あの手この手の「珍作戦」
前述の「共産党員だから拒めない」という人しかり、無理強いしたのではないか。そう考える方もいるだろう。これもあながち間違いではない。共産党員や軍人、警官、消防署といったお役所系の仕事から、タクシー運転手などの交通関係、物流業、空港や港湾のスタッフ、料理人といった感染すれば多くの人に移す可能性のある仕事に就いている人は、接種を拒否すれば仕事を失いかねない。また、下っ端役人が接種率を引き上げて業績にするべく、強圧的に民草にワクチンを接種させたという話もあったようだ。
だが、強制力だけで人はなかなか動かない。「そこまで無理強いされるなら全力で逃げ切ってやる」という人が一定数出るのが人の常だ。中国政府もそのことはよくわかっていて、4月11日には「ワクチン接種強制は正さなければならない」と表明し、無理強いはダメだと釘を刺している。科学的知識を普及し、啓蒙活動によって納得したもらったうえで、ワクチンを接種してもらう。そうすることで、人民の幸福感、安全感につながるのだというお達しだ。
しかし、強制だけではなかなか人が動かないのと同様に、啓蒙活動でも人はなかなか納得してくれない。ではどうするのか……という時に、今、中国で炸裂しているのがニンジン作戦である。
「ワクチン打ったら、牛乳一箱プレゼント!」
「うちは卵と食用油、どちらか選べます」
といった具合のキャンペーンを展開している基層自治体が多い。中には「ワクチン打ったら抽選券、一等賞には電動自転車をプレゼント!外れはポケットティッシュだけど」という商店街のくじのようなキャンペーンを展開しているところもある。
こうしたオモシロ・キャンペーンの中でも、話題となったのは、上海市虹口区。5月4日、5日の両日に、アイドルグループ「SNH48」(上海48)の専用劇場入口に接種車が手配され、ワクチン接種が行われたのだとか。現場にはSNH48のメンバーも登場したという。「今、(ワクチンを打つと)会えるアイドル」という新ジャンルである。
牛乳、卵、そしてアイドル……とニンジン作戦炸裂で接種率が爆上がり中の中国。これだけ接種者が増えてくると、不思議なものであれだけ嫌がっていた人々も「私も打っておくか」という気分に変わるらしい。
14億人という世界一の人口大国を統治するのは容易ではない。お医者嫌い、注射嫌い、政府の言うことは信じないといった、一癖も二癖もある人民もごまんといる。そうした人々にどうワクチンを打ってもらうのか。珍作戦、ニンジン作戦とあの手この手を使った中国政府の取り組み、今のところは順調に進んでいる。
【高口康太】
ジャーナリスト。翻訳家。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。中国の政治、社会、文化など幅広い分野で取材を行う。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。