渡辺のインタビューを初めて読まれた方は、明晰な語り口に驚かれたのではないか。勝負の世界では、自分と相手の力関係については、言葉を濁すかそもそも触れない者も多い。だが渡辺は違う。積極的にメディアに出て発言をする。本稿でも、対藤井戦では自分が弱者の側であると言ってしまうし、自分がトップ棋士でいるのはあと5年ほどと平然と語っている。そして「自分は大棋士の系譜には入らない」とはっきり語ったのだ。
「やっぱり大山先生(康晴十五世名人)、中原先生(誠十六世名人)、羽生さん(善治九段)ときて、その次が藤井さんでしょう。上位3人と他の棋士はタイトル獲得数が違う。3位の中原先生は64期ですけど、4位の僕は29期。勝率も違いますし、上位3人は四冠、五冠獲得を複数年達成しています。でも自分の最高は三冠なので、歴然とした差がある。だから3人の大棋士の系譜を継ぐのは藤井さんでしょう」
18歳年下の藤井との戦いに対しても諦念のようなものを抱いている。
「藤井さんのように大活躍する後輩が出てきたのは、自分にとって初めてのことでした。でも、若い人が台頭してくるのは自然の摂理です。僕は年長者なので、ゆくゆくは負けて去っていくことになりますが、それがたまらなく悔しいとか、そういう感情はありません」
もちろん、あきらめているわけではない。
「今までやってきたことを生かして、最後まで全力で戦います。応援してくれる人もいっぱいいるし、藤井さんと名人の私が争うタイトル戦は、コンテンツとしても価値があると思う。今年の棋聖戦では3連敗しましたが、今後も最善を尽くして、せめて見せ場は作らなくてはいけません」
名人の責任感と矜持。渡辺は将棋が強いだけではなく、将棋を世間にアピールしたいという強い思いを抱いている。手垢のついた表現だが、最後にあえて使いたい。次の藤井との戦いが心から楽しみだ、と。
【プロフィール】
大川慎太郎/1976年生まれ。将棋観戦記者。出版社勤務を経てフリーに。2006年より将棋界で観戦記者として活動する。著書に『証言 羽生世代』(講談社現代新書)などがある。
※週刊ポスト2021年11月19・26日号