それでも先述の騒動の後、座敷から消えた真以を裸足のまま追い、夜の浜で靴を片方ずつ分け合って以来、真以は葉の希望になった。
今度亀島に遊びに行きたい、約束しようと葉が言うと、真以が〈約束するのは信じていないみたいだから〉と断ったこと。別荘の管理人をする彼女の祖父〈平蔵〉の家には本がたくさんあり、島を守るために〈人喰い亀〉を退治し、自らも生贄になった勇敢な姫の伝説を語ってくれたこと。〈困った人々を見捨てられなかったんでしょう〉という平蔵の解釈に真以の姿が重なったことなど、世間が何と言おうと、それだけは信じられる関係が確かにそこにはあった。
そして、父の機嫌ばかり窺う母が一向に現われないまま、2人が中1の夏に事件は起きる。脱獄犯が島に逃げ込んだのだ。
その男〈児玉健治〉に2人はおにぎりなどを差し入れ、特に真以は彼が見つからないよう守ろうとさえした。そしてある時、自称元ホストで美容師だという彼に突然、髪をショートに切ってもらった真以は、広島第一劇場に出演中の母〈葵れもん〉に会いに行くと言ったまま、姿を消す。
かつて葉も真以と広島へ行き、ステージを見た。それはこの世のものとは思えないほど美しかった。その時、〈葉がきれいって言ってくれるならそれでいい〉と言った真以は、葉には何も告げずにいなくなった。
脱獄犯による誘拐事件にメディアは騒然。〈子供じゃいうても、あの家の女じゃけえ〉〈たぶらかしよったんじゃろ〉などと人々は真以の出自を蔑み、葉自身、友の裏切りを許せないまま島を去るのである。
時や場所を問わず人は島を作りがち
母の職業をからかわれた真以が〈あいつら、自分たちと違う人間が気にさわるんだと思う。なんとしてでも損をさせなきゃいけないって〉という台詞は、現代にも通じる分断と憎悪の構造を映し、印象的だ。
「よくSNSを見ていると、あいつは自分よりたくさん持っていて、得をしている、不均衡を正すのは正義だと、本気で信じて他人を攻撃している人が多い気がして。
例えば葉の上司の〈梶原部長〉が、男の方が大変で損だから、パワハラもやむなしと考えていますが、自分が損なわれているという被害者意識が前提にある。世紀末の瀬戸内でも令和の東京でも、人間は島を作りがちで、身内同士が些細な違いを探しては差別したり排除したり、何て息苦しいんだろうと私も思いますよ。でもいざ書くとなるとその大嫌いで閉じた場所を書きたくなるんですよね。自分でも不思議なんですけど」