「充分な金額は渡していたつもり」と反論する夫に……
お酒代は店よりは安く済むが、ホテルの部屋代、加えて女の子たちにもお金を渡さなくてはならず、結局店に通うのと同じくらいのお金がかかってしまったというのです。コロナ禍にそこまでやる人間がいるのかと驚きました。私は佐知に今の率直な気持ちを聞きました。
「驚いて、呆れています。そんな理由で生活費を入れてくれなかったなんて」
私は佐知の言葉を受けて浩司に言いました。
「佐知さんがカウンセリングに来たのは、充分な生活費をもらえない、という理由なんです。このまま生活費を入れてくれないのなら、一緒に生活するのは難しい、という気持ちもあるんです」
「充分な金額は渡していたつもりです」
浩司が自分の正当性を主張するので私はさらに言いました。
「ご主人が充分と思う金額では、実際には足りないんです。佐知さんは何度もお願いしていると思います。もっと佐知さんの言葉に耳を傾けてあげて欲しいんです。娘さんもいますし、佐知さんは自分の収入が減って、貯金を取り崩してどうにか生活しているんです」
知らなかった、と浩司はつぶやきました。そして、
「正直、妻はお金のことばかり言うので、うんざりして聞く気持ちにならなかったんです」
浩司がそう言うので、私は言いました。
「会話が少なすぎたせいでしょうね」
夫婦のコミュニケーションというのは関係が悪くなっていくと、お互い、要求と文句しか言わなくなります。「やってくれ」と「どうしてやってくれないんだ」。その会話によってさらに関係が悪化していくのです。私は浩司に伝えました。
「もしも離婚したくない、とお考えなら、今後の生活費についても、カウンセリングの中で佐知さんの希望を聞きながら決めていく必要があると思っています」
そして私は浩司に尋ねました。
「今まで飲食に使っていたお金を減らして生活費を増やしてもらえますか? 佐知さんと娘さんのために」
ところが、このお願いに、浩司はYESとは言いませんでした。
「飲食のお金はさすがに使いすぎだとは思っています。緊急事態宣言下でこんなことをしていいはずがない、という気持ちもありました。でも私は外で飲むのが楽しみですし、正直、妻も働いているので彼女も生活費は出すべきだと思います。必要なお金は出しますが、私は自分で稼いだ分は自分で使いたい気持ちもあります」
話し合いは難航しそうです。
「その、必要なお金について、これからカウンセリングで話し合っていきませんか? 何にいくら必要なのか、佐知さんにきちんと出してもらったらご主人も納得できるかもしれません」
次回のカウンセリングはその必要な金額を決める、ということで浩司は一応納得しました。佐知は、話し合いが終わり、生活費をもらえるまでは実家にいたい、と言うので、もうしばらく実家で生活してもらうことにしました。
浩司がちゃんと佐知の望む額を払ってくれるか。外での飲食を減らすことはできるのか。それはこれからの課題です。金額を決められても浩司が払い続けてくれるのかも心配です。その点もカウンセリングで確認していかなくてはなりません。加えてこの夫婦には関係改善、という課題が残っています。
でも、解決すべき課題は1つずつ片付けていくしかありません。一度にすべてを解決するなんて、無理なのですから。まずは浩司がきちんとお金を渡し、佐知とコミュニケーションを増やしていけるか。佐知が家に戻る気持ちになるか。カウンセリングの中でこれから進めていきます。
【プロフィール】
山脇由貴子(やまわき・ゆきこ)/1969年生まれ。横浜市立大学心理学専攻を卒業後、東京都に心理職として入庁。児童相談所に心理の専門家として19年間勤務。現在は家族問題カウンセラーとして活動している。
※女性セブン2021年4月1日号