わたしたちの「つながり」の世界
愛情空間・友情空間・貨幣空間
わたしたちの「つながり」は、大きく「愛情空間」「友情空間」「貨幣空間」の三層に分かれている。愛情空間は親子や配偶者、パートナー(恋人)との親密な関係、友情空間は「親友」を核として最大で150人くらいの「知り合い」の世界、貨幣空間はその外側に広がる、金銭のやり取りだけを介してつながる茫漠とした世界だ(*)。
【*詳しくは拙著『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』(幻冬舎文庫)参照】
愛情空間は愛憎入り混じる関係で、友情空間は権謀術数の「政治空間」でもある。会社の派閥抗争からママ友のマウンティングまで、そこではさまざまな権力闘争が繰り広げられる。「親友」が重要なのは、魑魅魍魎の政治空間を生き延びるには「ぜったいに裏切らない仲間」がどうしても必要だからだ。それに対して貨幣空間はネットで商品を購入するような関係で、愛憎もなければ連帯や裏切りもなく、ルールどおりにすれば決められた結果が返ってくる。
この図式で考えるなら、現代社会で起きているのは、愛情空間の肥大化と友情空間の縮小、それにともなう貨幣空間の拡大だ。
なぜこのようなことになるのか。それは、ネットワークのひろがりに人間の認知能力が適応できないからだろう。
人類が進化の歴史の大半を過ごしてきた旧石器時代では、独自の共通言語(または方言)と葬儀などの文化的慣習を共有する1000人ほどが「社会」を構成していたとされる。だが食料確保の制約のため、全員が同じ場所で暮らすことはできず、日常的には30~50人の「バンド(野営集団)」と呼ばれる小集団で活動し、150人程度で構成される結束の強い共同体(メガバンド)が生活の中心になった(*)。
【*参考:ロビン・ダンバー『人類進化の謎を解き明かす』インターシフト】
これが脳のスペックを決める要因で、一人ひとりの個性を見分けることができるのは50人(バンドのサイズ)が上限で、顔と名前が一致するのはせいぜい150人だ。学校の1クラスの上限が50人で、アイドルグループが48人なのも、年賀状をやり取りする人数や企業の一部門の上限がおおよそ150人なのもこれが理由だろう。
この法則がよくわかるのが軍の編成で、最大1500人の大隊(トライブ/民族集団)を60~250人の中隊(メガバンド/共同体)、30~60人の小隊(バンド/野営集団)、8~12人の分隊(ファミリー/家族)に分け、生死を共にする分隊のメンバーは「義兄弟」にも似た強いつながりをつくる。世界じゅうの軍隊がこのような階層構造になっているのは、西洋式軍制の影響ではなく、脳の認知構造に合わせているからだ。
このように、脳が人間関係を把握する能力には強い制約がある。それにもかかわらず、短期間に世界がいきなり拡張してしまったらどうなるだろうか。