ふだんは弁護士から差し入れてもらった本を読んだり、房内で流れるラジオを聴いたりして過ごしているという。私が被害者への気持ちを尋ねると、千佐子は顔の前で手を左右に振り、突き放す。
「もうね、私は裁判ですっかり悪い人にされとるからね。なんとでも思ってくれたらいいわ。それだけ」
千佐子はこれまでに、被害者への謝罪をほとんど口にしていない。京都地裁での裁判のなかで、とある被害者へのいまの気持ちを聞かれた際も、次のように答えている。
「申し訳なかったのが50パーセント。やっぱり彼に対して不信感、腹立たしい気持ちが50パーセント。それは複雑です」
このように、自分の犯行について、相手に非があったかのような物言いを繰り返すのだ。彼女には、物事が自分の思い通りに運ばないことに対して、常に強い被害者意識を抱く傾向がある。私自身も過去の面会時に、大学に進学させてもらえなかったことや、最初の結婚時、嫁ぎ先で夫の親族に蔑まれたことなどの愚痴を幾度も聞かされてきた。常に自分は弱者であるとみなし、相手が悪いとしたうえでの、「ルサンチマン(怨恨・憎悪・嫉妬の感情のうっ積)」が、一連の犯行に繋がっている気がしてならない。
私はすでに最高裁の判決も出ているのだから、いまならこれまでに話せなかったことを話せるのではないかと口にした。そして、犯行に使用した青酸化合物はどのように入手したのか聞く。
「青酸を手に入れる手腕がないもの。あんな危険なもの。そんなん知りません。私ももう72やからね。それすら忘れてる」
「千佐子さんは72やなくて、74でしょ」
「え、そやった? 私の歳は72で止まったままなんよ。あとね、私の過去は全部消えたんよ。これまであれやこれや、起きたことを書いてたメモを弁護士に渡したからね。それがないと、もうなんも思い出せんの」
京都地裁での公判や、その判決後に私と繰り返した面会のなかでも、千佐子は記憶の減退を訴えていた。それは最高裁の判決が出ても変わらないようだ。私はもうひとつ、この機会に聞きたいと思っていたことを質問する。
「千佐子さんね、もうこの際だから聞くけど、最初の旦那さんは殺害してないの?」