ライフ

ルポ「在宅がん緩和ケア」 69歳会社経営者が最後に叶えられた願い

往診に訪れる「いっぽ」の竹田院長(右。左は松野さん)

往診に訪れる「いっぽ」の竹田院長(右。左は松野さん)

 年齢を重ねて病を患っても、最後まで住み慣れた我が家で暮らしたいという願いを抱く人は多い。ただ、それを実現するには医療者による支えが必要になってくる。

『週刊ポストGOLD 理想の最期』ではジャーナリスト・岩澤倫彦氏が長年にわたって取材してきた、在宅がん患者を支える診療所の医師・スタッフ、患者や家族との交わりをレポートしている。

 * * *
 群馬県高崎市にある「緩和ケア診療所・いっぽ」──。がん患者や障害を抱えた人が、住み慣れた自宅で過ごす生活を24時間体制で支えている。

 酸素ボンベが入ったキャリーを引きながら、恰幅の良い男性が診察室に入ってきた。

 会社経営者の松野徹也さん(当時69歳)。希少がんの「胸腺腫」を大学病院で手術した後、肺の転移が判明。抗がん剤治療などを受けるが、腰骨にも転移が見つかり、緩和ケアを受けることにした。呼吸機能も悪化して、酸素吸入が欠かせない。

 いっぽの院長・竹田果南医師が体調を尋ねると、「いいわけないですよ、悪くなるばかりです」と苛立ちを隠さない。実は1週間も便が出ず、お腹が張って苦しんでいるという。

 それを聞くと「それじゃ今日、浣腸して行きますか?」と笑顔で尋ねる竹田医師。 便秘は医療用麻薬の避けられない副作用のひとつ。こうした問題にも対応して、患者の生活を支えるのも緩和ケアの大切な役割だ。

 松野さんは持参したパルスオキシメーターを取り出すと、右手の人差し指を挟んだ。表示された酸素飽和度は、78%。一般的に90%未満は呼吸不全とされる。

「先生、この数値はいくつになると死ぬんですか?」

 切実な問いに、竹田医師は柔らかな口調で答えた。

「死んでしまうという数値はないんですよ。でも私がこの数値だったら相当苦しいです。酸素吸入の量は、メリハリをつけてみましょうか」

 すると松野さんはこんなことを口にした。 「そろそろ俺もダメだなと思うが、最後にどうしてもやりたいことがあるんです」

 それは経営する会社の後継者となる次男・敏和さんを取引先に紹介することだった。そのためには広島で開かれる業界団体の会合に出席しなければならない。松野さんの状態を考えると無謀な旅だが、竹田医師はこう告げた。

「ご自分がやりたいと思う事を、ぜひやって下さい。私たちが全員で支えます」

関連キーワード

関連記事

トピックス

初公判では、証拠取調べにおいて、弁護人はその大半の証拠の取調べに対し不同意としている
《交際相手の乳首と左薬指を切断》「切っても再生するから」「生活保護受けろ」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が語った“おぞましいほどの恐怖支配”と交際の実態
NEWSポストセブン
芸能活動を再開することがわかった新井浩文(時事通信フォト)
「ウチも性格上ぱぁ~っと言いたいタイプ」俳優・新井浩文が激ヤセ乗り越えて“1日限定”の舞台復帰を選んだ背景
NEWSポストセブン
国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白(左/時事通信フォト)
「あなたは日テレに捨てられたんだよっ!」国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白「今の状態で戻っても…」「スパッと見切りを」
NEWSポストセブン
2009年8月6日に世田谷区の自宅で亡くなった大原麗子
《私は絶対にやらない》大原麗子さんが孤独な最期を迎えたベッドルーム「女優だから信念を曲げたくない」金銭苦のなかで断り続けた“意外な仕事” 
NEWSポストセブン
ドラフト1位の大谷に次いでドラフト2位で入団した森本龍弥さん(時事通信)
「二次会には絶対来なかった」大谷翔平に次ぐドラフト2位だった森本龍弥さんが明かす野球人生と“大谷の素顔”…「グラウンドに誰もいなくなってから1人で黙々と練習」
NEWSポストセブン
小説「ロリータ」からの引用か(Aでメイン、民主党資料より)
《女性たちの胸元、足、腰に書き込まれた文字の不気味…》10代少女らが被害を受けた闇深い人身売買事件で写真公開 米・心理学者が分析する“嫌悪される理由”とは
NEWSポストセブン
ラオスを訪問された愛子さま(写真/共同通信社)
《「水光肌メイク」に絶賛の声》愛子さま「内側から発光しているようなツヤ感」の美肌の秘密 美容関係者は「清潔感・品格・フレッシュさの三拍子がそろった理想の皇族メイク」と分析
NEWSポストセブン
国宝級イケメンとして女性ファンが多い八木(本人のInstagramより)
「国宝級イケメン」FANTASTICS・八木勇征(28)が“韓国系カリスマギャル”と破局していた 原因となった“価値感の違い”
NEWSポストセブン
今回公開された資料には若い女性と見られる人物がクリントン氏の肩に手を回している写真などが含まれていた
「君は年を取りすぎている」「マッサージの仕事名目で…」当時16歳の性的虐待の被害者女性が訴え “エプスタインファイル”公開で見える人身売買事件のリアル
NEWSポストセブン
タレントでプロレスラーの上原わかな
「この体型ってプロレス的にはプラスなのかな?」ウエスト58センチ、太もも59センチの上原わかながムチムチボディを肯定できるようになった理由【2023年リングデビュー】
NEWSポストセブン
「戦後80年 戦争と子どもたち」を鑑賞された秋篠宮ご夫妻と佳子さま、悠仁さま(2025年12月26日、時事通信フォト)
《天皇ご一家との違いも》秋篠宮ご一家のモノトーンコーデ ストライプ柄ネクタイ&シルバー系アクセ、佳子さまは黒バッグで引き締め
NEWSポストセブン
六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
《六代目山口組の抗争相手が沈黙を破る》神戸山口組、絆會、池田組が2026年も「強硬姿勢」 警察も警戒再強化へ
NEWSポストセブン