「優さん」「西さん」と呼び合うことになった
午後は、型紙の作り方を教わった。木型の外側半分にマスキングテープを貼るところまでは前回教わったが、今度はその続きだ。親指の付け根と小指の付け根の2点を結ぶ線を引き、マスキングテープを剥がし、白い画用紙に貼る。その後、縫いしろの余白を残して、しかるべきサイズに切り取る。図画工作に関するすべてのセンスが問われるのだ。
辛うじて言われた通りに1枚真似できたところで、この日は15時半頃に切り上げた。夕方、優一氏は別の用事があるそうだ。
「これをお貸しするので、家でも練習してみてください」
渡された紙袋の中には、大量の革の端切れとナイフなどの道具が入っていた。自主練をせよとの指示だ。多少負担には感じたものの、大事な仕事道具を貸してくれたのは、少しだけ認めてもらえたような気もした。
師匠は「花田」という名字が大嫌い
「都内にお住まいなら、途中まで送って行きますよ」
お言葉に甘えて乗せてもらうと、車中で互いの呼び方についてこんな提案を受けた。
「西谷さんだと長いので、西さんにしますね」
「じゃあ僕も優一さんじゃなくて、優さんにしようかな。優一くんっていうのもあれだし、花田さんていうのもちょっと硬いですし」
「優一くんだと師匠らしくないですもんね。僕、花田っていう苗字が大嫌いなんですよ。優さんにしますか。二人称をどうするかって、結構大事な部分ですよね」
花田という名字が嫌いだというのは、少し意外だった。花田家という特別な家に生まれたことの負の面を、嫌っているのかな。そんな想像が一瞬よぎったが、へーそうなんですね、とだけ答えた。
この日以降、優一氏のことを私は「優さん」と呼ぶようになった。とはいえ、適度な距離感を保つためにも、記事中では優一氏という表記を続けたいと思う。
■取材・文/西谷格(ライター)