かつての日本には、「学校で真面目に勉強すればよい大学に入って、一流企業に就職できる」「よい成績で高校を卒業すればちゃんとした会社で働ける」という暗黙の合意があり、親や教師がいちいちいわなくても、生徒たちは学校から社会へのルートを自然に受け入れていた。
だがいまでは、とりわけ中堅以下の学校で、こうした「きれいごと」で生徒たちに「勉強する(あるいは学校に通う)モチベーション」を与えることが困難になってきた。そこで窮余の一策として、「夢を実現するためにはいま頑張らなければならない」という夢至上主義が蔓延することになったのだという。
同じように、法政大学キャリアデザイン学部教授の児美川孝一郎は、「夢を脅迫する社会」になった理由を、フリーターやニートの増加を若者たちの「自己責任」にしたい大人たちが、「「夢」を持たせれば、それが働く意欲の回復につながる。そうすれば、就職難や非正規雇用の問題も解決に向かうと夢想した」からだという(*)。
【*参考:児美川孝一郎『夢があふれる社会に希望はあるか』ベスト新書】
いずれも卓見だが、より本質的には、誰もが「自分らしく」生きなければならないリベラルな社会では、夢は一人ひとりがもつしかないからではないだろうか。家庭や共同体などが強制する目標は、「自分らしさ」を抑圧するのだ。
このようにして、すべてのひとが「自分だけの(他人とは異なる)」夢をもつべきだとされるようになった。だとすれば日本には1億の、世界には78億の夢があることになる。若者たちが「夢の洪水」に溺れかけているのも無理はない。
【プロフィール】
橘玲(たちばな・あきら)/1959年生まれ。作家。国際金融小説『マネーロンダリング』『タックスヘイヴン』などのほか、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『幸福の「資本」論』など金融・人生設計に関する著作も多数。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。その他の著書に『上級国民/下級国民』『スピリチュアルズ「わたし」の謎』など。リベラル化する社会の光と影を描いた最新刊『無理ゲー社会』が話題に。
※橘玲・著『無理ゲー社会』(小学館新書)より抜粋して再構成