですか?」
「それは、さすがに聞きました。でも、『何かの手違いだろう』みたいなことを言われて誤魔化されて終わりました。私がすぐに振り込んで終えたんですけど……」
さらに佐知は言います。
「お金の出し渋りもひどくなっているんです。食費を3万円しか渡してくれない月もありました。私もこれ以上貯金を取り崩すのは不安なので、『これじゃ足りないから』って何度お願いしても5000円しかくれなかったり。もしかして、お金に困ってるのかな?と思って……」
浩司は一体何にお金を使っているのか。それを知る必要があります。
「ご主人の生活の様子が変化したりしていますか?」
「それが、変わらないんです。今はお店も早くに閉まっているはずなのに、帰宅は深夜だし」
浩司の生活に謎が多すぎます。実際に借金をしているのであれば、その額も知らなければなりませんし、返済方法も考えなくてはなりません。前述のように、夫婦間のお金の問題の相談は多く、コロナの影響でさらに増えています。
カウンセリングというのは、精神的なことに限られていると思われているかもしれませんが、それだけでなく、お金、暴力、セックスレス、子育てに関する価値観の差異など、夫婦で話し合いが成立しないことはすべてカウンセリングの対象となるのです。浩司の借金について、私は佐知に尋ねました。
「ご主人に聞くことはできませんか?」
佐知はうつむきます。
「私が聞いても答えてくれないと思いますし、怒って終わると思います」
それでも、浩司からは話を聞かなくてはなりません。
「このままの生活は、耐えられないと思ってらっしゃるんですよね?」
私が尋ねると、佐知は頷きます。
「もし夫に借金があったら、渡してくれるお金はもっと少なくなると思いますし、借金返済で苦労するかもしれません。もうこれ以上、お金のことで苦しみたくないんです」