「たくさんの気づきがあった」
佐伯さんの著書を読み、この振り返りにすぐさま取り組んだのが、千葉県内の柏ラッセルFCで12歳以下を指導する小牟田正善さんだ。他のコーチに、指導中に発した言葉や話の要旨をノートにコーチに書き留めてもらった。(強め)などと、声のトーンまで記されていた。ノートに「フリーズ」とあるのは、練習やミニゲームのなかで、選手の動きを止めてアドバイスやデモンストレーションを行う時間帯を指す。
「まずショックだったのは、えっ!オレ、こんなに長く話してるの!?ということ。自分では短く簡潔に説明しているつもりでしたが、文章として書き起こされると、思ったよりずっと話が長い。ポイントを区切っているつもりだったけど、違いました。こんなに一度に話されると子どもはパンクしてしまうだろ?と、自分に突っ込みました」(小牟田さん)
ほかにも、特定の子に対し「この子はこういうミスをするはずだ」とラベリングしていたという。
「その子のプレーに対し強い口調になっていることに気づきました。固定概念を持っているわけです。例えば、あそこを狙ってるなら、そのパススピードはどうなの?なんて、無駄に感情が入っていた。もっと柔らかく問いかけたほうがいい。そうすれば、子どもがもっとポジティブにできたはずなのにと、非常に落ち込みました。これを映像で撮られたら、恥ずかしくてしょうがない(笑)。佐伯さんが本に書いていらした“痛みを伴う”の意味がよくわかりました」
そう感嘆する小牟田さんはもちろんだが、その様子を観察しながら記録したコーチも「すごく考えさせられた。たくさんの気づきがあった」と話したそうだ。
「アナログなやり方で恥ずかしいのですが、集合から解散まで張り付いてもらいました。今度はビデオカメラで撮ってみたい。7つの育成術のまだ入り口なのに、すでに多くのことを学べました。僕らコーチがじっくり取り組んでいけば、子どもたちはより成長できると思う。ほかにもビジャレアル流に変えようとしている人は多いです」(小牟田さん)
このように確かな手ごたえを得た小牟田さんは、ある試合のあと、子どもたちに「家でどんな話をしたの?」と聞いてみた。子どものプレーを見ていた親は、どんな言葉をかけたか気になったのだ。
「ダメ出し!」「文句!」──数人から、こんな声が返ってきた。
え? 自分の意見は言えないの?
「いや、そんなこと言ったら口答えするな!って言われるよ~」
そこで翌週。試合終わってから保護者を集め、子どもとの接し方について話し合った。
「一方的に指示していませんか?いつの間にか熱くなって、感情的になっていませんか?」
そう尋ねると、多くの保護者がうなずいた。
そこで、保護者に佐伯さんの著書を紹介し、「サンドイッチ話法」のことなどをかいつまんで伝えた。サンドイッチ話法とは、相手にとってネガティブなことを伝える際に、本題の前後をポジティブなフレーズで挟むもの。「相手の良いところを伝える」→「相手にとって聞きたくないかもしれない改善点などを伝える」→「それに対する期待を伝える」論法だ。本題に入る前に、心理的な壁を作らせないよう相手を褒め、そのうえで本題に入り、最後に期待の言葉で締めくくる。そうすれば、叱られた、怒られた、ダメ出しされたというイメージでコミュニケーションをとらえられずに済む。
その次の練習日。子どもたちが「うわーっ」と歓声を上げながら、小牟田さんのもとへ飛んできた。
「コーチ、聞いて聞いて!ママもパパも、僕の話、めちゃくちゃ聞いてくれるようになったの!」「オレ、めっちゃ、ほめられた」「めっちゃ、うれしかった!」
保護者は「ビジャレアル流」の子育てを始めたのだ。
「そこに来たメンバーの親はやってくれたようです。そこで、次にお会いしたとき、親御さんに集まってもらって『子どもたちがすごく喜んでましたよ!』と伝えました。みなさん、笑顔でした。こんなふうに接してくれれば、子どもにとって家庭が安心安全な場所になるし、子どもたちは自分で考えて発言できるようにもなる。僕自身も改革をしながら、保護者と一緒に成長していければと思います」