日本でも東日本大震災や今回の新型コロナ禍で、SNSなどに事実に基づかない主張があふれた。このひとたちは誤りを指摘されても訂正するどころか、さらに誤情報に執着する。これも問題の本質が「ファクト」ではなく「アイデンティティ(自尊心)」であることを示している。
ところがある日、あなたは自分がいつの間にか「下級国民」の烙印を押されていることに気づく。これまで黒人をバカにしていた低学歴の白人が、あるとき鏡を見たら、自分が忌み嫌い、否定していた者の姿がそこに映っていた。そんなことが起きたとしたら、脆弱な自我は脅威に押しつぶされてしまうだろう。──同様に高学歴の白人は、いずれ鏡にプアホワイトの自分が映っていることに驚くだろう。
こうなるともはや、現実を変える(努力して成功を目指す)ことは不可能だ。だとしたら、あとは現実を否認し自分の認知を変えるほかない。
このようにして絶望の暗闇のなかから、「陰謀」がその異様な姿を現わすのではないだろうか。
【プロフィール】
橘玲(たちばな・あきら)/1959年生まれ。作家。国際金融小説『マネーロンダリング』『タックスヘイヴン』などのほか、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『幸福の「資本」論』など金融・人生設計に関する著作も多数。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。その他の著書に『上級国民/下級国民』『スピリチュアルズ「わたし」の謎』など。リベラル化する社会の光と影を描いた最新刊『無理ゲー社会』が話題に。
※橘玲・著『無理ゲー社会』(小学館新書)より抜粋して再構成