最期まで書き続けたレシピノート
家のことはすべて辰夫さんが取り仕切っていた。財産のことも、銀行の口座にいくら入っているのかもクラウディアさんにはわからない。アンナとともに「何かあったらわかるようにしてほしい」と何回かお願いをしたところ、ノートに何か書いているのを見て、エンディングノートや遺言書の類いを記しているのだと思っていたという。
「ところが、亡くなって見てみたら、料理のレシピばっかり。目次まで作って、細かく記している冊子が何十冊も。
本当に料理が好きで、手料理を振る舞っては、私たちの喜ぶ顔を見て、『うまいだろ』って自分も満足していました。主人は、それらのレシピと、そのときの私たちの笑顔を残したかったんだなとしみじみ思います」
辰夫さんのレシピは料理本などを参考にして少しずつアレンジして自分流の味を作り上げたもの。これをアンナが引き継ぎ、メンチカツなどの料理を作ろうと毎日奮闘。9月からは、ぬか漬けも始めたという。
「主人はぬか漬けが好きで、毎日の手入れを怠りませんでした。仕事で留守にするときは、『1000円あげるから、ぬかみその手入れをして』と私に頼むほど(笑い)。主人のぬか床はダメになっちゃったけど、アンナが作り始めてくれたから楽しみです。私も手入れの仕方を教わってきたから、アドバイスできるし、あの味に近づいたらいいなって」
真鶴のキッチンには、辰夫さんが2019年の春に漬けた「らっきょう漬け」が残っている。最後に漬けたものだから、大切に食べていきたいという。
調理器具も衣類もほとんど処分
レシピノートのように受け継ぐものもあれば、手放したものも多い。辰夫さんが愛用していた調理道具や食器類の大半は、真鶴に引っ越す際に処分している。
「なんでこんなにというくらい包丁がありました。私もアンナも使いこなせないので、欲しいという人に譲りました。食器にしても、アンナのお気に入りだけを残している。私のお気に入りの食器もたくさんあったけど、東京の家から引っ越すときに段ボールで10箱分は処分しちゃった。そんなに持っていけないからって言われてそのときは納得したけど、思い入れのあるものもあったから、何とかして1、2箱だけでも持っていけばよかった、といまになってものすごく残念に思います」
辰夫さんの私服などは、ネクタイなど一部を知り合いに譲った以外はまとめて処分した。残されたクラウディアさん、アンナ、百々果さん(19才)という女3人の家族には必要ないものだからだ。
それでも大切にとってあるのは「番長」という刺繡の入ったキャップ。これは、辰夫さんのクルーザー「番長号」にちなんで、友人らが作ってプレゼントしてくれたものだ。
「主人は、キャップをかぶって『似合うでしょ?』って私に聞いたけど、本当に帽子が似合わない人だったの。だから、普段から帽子はもっぱら部屋に置いたままで、いまもそのままにしています」
そのほか、知り合いからプレゼントされたネクタイなどは残しているものの、辰夫さんがそもそも衣服には無頓着だったため、たいがいは思い切って処分したという。